第3話:これもある意味……

 それから二限目、三限目、四限目と過ぎて昼休み。三人は当たり前のように机を寄せ始めた。私も近くの席の子達に誘われたが、友達が来るからと断り、一人で弁当を広げて親友を待つ。


「やあ相棒。来てやったぞ」


「おう」


「うわ、マジで美女が三人。けど仲良さそうだね」


 三人の方を気にしながら食事をする。会話はざわめきに紛れて聞こえないが、本当に仲が良さそうだ。


「…鈴木くんと月島さんって…付き合ってるのかな…」


「あー…女の子好きって言ってたもんね」


 ふと、そんな噂話がどこからか聞こえてきた。王子達も聞こえたのか、王子がピタリと箸を止めて通る声でこう言った。


「私の満ちゃんに対する好きは恋愛感情じゃないよ。女の人なら誰でも良いわけじゃないから」


 そしてひそひそ話していた女子達の方を向き直す。


「……ねぇ、姫花、王子ってもしかして……」


「うん。女の子が好きらしい。そのことは別に隠してないんだって」


「マジか。百合王子じゃん」


 三人の様子を観察していると、小桜さんが王子の弁当箱に箸を伸ばした。そこから一口サイズのコロッケらしきものを取り出し、口に運ぶ。その姿を慈愛に満ちた表情で見つめる王子。飲み込むと「まだ食べる?」と言わんばかりに箸で何かを差し出した。首を横に振って断る小桜さん。少し残念そうに差し出した箸を自分の口に運ぶ王子。しょぼんと頭の上に生えた犬耳が垂れる幻覚が見えた。

 ふとリーリエの方を見ると、机に突っ伏して震えていた。


「尊み秀吉が軍を引き連れて我が城に攻め込んできおったわ……ぐふ……」


「白井城すぐ落とされそうだな……」


「我が城はもう……落ちた……ちーん……」


 親友は私以上に重症だ。


「……姫花殿はなぜ平気なのじゃ……」


「私は長女だから。次女だったら耐えられなかった」


「長女も何も一人っ子じゃん。百合門ゆりど尊治郎そんじろう


 などと話していると、王子が鞄から体操服を取り出し始めた。そして二人に手を振って教室を出て行く。次の時間は体育だ。


「次体育か」


「うん」


「じゃあ、私も行くね」


「うん。またね」


「じゃあね、尊治郎そんじろう


 リーリエが教室を出て行き、クラスの男子達も続々と出て行く。


「別に鈴木くんはここで着替えても良いと思うけどなぁ」


 一人の女子生徒が呟く。それに対してクラスメイト達も頷く。


「…みんながそう言っても、あいつ自身が人前で脱ぐことに抵抗あんだよ。服を脱ぐと『本当に女の子なんだ』って言われがちだから。顔にも口にも出さないから分かりづらいかもしれないけど、意外と繊細でめんどくせぇ奴なんだよ」


 姐さんが着替えながら呟いた生徒に言う。


「月島さんってなんだかんだで鈴木くんのこと大好きだよね」


「付き合ってないとか嘘でしょ」


「仲良いからってなんでも恋愛に繋げんじゃねぇよ…めんどくせぇな。死んでもあのわがまま王子だけは恋人にしたくないね」


 そう言いながらさっさと着替えて教室を出て行ったかと思えば、二組の女子に紛れて、畳まれた制服を持って戻ってきた。そして王子の机の上に無造作に置いて自分の席に着いた。やはり、なんだかんだで王子に優しい。ツンデレだ。ニヤニヤしてしまうと、睨まれてしまった。慌てて着替える。


「『知り合ったばかりの君より、私の方がよっぽど彼のことを分かってる』とか、嫌味じゃなかったらなんなんですか!マウント以外のなんでもないでしょあれ!」


 そんな声が聞こえた方を見ると、小さな女の子が姐さんと小桜さんに愚痴を言っていた。耳を傾ける。姐さんの口から『うみちゃん』と聞こえた。どうやら愚痴の相手は王子なのだろうか。そして姐さんはサラッと彼女の恋愛対象が女性であることを暴露する。ぽかんとする小さい女の子。ちらちらと彼女達を気にする隣のクラスの生徒達。

