第13話:漫研部でお泊まり会

 そんなわけで、夏休みに入り、7月が終わりに近づいて来た頃。私達は部長の別荘にやってきた。


「庭ひっろ!」


 庭だけで私の家の敷地くらいはありそうだ。


「……ここ、普段は誰も住んでないんですよね?」


「うむ」


「うっわ。もったいな。家が無い人に謝れ」


「そう言われてもな……」


 屋敷の中に招かれる。中もやはり広い。当たり前だが、うちより広い。


「さて、とりあえず荷物を置きに行こうか」


 そう言って部長は客間に案内してくれた。

 ライト先輩の寝床はすぐ隣の個室。


「寂しくなったらいつでも来て良いからな!」


「子供じゃないんだから。行きませんよ」


「部長と副部長もここで寝るんですか?」


「うむ」


「……部長、寝ててもうるさそう」


「む。酷いな大空くん」


「ちーちゃんは意外と寝相も良いし、静かよぉ〜。ちょっと抱きつき癖があるくらいで〜」


「……一緒に寝たことあるんですね」


「まぁ、恋人以前に幼馴染だからな」


「恋人になってからもたまに一緒に寝てるわよ〜」


「その話詳しく」


「うふふ。駄目よぉ〜。ちーちゃんと私だけの秘密なんだからぁ〜」


 と言う副部長のその幸せそうな顔だけでもうお腹いっぱいだ。ありがとうございます。


「生々しい話やめてくださいよ」


「うふふ。ごめんなさいねぇ〜」


 それから、リビングに戻って合宿という名の私とリーリエの歓迎会兼お泊まり会が始まった。食事は昼も夜も部長と副部長の手作りだ。副部長はともかく、部長も意外と料理が得意らしい。


「……キッチンに並んで一緒に料理をする女子二人。尊い。ありがとうオープンキッチン」


 キッチンに向かって拝み、先輩達に苦笑いされるリーリエ。


「……お前、女二人が並んでればなんでも良いんだろ」


「女が二人いたらそれはもう百合ですよ」


「百合ってよく分かんないよね。なんか、人によって解釈がバラバラっていうか」


「男が作中にメインキャラとして登場するだけで百合じゃないっていう過激派も居れば、彼氏が居る女同士の友情でも百合という人も居ますからね。百合って、ものすごく曖昧で広いジャンルなんですよ」


