第14話:愛と書いて百合と読む

 翌日。朝起きると、部長と副部長が居なくなっていた。時刻は朝6時。部屋を出てみると、リビングの方から二人の談笑する声が聞こえてきた。声のする方へ行くと、コーヒーを飲みながら優雅な朝を過ごす二人がいた。


「おや。おはよう。早いな」


「おはようございます。二人こそ、いつから起きてるんですか」


「私は普段から5時起きだが」


「はっや……年寄りじゃないですか。そんなに朝早く起きて何してるんですか」


「散歩」


「年寄り臭……!」


「ふふふ。ちーちゃん、昔からそうなのよねぇ」


 微笑ましそうに言って部長の頭をわしゃわしゃと撫でる副部長。


「てぇてぇ……」


 背後からそんな声が聞こえたかと思えば、いつの間にか背後に立っていたリーリエが手を合わせて拝んでいた。


「おはよう。リーリエくん」


「おはようございます。朝からありがとうございます」


「はははっ。朝から絶好調だな」


「二人もコーヒー飲む?」


「あ、私紅茶が良いー」


「私も紅茶派です」


「あらぁ〜……ちぃちゃん、お紅茶ある?」


「んー。多分あの棚だな」


 部長が指差したのは高い位置にある棚。どう見ても部長の身長では届かない。


「届かないわねぇ」


 この中では副部長が一番高いが、私やリーリエとほとんど変わらない。160前後といったところだろう。私とリーリエが届くわけがない。困ってしまっていると、ちょうどセラフィム先輩が起きてきた。


「お。鳴海くん! ちょうど良いところに! あの棚に紅茶が入ってると思うから見てくれないか」


「ここ……ですか?」


 セラフィム先輩の身長は170㎝を超えているという。その高身長がコンプレックスらしいが、私は逆に羨ましい。流石に王子ほどの身長は要らないけど。


「これですか?」


「おぉ。うむ。恐らくこれだ」


「じゃあ、淹れましょうか」


「あぁ、私やります。雅先輩は座っててください。セラフィム先輩も飲みます? 紅茶」


「あぁ……えっと……私はコーヒーが良い……」


「はーい。二人分ですね」


 リーリエが紅茶を淹れてくれるとのことで、私はその間にセラフィム先輩のコーヒーを用意することにした。


「ふぁ……みんな起きるの早ぇよ……」


「おはようございます……」


 飛鳥先輩とライト先輩も起きてきた。二人とも凄い寝癖だ。


「陸野すげぇ頭だな」


「大空も人のこと言えないでしょ」


「とりあえず直しておいで」


「「はーい……」」


「あ、先輩達、紅茶とコーヒーどっちが良いですか?」


「俺は紅茶」


「アタシもコーヒー。ブラックね。甘いコーヒー苦手だから」


「あ、私も甘いコーヒー苦手……」


 大空先輩はともかく、セラフィム先輩がブラック派なのは意外だ。


「ブラックコーヒー飲める人って大人って感じがしてちょっと羨ましい。私ミルク入れないと飲めなくて」


 リーリエが言う。私もだ。寝癖を直して戻って来た陸野先輩も同意する。


「コーヒーはブラックに限る」


「砂糖入れちゃうと素材の味を楽しめないからな」


「このコーヒー……美味しい……」


「おっ。私の淹れ方が良かっ「いや、絶対豆だろ」


 言い切る前に否定されてしまった。飛鳥先輩、厳しい。




 その後は朝食を食べて、昼前には解散となった。私とリーリエとセラフィム先輩以外はこの後バイトがあるとのことで、三人で駅まで向かうことに。


「お。セラフィ」


「あ……空美ちゃん……」


 駅に向かう途中で出会ったのは、音楽部の先輩。王子の従姉だとセラフィ先輩が言っていた安藤空美先輩だ。近くで見たのは初めてだが、やはり王子には似ていない。美少女だ。


「友達?」


「部活の……後輩……」


「へぇ。漫研部人増えたんだぁ」


「白井りりえです」


「百合岡姫花です」


「百合岡さん……もしかして、と同じクラスの? ほら、背の高い王子様みたいな女の子いるでしょ? 私、あの子の従姉なんだ」


「あ、はい。セラフィム先輩から聞いてます」


「私もうみちゃんから百合岡さんのこと聞いてるよー」


「えぇっ!? なんて!?」


「ふふ。なーいしょ」


「えぇ……気になる」


「ふふ。大丈夫。悪いことは言ってなかったから。……青商には——というか、この世界には、私たちが思っている以上に同性愛者の人が多いと思うんだ」


「私も青商来て思いました。意外と女性カップル普通に居るんだなって」


 王子と小桜さん、松原さんとその恋人、部長と副部長、それから——姐さんとあの先輩はどういう関係かはちょっとまだよく分からないから除外しておこう。私が知っているだけでも三組の女性カップルがいる。男性カップルは知らないが、全くいないとは言い切れない。それはきっと、あの学校だからではなく、世界的にそうなのだろう。


「BLやGLはフィクションかもしれない。だけど、同性愛そのものは決してフィクションでもファンタジーでも無い。そのことは絶対に忘れないでね」


 空美さんにそう言われて、松原さんが語っていたことを思い出す。百合ヲタ仲間の『二次元なら良いけどリアルな同性愛は引くよね』という心無い言葉に傷付けられて来たと。

 そんな奴らは最低だと、私も思っていた。だけど私は知らなかった。同性愛がこんなにも身近なものだと。王子達に出会うまでは、どこか遠い世界のものだと思っていた。

 私ももしかしたら、無意識のうちに当事者を傷つけていたかもしれない。


「私は百合やBLを愛する人間として、現実に存在する当事者を傷つけるようなことはしたくありません」


 私がそう宣言すると、空美さんは「その心、忘れちゃ駄目だよ」と笑った。そして続ける。


「うみちゃんは意外と繊細な子なんだ。だから、私は彼女を守りたい。傷つけたら許さないからね」


 それを聞いてリーリエが『愛じゃん』と呟く。私には分かる。そのは百合と書いて愛と読むやつだと。全くこいつはと思いながらも、私も同じ感想を抱かずにはいられなかった。

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