第8話 強くなるために
「じゃあ父さん、母さん。僕はアイズをピピ達のところに送るから、先に行くね」
「おう。ピピちゃん達にもよろしくな」
「うん! また後で。じゃあ、行ってきます!」
カイルはいつもより一回り大きいバッグを背負い、俺を肩に乗せて家を出た。
そうしてたわいもない話を聞きながら数十分が経った頃、とある豪邸の前でカイルは足を止め、立派な門扉を開いて敷地の中へと入った。
もしかしてここがリリの家? 凄いな、大金持ちが住む家じゃないか。
カイルは特に驚く様子も見せず家の扉の前まで歩くと、取り付けられている金具で扉を軽く叩いた。
すると大きな扉がゆっくりと開かれ、モモ達が俺とカイルを出迎えてくれた。
「おはよう、ピピ、モモ、ポポ。それじゃあ、アイズのこと頼むね。このお礼はいつか必ずするから」
『ええ、おはよう。お礼なんて別にいいわ。って言っても、伝わらないけど』
『任せときな、カイル。六日後までにアイズを一人前にしてみせるさ』
『カイルも……お仕事頑張って……』
「じゃあアイズ、僕はもう行くね。また六日後の夕方頃に迎えに来るから」
『おう! またな!』
カイルは俺とバッグを地面に降ろし、リリの家から出ていった。
『それじゃあ、ピピ、モモ、ポポ。今日からお世話になります』
『任せてちょうだい!』
『昨日も言ったけど、これはカイルのお祝いだからね。あんたは気にせず、強くなることにだけ集中すればいいさ』
『アイズ……ごめん……。ポポは……』
ピピとモモとは対照的に、ポポは悲しそうに俺に謝ってきた。
えっと、謝られることなんて何もないけどどうしたんだろう?
そう疑問に感じていると、モモが説明してくれた。
『ポポは補助魔法が中心でね。今日からの特訓であんたにしてやれることは特にないのさ。だから、ポポは力になってあげられないと昨日から落ち込んでいてね』
補助魔法って動きが早くなったり、攻撃が強くなったりする、あれのことか。
確かにこれはトレーニングだから、そういった魔法に頼ることはないけど、ポポが気にする必要全くないのに。
そもそも、こういう話になったのもポポがリリに伝えてくれたお陰だからこそだし、それで十分過ぎる。
『ありがとう、ポポ。ポポには昨日お世話になったから、それで十分だよ』
『でも……ポポだけ何もしないのも……』
困ったな……。気にしなくていいと伝えると、却って逆効果になりそうだ。
こうなったら――
『それじゃあ、ポポには応援していてもらおうかな!』
『応援……?』
『ああ! ポポみたいな可愛い魔物が応援してくれれば、俺も一層頑張れるからさ!』
『……分かった……。頑張る……!』
少しの沈黙が流れた後、ポポは明るい声でそう返してくれた。
ほっ。上手くいったみたいだ。キザ過ぎて恥ずかしいけど、こればかりは仕方ない。
そう自分自身を納得させているとピピとモモが近づいてきて、内緒話をするようにコソコソと話掛けてきた。
『やるねぇ、アイズ』
『よっ、色男!』
くっ、からかいやがって……。そう言われると、余計に恥ずかしくなってくるじゃないか!
『まあ、それは置いていて……。その荷物は何だい?』
『ああ、これは――』
俺はカイルが置いていったバッグを開き、中から鉤爪を取り出した。
昨日カイルが用意してくれたんだよな。
『それが昨日言っていた武器ね。流石リリ、アイズにピッタリだわ』
『よし、それなら早速付けな』
『えっ、でも、これを付けたらモモが危ないんじゃ……』
『大丈夫よ。傷ついても、あたしが魔法で回復してあげるから』
ピピは傷を癒す魔法を使えるのか。
多分、カイルが使った薬と同じような効果があるんだろうな。それだったら大丈夫か。
『そういうこと。だから遠慮はいらないよ。まずはあんたの実力を知りたいから、本気でかかってきな』
モモは中庭に移動し、どっしりと腰を落としてそう言った。
よし、そういうことなら――
俺は鉤爪を装備した後、思いっ切り地面を蹴った。
そしてモモの元にまで駆け寄ったところで、力任せに腕を振り下ろしてみる。
しかし、鉤爪はむなしく空を切り、そのまま地面に突き刺さってしまった。
くそっ! もう一度だ!
