第7話 優しい従魔達

 しばらく歩いていると、コーヒーカップが描かれた看板をぶら下げている小洒落た店に辿り着いた。

 隣には広々とした庭があり、緑を感じられる。


「いらっしゃいませ! 人間のお客様二人に、魔物のお客様四匹ですね。それでは人間のお二人は中へどうぞ」

「はーい。みんな好きな物を食べていいからね。もちろん、アイズ君も」

「えっ、アイズは……」

「いいのいいの! カイルの初テイムのお祝いとして、今回は私の奢り!」

「お祝いはもう鉤爪をもらったから十分だよ」

「それは私のお父さんからでしょ。私の分はまだだから、遠慮しないで。さ、行きましょ」


 二人は出迎えてくれた店員と一緒に店内へと入っていった。


 俺達はどうするんだろう……。


 そう考え始めたところ、店の奥から一メートルを優に超える巨大なペンギンがこちらに近づいてくる。

 コウテイペンギンか……?


『お待たせしました。魔物の皆様はこちらへどうぞ』


 足元を見ると俺やポポ達と同じく、銀色のリングを付けていた。

 なるほど、魔物の客に対する魔物の店員ということだな。


 俺達四匹はペンギンの店員に連れられ、カフェに併設された庭へと案内された。


 人間と魔物は別なんだな。まるでカフェ併設型のドッグランみたいだ。

 まあ、モモみたいな大きい魔物が入るスペースもないし、仕方ないか。


『ご注文はどうされますか?』

『アタシはボアの肉をもらおうかねぇ』

『じゃあ、あたしはサラダを』

『ポポは……ユーグドラシェルの蜜……』

『かしこまりました。そちらのドラゴンのお客様はお決まりですか?』


 うーん、リリもああ言っていたことだし素直にご馳走になろうかな。お腹も空いてきたし。


 でもどうしよう。

 肉を食べたい気持ちはあるけど、生だったら嫌だしな……。

 ここは失敗するリスクが少ないサラダにしとこう。


『俺もサラダで』

『かしこまりました。それでは少々お待ちください』


 ペンギンは頭を下げた後、店の中へと入っていった。


『なんだい、アイズ。あんたは草食なのかい。まだ小さいんだから、肉を食わなきゃダメだよ肉を! ったく、近頃のオスときたら……』

『モモ、それオバサンみたいだから辞めたほうがいいわよ』

『実際……オバサン……』

『あ? ポポあんた、今アタシのことオバサンって言ったかい?』

『聞き間違い……モモはお姉さん……』


 ……仲いいなぁ。

 種族は違うけど、実の姉妹みたいだ。


『あはは……。そういえばアイズ、あなたとカイルはどうしてリリと一緒に居たの?』

『ああ、カイルが俺の武器を買ってくれるって言ってさ。まさかリリが武器屋の娘だとは思わなかったけど』

『へぇ、武器をね。それはまたどうして?』

『実は――』


 俺は昨日の出来事をピピ達に話した。それと俺の決意も。


『そんなことがあったのかい。カイルは本当にあんたのことを大切に思ってるんだね。まあ、当たり前ではあるけれど』

『っていうと?』

『カイルはテイマー養成学院を卒業して免許を取ったのはいいものの、それから一年間、一匹もテイム出来なくてね。ほら、昨日話した契約の魔法を使えないっていう理由で』

『そこでようやくテイム出来たのがあんたなんだ。大切にするのも当たり前ってもんさ』


 なるほどな。だから自分の身を危険に冒してまで俺を守ってくれたのか。


 にしても、カイルも大変だったんだな。

 せっかく、テイマーになれてもテイム出来なければ意味がない。

 両親が無理をして学院に通わせてくれたって言ってたし、負い目も感じていただろう。


 ……あ! だから、カイルの両親は俺にお礼を言ってきたのか!

