第6話:交際数週間

 王子と小桜さんが交際宣言をして数週間。最近、二人の噂が絶えない。嫌な声も少なくはないが、好意的な声の方が多いように思える。この学校においては、居心地が悪そうなのはむしろ、LGBTを馬鹿にして笑っていた奴らの方だ。

 王子がカミングアウトして普通に生活していることで、自分の過ちに気づいた人も多い。王子はそういった謝罪に対して決まって「ちゃんとごめんなさい出来て偉いね」と少し煽るように、だけど優しく笑って返す。彼女はいつも笑顔だ。怒ったり泣いたりしているところはあまり見たことがなかった。ああいう人は大体、怒るとめちゃくちゃ怖い。

 今まさに、それを実感している。

 昼休みに校内を散歩していると、体育館裏で、他クラスの男子と王子を見かけた。王子は男子のネクタイを掴んで、足を壁にかけて何かを話している。何を話しているかは聞こえないが、穏やかな話ではないのは明らかだ。相手は明らかに怯えているし、王子もいつものように笑顔ではない。何したんだあの男子。

 少しハラハラしながら陰で見守っていると「百合岡さん?」と小桜さんの声が聞こえた気がした。振り返ると、そこに本人が居た。

 慌てて、彼女の前に立って視界を遮る。


「ど、どうしたの小桜さん」


「……あそこにいるの、海菜よね?」


「い、いや!違うんじゃないかな!王子はあんな物騒な雰囲気出さないし!」


「そうかしら。ファンの前ではかなり猫被ってるわよ。あの子」


 サラッと、自分は本当の彼女を知っている発言をする小桜さん。思わず『ありがとうございます』とお礼を言ってしまう。彼女は困ったように苦笑いしてしまった。


「百合岡さん。と何話してるの?」


 王子に声をかけられ、思わず「ひぇっ!」と悲鳴をあげてしまった。こんな不機嫌そうな顔初めて見た。


「ただの世間話よ」


「……知ってるよ。ごめん。私今ちょっとイラついてるから」


 そう言って彼女は甘えるように小桜さんの肩に頭を埋めた。かなり弱っているようだ。私からすれば珍しい姿だが、小桜さんにとっては見慣れた姿らしい。「幻滅した?」と、王子は小桜さんの肩に頭を埋めたまま私に尋ねる。


「しないよ。王子だって人間だもん。弱音を吐きたくなる時くらいあるよ」


「……そう。ありがと」


「うん。邪魔者は去りますゆえ……あとは二人でごゆっくり」


「とか言って覗き見するでしょうあなた」


「……しないよ」


「私は見られても良いからいちゃいちゃしたい」


「学校ではしない」


「学校じゃなければしても良いんだ?」


「……はぁ。それだけ揶揄う元気があるなら大丈夫ね」


 小桜さんは呆れるようにため息を吐きながらそう言うと、王子を離して去っていく。冷たく突き放したように見えたが、なんだかんだで立ち止まり、王子が追いかけてくるのを待ってからまた並んで歩き出す。その姿はもはや恋人を通り越してふうふのようだった。とても交際して数週間しか経っていないようには見えなかった。

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