「妊娠とか嫉妬って、漢字で書くと女が並んでるから実質百合だよね」


「……とまぁ、こういうちょっとぶっ飛んでる解釈する奴も居ますけど」


「……百合岡もだいぶぶっ飛んでるけどな。白井が強烈すぎてマシに見えるだけで」


「まぁ、人間少し変わっているくらいが面白くて良いじゃないか」


 そう言いながら部長が彩りが綺麗なおしゃれサラダを持ってきた。そして皿を用意して取り分け始める。


「部長もキャラ濃いですもんね」


「リーリエくんには言われたく無いがな」


「てかさ、今年の一年キャラ濃いの多くない?この間体育館裏で男子投げ倒してる美少女見たんだけど。何あれ」


「多分姐さんっすね。それ」


「鈴木さんの……幼馴染の月島さん……」


「王子と姐さんの関係も百合的に美味しいんですよね」


「いや、それは知らんけど。てか、あの見た目で姐さんって呼ばれてんのかよ」


「めちゃくちゃかっけぇんすよ……あの人……」


 こくこくと頷いて「分かる」と小さく呟くセラフィム先輩。そういえば彼女は王子と同じ中学だと言っていた。二人は昔からあんな感じらしい。


「ちぃちゃん、サラダ取り分けたら戻ってきてぇ〜」


「あぁ、すまんすまん」


 部長がキッチンに戻る。すると副部長はムッとしながら彼女を突いた。


「……付き合ってること打ち明けてからマジで遠慮なくいちゃつくなあの二人」


「もっとやれ」


「眼福極まりなし」


「……そう思うのはお前らだけだろ」


「うふふ。みんな〜ご飯できたわよぉ〜。よいしょっと……」


 副部長がカレーの入った鍋を運んできた。普通のカレーではなくグリーンカレーだ。


美味うまっ」


「うふふ〜お口にあったみたいで良かったわぁ〜」


「……アタシ茄子苦手なんだよなぁ」


「あ……じゃあ、貰っても……いい?」


「おう。食え。好きなだけ食え」


 茄子を避けてセラフィム先輩の皿にぽいぽい移す飛鳥先輩。セラフィム先輩は「お茄子いっぱい……」と目を輝かせて嬉しそうに呟く。それを聞いたライト先輩が「俺のもあげる」と茄子をセラフィム先輩の皿にお裾分けした。私も思わず渡してしまう。部長達とリーリエも一つずつ渡す。セラフィム先輩は戸惑いつつも一人一人にぺこぺこと頭を下げた。なんだこの可愛い生き物。





 そして夜。ライト先輩と分かれて、女子だけで客間に布団を並べる。


「よし。枕投げするか!」


「しねぇよ。風呂入ったばっかでなんて汗かかなきゃなんないんすか」


「ぶー……」


「餓鬼か」


「ここはやっぱり恋バナでは?というわけで、セラフィム先輩ってライト先輩のことどう思ってんですか?」


 いきなり切り込むリーリエ。セラフィム先輩はいきなり話を振られ戸惑っている。


「な、なんで陸野くん?」


「んふふ。それ、私も聞きたかった。どうなのぉ?」


「ど、どうって……良い人だなとは……思ってますけど……あ、飛鳥ちゃんは……?彼氏居るって言ってたよね?」


「えっ!飛鳥先輩彼氏居るの!?」


「んだよ。悪いかよ」


「初耳だぞ!大空くん!いつから付き合ってるんだ!どこのどいつだ!」


「部長声でけえよ……夜くらいちょっと絞れないんすか……」


 皆の興味は飛鳥先輩の彼氏に移ってしまったが、一通り話して再び戻ってきた。


「うぅ……戻ってきた……」


「どうなんですか?先輩」


「……わかんないよぉ……だ、大体、なんで陸野くんなの?そ、そんなに私、陸野くんに恋してるように見える?」


「いやぁ、でもさぁ、セラフィって男子苦手だけど陸野とは普通に話せてるじゃん?」


「そ、それは……慣れたからだよ……」


「じゃあ、もし陸野先輩から告られたらどうします?」


「陸野くんに……告白されたら……」


 リーリエの問いかけに、セラフィム先輩は固まってしまった。そして一気に真っ赤になっていく。それをリーリエが指摘すると、彼女は枕に顔を埋めて隠し「わかんないよぉ」と呟いた。


「あらあらぁ。可愛いわねぇ」


「白井はどうなんだ?」


「私ですか?私は特に……一応、最近彼氏が出来たんですけど——「ちょっと待て」


 思わずリーリエの言葉を遮り、聞き返す。すると彼女は気まずそうに目を逸らしながら「最近彼氏が出来たんですけど」と繰り返した。


「初耳なんだけど。いつからだよ」


「夏休み入る直前」


「そういうのは早く教えてよー……」


「いやぁ。流れで付き合っただけだから。まだお試し期間って感じなんだよねぇ……」


「……で?男?」


「男」


「ちっ……つまらん」


「そういう百合岡はどうなんだよ」


 飛鳥先輩が問う。


「次元の壁を隔てた先になら何人か」


「あー……はいはい。なるほど」


「そもそも私、自分が恋愛してる姿を想像出来ないというか。したい気持ちはあるんですけど……」


「分かる」


「彼氏居る奴が何言ってんだよ」


「いやぁ……一応彼氏なんですけど……さっきも言ったけど、流れで付き合っただけなんで。好きとかはまだよく分かんないです。良い人だとは思うんですけどね」


 彼氏という割には、リーリエの反応は微妙だ。見た感じ長続きしなさそうだなとホッとしてしまった。

 彼女が恋人を作ろうとそれは彼女の自由だ。好きにすれば良い。口ではそう言える。しかし内心は少し複雑だった。

 別に私は彼女に対して恋心を抱いているわけではない。断じてない。しかし、親友が取られるのは嫌だ。どうやら自分の中にはそんな醜い独占欲が存在しているらしいと気付いてしまった。

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