 ひそひそする空気に耐えられなくて、さっさと教室を出て体育館へ行くと、王子が男子達に紛れて談笑していた。全く違和感が無い。入学式の帰りに一緒にいた男子の姿もあるが、彼は別の男子と会話をしている。


「あれ、百合岡さん。早いね」


「あぁ、うん。ちょっと……ね」


「何?王子の彼女?」


「違うよ。友達。女の子なら誰でも良いわけじゃないってさっき言ったばかりじゃないか。んもう」


「本命の女は別にいるもんな」


「小桜さんだろ?」


「百合香にはまだ内緒だからね」


 笑ってしーと人差し指を立てる王子。やはり小桜さんのことが好きらしい。まぁ、あれだけ露骨なアピールをしていたら誰でも気付く。


「小桜さんも気付いてるんじゃない?」


「てか、両思いだろ」


「はよ告れよ」


「ふふ。まだしないよ。先に外堀埋めないといけないから」


 笑顔でサラッと言う王子に周りの男子は引いている。


「だから君達、あの子に手出しちゃ駄目だよ」


「け、けどさぁ……望み薄くね?だってあの子、レズじゃないんだろ?」


「そうだね。けど、大丈夫だよ。レズビアンじゃないだけで女は恋愛対象外だとは言われてないし。あと私、王子だし」


 自分を親指でさしてドヤ顔をする王子。凄い自信だが、過信だと思えないところがまた凄い。


「あ、ちなみにレズって差別用語だから。私はあんまり気にしないけど、気をつけてね」


「お、おう……なんか、凄いな。お前。悩みとか無さそう」


「フラれろ」


「酷ーい。そういうこと言う子には好きな人と一生両想いになれない呪いかけちゃうよ」


「両想いになれないっていうか、寝取られそう」


「そんな酷いやつに見える?心外だな。何度も言うけど、女の子なら誰でも良いわけじゃないからね。私は彼女だから好きになったんだ」


「ちなみに今まで彼女いた事あるの?」


「無いよ」


「ねぇの?モテそうなのに」


「モテるよ。王子だもん」


「……ムカつく王子だな」


「あははっ。確かに私を欲しがる女の子はたくさんいたけど、残念ながら渡せるのは一人だけ。その一人は私が選ぶって決めてるんだ。……私はわがままだからね。どれだけの人に『好き』と言われても、私が愛した人の言葉じゃないと満たされないんだ」


 そう語って、彼女は少し悲しげに笑った。

 一瞬だけしんみりした空気になるが「まっ、君らはモテなさそうだからわかんないよねー」と彼女が一変して小馬鹿にしたように笑いながらそう続けたことで、しんみりとした空気は一瞬で吹き飛んだ。男子達の笑い声混じりの怒号と彼女の笑い声が体育館に響く中、続々と女子達がやってくる。


「なんか楽しそうだね。なんかあった?」


「王子が男子からかって遊んでる」


「男子の中にいる方が違和感ないな……」


「てか、改めて見るとやっぱイケメンだよね」


「私、同性愛者じゃないけど好きになりそう」


「いやぁ……でもどう見ても本命は……」


 ちらちらと、姐さんと小さい女の子と一緒にやって来た小桜さんに視線が集中する。


「な、何?」


「小桜さんってさ、ぶっちゃけ王子のことどう思う?」


 女子から質問が飛ぶのが聞こえてきた。ボーっとするふりをして、ぼっち生活で鍛えた盗み聞きスキルを発動させる。ぼっちといっても、友人は人並みに居る。だけど私は敢えて一人で居ることの方が多かった。なぜなら、その方が人間観察妄想が捗るから。


