第7話:野外学習一日目・昼

「荷物預けた人から乗って行ってねー」


 6月に入り、今日から三日間の野外学習。

 荷物を預けてバスに乗り込む。私の席は小桜さんと王子の席の斜め後ろ。廊下側。ベストポジションだ。二人がよく見える。王子は荷物詰め込んでいるからまだ来てないけど。


「…鈴木くんと月島さん、体力半端ない…」


「あの二人なぁ…体育の時めちゃくちゃ走り回ってるもんな。加瀬くんは逆に体力も力も無さすぎじゃね?」


「俺は元々文系だから…」


 前の席から聞こえる疲れきった声の主は学級委員の加瀬くんだ。外で王子達と一緒に荷物を詰め込んでいたが、戦力外通告されて戻ってきたらしい。


「加瀬くんお疲れだねぇ」


「ちょっと体力つけた方がいいんじゃね?」


 そう苦笑いしながら戻ってきた王子と姐さんは全く息を切らしていないし汗もほとんどかいていない。ちなみに、姐さんの席は私の隣。座るなり、シートベルトを閉めてリュックを抱き抱えた。こうやって見るとやっぱり可愛い。姐さんというあだ名が似合わないくらい。


「お待たせ、ハニー。良い子にしてた?」


「……はいはい」


 小桜さんの隣に座る王子はなんだかいつもよりテンションが高い気がする。対して、小桜さんは塩対応。デレデレな犬とツンデレな猫のコンビ。推せる。


「……お前、ほんとあの二人好きだな」


 隣から呆れるような声が聞こえてきた。


「推しカプなので」


 ちなみに姐さんは、あの二人と同じ班だ。夜も一緒。勘弁してくれと言っていたが、私は羨ましい。代わってほしい。


「……鈴木くん、疲れてないの?」


「んー?ふふ。疲れてるよー」


「癒して」と小桜さんにもたれかかる王子。小桜さんが不機嫌そうな顔をして押し返すと、不満そうに唇を尖らせながら彼女の指に指を絡めた。


「……これなら良いよね?」


「……まぁ」


 握り返す小桜さん。「ふふ」と可愛らしい笑顔を浮かべる王子。


「……テェテェ……」


「……百合岡さん、大丈夫?着く前に消滅しない?」


「着く頃には砂になってそう」


 それからしばらくして、一人一人点呼を取り、クラス全員乗っていることを確認し終わるとバスが動き始めた。

 これから二泊三日の野外学習が始まる。


 目的地に着くと、さっそく飯盒炊爨はんごうすいさんが始まった。作るのはカレーライス。中学生の頃も野外学習でやったが——


「薪割りからやるとか聞いてないー!」


 この学校では火起こしどころか、薪割りから始まるらしい。そして私は今、じゃんけんで負けて薪割り班にまわされた。


「……あれヤバくね?」


「薪割りのプロかよ」


 噂をする生徒達の視線の先には、涼しい顔をして淡々と薪を割る姐さんの姿。


「さすがっす親方ぁ!」


「変なあだ名増やすな雑魚。てめぇの頭かち割んぞ」


「ひえっ!すみません!」


「薪」


「うっす!」


 姐さんの同じ班の久我くんが薪を立てて、姐さんが割る。チームワークは抜群だが、普通逆じゃないだろうか。


「……見ろ、田中。あの薪割りのプロがお前の憧れのエンジェルだ」


「俺のエンジェルが堕天した……」


 聞こえてくる男子の声に思わず笑ってしまい、力が入らなくなる。ふと姐さんの方を見ると久我くんも笑いを堪えていた。


「けど月島さんカッコいいよね。私は好きだな」


「男だったら惚れてた」


「どっちが?自分が?」


「月島さんが。自分が男だったら福ちゃんみたいな女の子好きになってたと思う」


 福ちゃんというのは隣のクラスの、体型も性格も話し方もゆるい、ゆるキャラ系男子だ。ちょうど今、滝のような汗を流しながら薪を割っている。一緒にいるのは王子と姐さんの幼馴染の星野くんだ。通称、騎士ナイト


「てかさ、月島んとこ男子一人なの?」


「いや。居るよ。向こうで仕事してる」


「は?女子に薪割りさせるとかありえなくね?」


「私は別に気にしないけどな。むしろ、私より体力無い奴に女だから薪割りしなくて良いって言われた方がムカつくわ。女の子は力仕事しなくて良いなんて、そんなの気遣いじゃねぇよ。ただ単に、女は男より弱いって下に見てるだけだろ」


 そう言って彼女は薪に斧を振り下ろした。薪割り台に斧が突き刺さる。姐さんはそれを引き抜き、斧を戻して薪をまとめて去って行った。久我くんも慌てて彼女を追いかけていく。


「……えっ、何?怖っ。俺、なんか地雷踏んだ?」


 姐さんに話しかけた男子はきょとんとしていた。「ちょっとめんどくさい子だね」「ひねくれすぎでしょ」なんて声も聞こえてきたが、私は彼女の気持ちが少しわかる気がする。小学生の頃、大掃除で机を運んで居ると先生に『女子はこっち運んで』と軽い椅子を運ばされ、男子から『女子は良いよな。楽で』と嫌味を言われたことを思い出す。私は別に出来ないと言っていないのに、何故ずるいと言われなければならないのかと納得がいかなかった。

 そういえば先生は薪割りとカレーの下準備で分けるときに、男子は薪割りに行けとは言わなかった。しかし、ほとんどの男子はこっちに居る。きっと、男だからという理由で決めた班もあったのだろう。私の班は女子しか居なかったが、男子がいたら必然的に男子が行くことになっていたかもしれないなと考えてしまう。班の女子の中には男子がいる班を羨ましがっている子もいたから。

 にしても、ああやってはっきりと自分の意見を言える彼女はやっぱりカッコいい。恋愛的な意味で惚れたりはしないけど、憧れてしまう。

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