第5話:実は私達も

 その翌日の昼休みのこと。


「お弁当持って来なさい」


 姐さんが二年生に呼び出しを食らった。彼女はそれに素直に従い、弁当をもって教室を出て行く。お弁当を持って行くということは単純にお昼を一緒に食べようという誘いだと思うが、どう見ても『お前最近調子乗ってんな。ちょっとこっちこいや』という雰囲気だった。小桜さんはちょっと心配そうにしていたが、王子は平然として弁当を広げ始めた。小桜さんも見習って弁当を広げ、手を合わせる。心なしか、王子はいつも以上に嬉しそうだ。二人きりだからだろうか。


「……百合岡さん達さ、あの二人の観察してないでさっさと飯食ったら?時間なくなるよ」


 近くに座っていた山下やましたさんというクラスメイトに呆れたように指摘されてしまった。


「いやぁ、でもあの二人気にな——「う゛!」


 リーリエが突然、ボディブローを喰らったような声を出し、机に突っ伏した。原因は、小桜さんの口元についていた米粒を王子が指で取ってそのまま食べたことだ。山下さんも振り返り、いちゃつく二人を見て「あれで付き合ってないとか嘘だよな」と苦笑いした。

 昨日のことといい、やはりもう付き合っているのだろうか。

 しばらく談笑していたかと思えば、急に王子が立ち上がり、くるりと一回転した。普段はズボンを穿いている彼女だが、今日は何故かスカートを穿いている。そういう気分らしい。回転で巻き起こった風で、ふわりとスカートが膨らむ。


「私、可愛い?」


 と腕を後ろで組んで小桜さんの顔を覗き込みながら照れ笑いする彼女。


「可愛い」


 小桜さんの代わりにリーリエが顔を両手で押さえながら答えた。


「……百合岡さんの相方は王子のこと好きなの?」


「いや、私もリーリエも、あの二人セットで好きなの」


「あー……腐女子ってやつ?」


「腐女子はBL好きな女子を指す言葉だよ。女の子同士はGLっていうんだけど、界隈では百合って呼び方の方が多いかも」


「まぁ、厳密にいえばGLは百合の一部であってイコールではないんだけどね。ちなみに百合好きの女子は姫女子って呼ばれてる」


「……ふーん」


 小桜さんの答えは王子の望むものと違ったようで「えー!?可愛いって言ってよー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。