俺は再びモモに向かって走り出す。近づき、今度は横に腕を振るうと、
『甘いよっ!』
太く立派な三本の爪で受け止められてしまった。
『さあ、どんどん来な!』
『頑張れ……! 頑張れ……!』
モモは後ろに飛び退き、次の攻撃を促してくる。
言われるがまま突進しては腕を振るうも、いかにも余裕といった様子でかわされてしまう。
その後も何度か一撃を浴びせようと試みたものの、かわされたり、爪で防がれたりして難なくいなされてしまった。
『はぁはぁ……』
『おや、もうバテたのかい? 仕方ない、ここらで少し休憩にしようか』
ふぅ、もう限界だ……。
こんなに疲れたのは、学生の時に体育の授業で持久走やシャトルランをした以来だ。
ドラゴンになったからといって、体力が増える訳じゃないんだな。
それとも、ドラゴンとしての体力がこれなのかもしれないけど。
『はい、アイズ。お水どうぞ』
座り込んで息を整えていると、ピピが木製のコップを手渡してくれた。
『ありがとう! ――って、ピピ。何も入ってないんだけど……』
『今から入れるのよ。えいっ!』
可愛らしい掛け声が聞こえた直後、ピピが伸ばした手の先に水の塊が現れる。
その水はふわふわと浮かび、コップの中へ入ると液体に変化した。
『おお! 凄いな、こんなことも出来るんだ』
『まあね。あたしは光と水の魔法を使えるから』
俺はコップを口に運び、注いでもらった水をグイっと飲み干す。
『ぷはぁ! 生き返ったよ、ありがとう。そういえば、その魔法って俺も使えるのかな?』
『うーん。今まで魔法を使えるドラゴンなんて聞いたことないから使えないんじゃない? 実際はどうなのか分からないけど』
『そっか……』
もしかしたらと思って聞いてみたけど、やっぱり使えないみたいだ。
まあ、そんな力を感じた試しもないから、きっとそうなんだろうとは思っていたけど。
『何、気にすることはないさ。アタシの種族も魔法なんか使えないし。あっ、ピピ、アタシにも水もらえるかい』
離れたところに座っていたモモがポポを連れ、こちらに近づきながらそう言った。
『へえ、そうなんだ』
『魔力は流れているけど、魔法を使えるかどうかってのは別の話だからね。魔法を使えない種族は多いし、落ち込む必要はないよ。その分、肉体で頑張ればいいさ』
『そ、そうだね。ありがとう』
落ち込んではいなかったけど気遣いを無駄にするのも悪いし、お礼を言っておいた。
『さて、そろそろ再開するとするかね。今度はアタシに傷を負わせるまで休憩はナシだよ!』
『ああ、分かった! それじゃあ行くぞ!』
『アイズ、頑張れ……! モモも頑張れ……!』
俺はモモに胸を借りて、何度も攻撃を仕掛けた。
振り下ろした鉤爪はことごとく防がれてしまうものの、試行錯誤を重ねること数十分、ある作戦を思いつく。
それを実践するため、一気にモモの間合いに踏み込んだ。
そして右腕を高く振り上げると、その動作に反応したモモが腰の辺りに爪を構える。
『ダメだね! 予備動作で丸わかり……って、あら?』
背後からモモの驚いたような声が聞こえた直後、俺は腕を伸ばしたままクルリと振り返る。
それによって、遠心力が加わった鉤爪がモモの背中を引き裂き、三本の傷を残した。
『うっ! あ、あんたいつの間に背後に!』
『話は後! ほらっ、傷を治すからジッとして』
駆け寄ってきたピピが手を伸ばすと、モモの背中が眩く光る。
そうして十秒ほど経って光が消えると、痛々しい裂傷が時を巻き戻したかのように綺麗に塞がっていた。
これが回復魔法というやつか。いやはや、本当に見事だな。
『ありがとさん。それでアイズ、あんたは一体どうやって背後に回ったのさ?』
『股を……くぐり抜けてた……』
ポポの言う通りだ。
俺は腕を振り下ろすと見せかけて、そのまま股下をくぐっただけ。
サッカーで言うところの股抜きだ。
この場合、俺がサッカーボールになるけど……。
『そうだったのかい。全く気が付かなかったよ。やるじゃないかアイズ』
モモは俺の予備動作を見て攻撃を防いでいたからな。
意識をそっちに取られていたから気が付かなかったんだろう。
『ありがとう、モモ!』
ただ、これは俺とモモに体格差があった上に、モモが攻撃しないという条件があったからこそ通用したに過ぎない。
俺自身が強くなった訳じゃないから、もっともっと頑張らないと。
『ああ! そうしたら次に移りたいけど、その前に休憩を挟むかい?』
『いや、このまま続けてくれ!』
『そうかい、良い心意気だ! じゃあ今度はアタシから攻撃するから、あんたはそれをかわしな。もちろん力の加減はするけど、当たれば深手は避けられないから真剣に避けるんだね』
『……えっ?』
『行くよっ!』
言葉と共に、モモはその太い腕を俺に向かって振り下ろしてくる。
『ひぃっ!』
思わず情けない声が漏れてしまったものの、横に飛び退いたことで何とかかわすことが出来た。
『大丈夫よ、アイズ。傷を負っても元通りにしてあげるから』
『頑張って……!』
いくら治せるといっても、あれを食らうのはごめんだ!
俺はモモと一度距離を取り、彼女の攻撃に備えた。
それを確認したモモは腰を深く落とすと、地面を力強く蹴ってこちらに近づいてくる。
そうして俺の間合いにまで入ると、右腕を大きく振り払ってきた。
――これなら、後ろに飛び退けば避けられる!
両足に力を入れて後方にジャンプすると、直後、俺の目の前を勢いよく爪が横切る。
新たな攻撃に備えるため顔を上げると、既にモモの左腕が振り下ろされていた。
もう避けられない! こうなったら!
俺は
すぐ後、ガキン! という金属同士がぶつかったような音が聞こえたと同時に、腕に強い衝撃が走る。
『よく受け止めたじゃないか! さあ、どんどんいくよ!』
モモはそう言って少し離れた後、再び距離を詰め腕を振るってくる。
それに対して、俺は寸前のところでかわす。
そんな流れを続けること一時間ほど経った頃、モモが口を開いた。
『流石小さいだけあって身軽だね。それなら防御面は心配なさそうだ。少し休憩したら、また攻撃面を鍛えようか』
『ぜえぜえ……。……分かった、ありがとう』
『お疲れ様、モモ、アイズ。はい、お水』
『二人とも……頑張った……!』
『ピピとモモもありがとう』
数分だけ休ませてもらった後、再度モモに相手をしてもらった。
その稽古は数時間続き、完全に日が落ちたところで今日の特訓は終えることとなった。
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