「海菜?……ちょっと腹黒いところもあるけど……嫌いでは無いわ」


「好き?」


「……そうね。は好きよ」


……ねぇ」


「恋愛対象としてはどう?」


「……知り合ったばかりだもの。分からないわ」


 否定はしない。完全に脈ありと見た。ちらっと王子の方を見ると、目が合い、にこりと微笑まれた。恐らく王子も気付いているのだろう。


「王子は絶対小桜さんのこと好きだよね」


「けど、恋愛感情じゃないかも」


「えぇ!?あれ見てそう思う!?」


「……満ちゃんとか、他の子に対してもあんな感じじゃない」


 少し拗ねるように言う小桜さん。思わず顔を覆う。


「……おい、生きてるか」


「……百合岡です。姐さん」


「騒ぐのは勝手だが、二人の邪魔になるようなことだけはするなよ」


「姐さんも二人のこと応援してるの?」


「……あいつには幸せになってもらわないと困る」


「……ほ、ほーん」


「……おい、ハム。変な勘違いすんなよ。丸焼きにして食うぞ」


「姐さん、王子のこと好きすぎない?」


「友人の幸せを願うのは当然のことだろ」


「いや……友人の域超えてるような……」


「うるせぇ。さっさと並べ。授業始まるぞ」


 ぐいぐいと私を一組の二列目の最後尾に押し込み、王子の後ろに並ぶ姐さん。体育の時間の並び方は番号順で二列だ。前が奇数、後ろが偶数。


「授業始めるぞー」


「気をつけ。礼」


「「「「よろしくお願いします」」」」


 初日なため、ラジオ体操をして、軽く運動をして授業は終わった。明日からは体力テストについての説明を兼ねて各種目の練習をするらしい。憂鬱だ。リーリエは割とアウトドア派なヲタクだが、私は完全にインドア派。小学生の頃に運動音痴なことを散々馬鹿にされた経験のおかげて、昔から体育は大嫌いだ。


 その後教室に戻り、六限目の授業を受けて一日が終わった。この後はリーリエと部活の見学に行く約束をしている。

 HRを終えて教室を出て、四組の教室の前で待つ。


「姫花、お待たせ」


「何部入るか決めてる?」


「もちろん漫研」


「やっぱり?」


「姫花は?」


「私も同じ」


「じゃあ行こうか」


 この学校には部室棟があり、名前の通り一つの棟に各部活の部室がまとまっている。

 漫画研究部と書かれた部室をノックし、中に入る。


「おぉ一年生ちゃん!ようこそ漫画研究部へ!」


「こんにちは。見学に来ました」


「見学と言わずに今すぐ入部してくれても構わないぞ!」


 出迎えてくれたのはズボンを穿いてネクタイを締めた小さな女の子。体育の前に小桜さんに愚痴を言っていた子と変わらないくらい小さい。もしかしたら150㎝もないかもしれない。そんな彼女のネクタイの色は緑。ネクタイやリボンは学年ごとに色が決められており、赤は一年、黄色は二年、緑なら三年生となっている。見た感じ、三年生は彼女ともう一人、大人っぽい女子生徒のみなようだ。といっても、部員は五人しかいないが。そのうち四人が女子。


「ごめんなさいねぇ。このちっこいのはうちの部長の小鳥遊たかなし千智ちさとちゃん。私は副部長の蝶野ちょうの雅美みやびよ。彼女と、私と、二年生の陸野りくのくん、鳴海なるみさん、大空おおぞらさん。この部はこの五人で全員よ」