「可愛いって言われるの嫌いなんでしょう?」


「君の可愛いは例外なんだってば。だからほら、たくさん言って。可愛いって」


「……可愛くない」


「あーん……百合香ぁ……」


 へなへなと力なく席に着き、顎を机の上に乗せて拗ねるように唇を尖らせる王子。

「早く食べなさい」と小桜さんが叱ると、食べさせてと言わんばかりに口をパカッと開けた。

「自分で食べなさい」と叱られ、渋々身体を起こし、食事を再開する。会話をする二人をしばらく見ていると、目があってしまった。昨日の記憶が蘇ってしまい、慌てて逸らす。


「……あの二人、絶対付き合ってるよなぁ」


「山下さんも気になってるじゃ——「嬉しい。私も君が好きだよ。恋人になりたい。これからよろしくね」


 突如、王子の声が教室に響き、思わず箸で掴んでいたコロッケを机の上に落としてしまった。


「……What?」


 教室が静まり返り、二人に視線が集まる。まばらに、パチパチと拍手が巻き起こる。


「逆にまだ付き合ってなかったのかよ」


「教室でキスまでしてたのにな」


 口を滑らせるリーリエ。山下さんがギョッとした顔をして二人と彼女を交互に見る。リーリエは『やべぇ言っちゃた』という顔をして、額に汗を浮かべながら目を逸らした。




 二人が付き合い始めた噂は瞬く間に噂となって広がり、一ヵ月もしないうちに上級生にも届いたようで、部長達から彼女達のことを聞かれた。


「ふむ。そうか。クラスメイトなのか」


「私……王子って呼ばれてる子知ってます……同じ学校だったから……中学生の頃からレズビアンだって公言してて……」


「王子って、安藤さんの従妹だって言ってた子?」


「うん……空美ちゃんの従妹」


「マジで?空美の従妹?似てねー……正反対じゃん」


 空美さん。なんだか聞き覚えのある名前だ。


「音楽部のドラムの子」


「あぁ、クロッカス……でしたっけ」


「そう」


 確かに似ていない。舞台上の姿しか見たことないが、空美さんは可愛い系だ。


「けど凄いわねぇ。自分はレズビアンですって堂々と言えちゃうなんて」


「アタシは別に悪いことじゃないとは思うし、堂々としてもらった方が楽だな。まぁ……そう簡単に出来ない世の中であることは確かかもしれないけど」


「……そうだな。ちなみになんだが、実は私、みゃーちゃんと付き合ってるんだ」


 話の流れでしれっとカミングアウトをぶっ込んでくる部長。

 沈黙が流れ、部長は「タイミングを間違えたみたいだな!」と目を見開いて叫んだ。


「いや、うん……大間違いだと思います」


「冗談では……無さそう……」


「このタイミングで冗談言うとは思わないけどさぁ……なんで今?」


「いけそうだったから!」


「いけそうだったからじゃねぇよ」


「ちなみにいつから付き合ってるんですか!?キスはしましたか!?どっちから告白したんですか!?」


 リーリエが目を輝かせる。全くこいつは……と言わんばかりに呆れた顔をする二年の先輩達。


「告白はちーちゃんからだったわよねぇ」


「なんて言われたんです?」


「別に普通よぉ。『付き合ってくれないか』って。けど私、その時はお出かけのお誘いだと思っちゃって。ふふ」


「『どこに?』って返されて拍子抜けしたよ……。まぁ、あれは私の言い方も悪かったんだが……」


「焦ったいラブコメみたいなやりとり」


「ちーちゃんが私のこと好きだなんて、全然想像もしてなかったもの」


「で?」


「『恋人になってくれ』って、改めて言い直して……そこから半年以上待って、卒業式の日にようやく返事を貰ったんだ。というか……」


「一ヵ月くらい悩んで、付き合う決心をしたの。それで、ちーちゃんにもそれを伝えたと思っていたのだけど……」


「なんも言われとらん!」


「ごめんねぇ」


「未だに怒ってるんだからな!半年も待ったんだぞ!一生言ってやるからな!」


「好きよ。ちーちゃん」


「誤魔化そうとするな!」


「もう許してよぉ……」


 ふと、リーリエを見ると口から魂が抜けていた。


「部長、大変です。リーリエが百合の過剰摂取で死にかけてます」


「どういうことだよ」


「白井さーん。大丈夫かー?」


「起きろ!白井くん!……くっ……私がカミングアウトしたばかりに!」


「……部長、不安そうな顔してた割に元気っすね」


「ふふ。ホッとしたんでしょうね。……私も今、ホッとしてるのよ。……周りはみんな異性との恋愛話で持ちきりになっていて、私達も当たり前のように異性を好きになるって思われていて、女の子と付き合っていることを打ち明けたらどんな反応をされるんだろうって怖かったの。私も、多分ちーちゃんも。……黙っててごめんなさいね」


「……誰だって、そうだと思います……自分のことを話すって、凄く勇気が居るから……」


「誰と付き合ってるとか、いちいち公言する義務は無いですし、隠してたからって別に誰も怒りませんよ」


「……私も、リーリエに出会うまで、百合が好きだってあんまり人に言えなかったんですよね」


「今はめちゃくちゃ堂々してんのに?」


「あいつに出会って開き直りました。私よりやべえ奴いるじゃんって」


「おい。聞こえてるぞ相棒」


「アタシからみたらどっちもどっちだけど」


「ええ!?私、リーリエよりはやばく無いですよ」


「変わんねぇって」


「いやいやいやいやいや……」


「ふふふ」


 部室に笑い声が響き渡る。この部活に入って良かった。入部してまだ一ヵ月も経たないけれど、心からそう思った。

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