「少ないから覚えやすくて良いだろう!」


 ガハハと笑う小鳥遊部長。身体が小さいわりには声がデカい。


「なんかごめんね。俺は二年の陸野りくのらいと。光って書いてって読みます。見ての通り、男子は俺一人です」


「……鳴海なるみ……聖蘭夢せらむです」


「アタシは大空おおぞら飛鳥あすか。数合わせのために居るようなもんだから、あんまり漫画には詳しくないんだけど……まぁ、よろしく」


「百合香姫花です」


「白井りりえです。リーリエって呼ばれてます」


「リーリエと百合岡くん……ゆりゆりコンビだな!」


「なんで?」


「リーリエはドイツ語で百合って意味なのよ」


 首を傾げる大空先輩に蝶野先輩が説明をする。


「常識だぞ!大空くん!」


「うるさ……」


 部長のキャラが濃い。そして声がデカい。


「こんな感じで、賑やかな部活よ。活動内容は文化祭などのパンフレットのイラストを描くくらいで……後は各々好き勝手やってるわ」


「雑談しながら絵描くゆるい部活だよ」


「めっちゃ良いですねそれ」


 リーリエは既に入部する気満々だ。まぁ、私も同じなのだけど。


「うちの部、五人しかいなくて、三年生二人抜けたら同好会に降格されちゃうんだ。だから、君達が入ってくれるとありがたい」


「私は入りたいです。姫花も入るよね?」


「まぁ、うん」


「……即決しちゃって大丈夫?他にも色々あるけど」


「大丈夫です!私、漫画大好きなんで!漫研入るの夢だったんで!」


「元気が良いな!!君は!!」


「部長ほどじゃ無いと思う」と総ツッコミが入る。


「あはは……私も入部します」


「おぉ!そうか!」


「うふふ。ありがとう。これで私達が引退してもなんとか部活としてやっていけるわね」


「廃部ギリギリなんですか?」


「まぁ、五人しかいないからね。部活としてやっていくには最低五人必要なんだよ。三人いれば同好会として名前は残せるんだけど、活動費が貰えなくなるから、消耗品とか全部自己負担になっちゃうんだ」


 陸野先輩が丁寧に説明をしてくれた。三年生は二人。一年生が来なかった場合残るのは三人だが、私達二人が入ればギリギリ五人になる。


「最初は……二年生は……私一人だったんだ……」


 部長とは対照的に、鳴海先輩は背が高くて声が小さい。高いと言っても王子ほどではないと思うが、部員の中では一番高い。陸野先輩と変わらないくらいだ。


「本当は私達の代で廃部だったんだけれど、生徒会の意向で、一年生——今の二年生が入学してから一週間は待ってくれることになってねぇ」


「必死に土下座した甲斐があったな!」


「生徒会長もドン引きしてたわぁ」


「うわっ、熱苦し……」


「大空くんは冷めすぎだ。もっと熱くなれよ!」


 クールな大空先輩、おどおどしている鳴海先輩、穏やかな陸野先輩と蝶野副部長、そして騒がしい小鳥遊部長。


「濃い部室だなぁ」


「楽しくなりそうだね」


「歓迎会しよう!」


「はいはい。明日ねぇ」


「今やろう!!」


「色々と準備しなきゃいけないでしょう?」


「てか、まだ増えるかもしれないし、体験入部期間終わるまで待ちません?」


「増えると思うか?」


「私は……正直、少人数の方が落ち着く……」


「賑やかな方が楽しいぞ!!なぁ!!」


一人いれば充分賑やかよぉ」


「ちーちゃん……みゃーちゃん……」


 リーリエの百合センサーがさっそく反応している。


「あぁ、私とちーちゃんは幼馴染なのよぉ」


「へぇー」


 リーリエの目がぎらついている。先輩達も苦笑いだ。


「幼馴染、良いですね」


「二人は違うのか?」


「私達は中学からの付き合いです。共通の趣味をきっかけに仲良くなって」


 きっかけは、ひっそりと読んでいたGL小説をリーリエに拾われたことだった。当時はまだ、隠すべき趣味だと思っていて、彼女に中を見られた時はかなり焦った。偶然にも同じ小説を持っていて、それをきっかけに少しずつ話すようになった。それまで私は、ぼっちでこそないものの、どこか周りと一線引いていた。彼女がその線の内側に、手を引いて引き入れてくれた。

 女でGLが好きだと知られたら引かれるなんて、そんなの私が勝手に思い込んでいた偏見だった。

 だからある意味、彼女は私にとって特別な存在なのだ。

 決して、恋とかそういうのでは無いと思う。例えば彼女が知らない間に恋人を作っていても、よっぽど危険な人間じゃなければ、素直に祝福できる。

 きっといつか、私達はそれぞれ別の人と恋に落ちる。それでもきっと私達の関係は変わらない。そう信じている。

 私と彼女の関係もある意味、一種のなのかもしれない。

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