 確かに俺がテイムされたことで、息子が負い目を感じなくなるもんな。

 親が子を、子が親を想うなんとも素晴らしい家族だ。そんな家族のために俺も頑張らないと。


『アイズ……大丈夫……?』

『ああ、ごめん。ちょっと考え事を』

『それで道場に通うって話だけど、アタシはあまり良い考えだとは思わないけどねぇ』

『えっ、どうして?』

『道場って凄く高いのよ。カイルの家がお金持ちならまだしも、ほら。とてもそんな余裕があるとは思えないっていうか……』


 そうなのか……。流石にそこまで負担を掛ける訳にもいかないしな。

 でも、それなら一体どうすれば――


『アタシが鍛えてあげてもいいけどね。丁度明日から休みっていうことだし。もちろん、金は取らないよ』

『そうね。傷を負ってもあたしが回復してあげるわ』


 えっ、そうしてもらえるなら本当に助かるけど……。


『良いの? せっかくの休みを俺なんかのために……』

『別に構わないさ。これといって、やることもないし』

『でもさすがにタダって訳には』

『それなら、あたし達からカイルへの初テイムのお祝いとしてってことで良いんじゃない? 道場代が浮くんだから、カイルのためになるでしょ』

『そうねえ。パパもリリもお祝いしているみたいだし、これはアタシ達からのお祝いってことで。これはカイルのためだから、あんたが気にする必要はないわ』


 良い人達だ……。いや、従魔達か。リリの一家は本当にみんな優しいな。


『みんな……、本当にありがとう! その好意に甘えさせてもらうよ!』

『任せときな! それなら明日から特訓といこうか。後でリリとカイルにも伝えないとね』

『ええ。ポポ、頼むわね』

『……うん』


 あっ、このことをどうやって二人に伝えるのか全く考えていなかった。

 でもポポが何とかしてくれるみたいだ。


『おっ、料理が来たみたいだよ! さて、頂こうかねぇ』


 俺達は運ばれてきた料理を口にしながら、明日からのことを話した。


 そこでリリの家に泊まり込みで、朝から晩まで修行を付けてもらえることに話が纏まる。

 期間はリリ達が帰ってくる一週間後までだ。

 まあ、カイルとリリに許可を取れればの話だけど……。


 ちなみに肉はこんがりと焼かれていた。

 俺も肉にしておけば良かったな。


 そうして話がひと段落つき、日が落ちてきた頃。


「お待たせ―! ごめんね、ちょっと話が盛り上がっちゃって」

「まさかこんな時間になってるなんてね。あっ、リリご馳走様! アイズの分もありがとう!」


 カイルとリリが俺達を迎えに来た。


『よし。二人とも来たことだし、ポポ。頼んだよ』

『……任せて』


 ポポはそう言いながら、リリの服の袖を引っ張った。


「ん? どうしたの、ポポ? 袖を引っ張るってことは伝えたいことがあるの?」


 リリの問いかけに対し、ポポは頭を縦に振る。

 そして地面をジッと見つめながら、葉っぱで出来た腕を真っ直ぐに伸ばした。


 すると土に線が引かれ、それは次第に一つの絵となっていく。

 出来上がったその絵には、小さなドラゴンと熊――俺とモモが戦っているような光景が描かれていた。


 ……凄いな。地面に全く触れていないのに、絵が完成したぞ。

 魔法という概念があるのは昨日知ったけど、実際にポポは魔法を使えるんだな。


「モモとアイズ君が戦ってる絵だね。これだけだとちょっと分からないから、他のも見せてくれる?」


 ポポは頷き、腕を横に払うと土が覆いかぶさり、平らな地面に戻った。


 再び腕を前に伸ばすと、新たな絵が描かれていく。

 今度はモモが後ろから俺に覆いかぶさり、俺の右手を掴んで伸ばしている絵だ。


「えっと、これはモモがアイズ君にパンチを教えているってことで合ってる?」


 おお、伝わってるぞ!

 回りくどいとはいえ、意思疎通が出来るなんてポポは凄いな。


 その後、俺達四匹が寄り添って寝ている絵、俺がゴブリンを倒している絵をポポが描いたところで、カイルが口を開いた。


「もしかして、モモ達がアイズを強くしてくれる……とかかな?」

「あっ、カイル! さっき話してた道場の代わりに、モモ達が鍛えようとしているんじゃない? その考えは思いつかなかったけど、良い考えだと思うわ! お金も掛からないし!」

「えっと、そういうことで合ってる?」


 俺達四匹は頭を縦に振り、正解であることを伝えた。


「やっぱりね! モモ達がそうしたいなら、私はもちろん良いわよ」

「そうしてくれると本当に嬉しいけど……。ピピ達は良いの? リリから久々の休みだって聞いたけど」


 カイルの質問に、ピピ・モモ・ポポは何度も頷いてくれた。


「ありがとう! それじゃあ、お願いしようかな! 明日から僕はまた父さん達を手伝うから、その間にアイズを任せるね」

「あっ、それなら、アイズ君は私の家に寝泊まりしたらどう? そのほうが時間を取れるし、カイルも送り迎えをしなくて楽でしょ? それにさっきの寝床は私の家だったから、モモ達もそう考えてるんだよね?」

『その通りよ! さすがリリ!』

「正解だって! カイル、どうする?」

「じゃあ、そうさせてもらうよ! アイズがお世話になります」

『お、お世話になります』


 カイルがモモ達に深く頭を下げたのを見て俺も真似した。

 大人だった俺よりも、カイルのほうがしっかりしてるな……。


「だってさ、ピピ、モモ、ポポ。アイズ君のこと、しっかりと頼むね」

『任せときな!』

「よし、それじゃあもう暗くなってきたし、今日は帰ろっか。カイル、今日は付き合ってくれてありがとね」

「お礼を言うのは僕のほうだよ。おじさんには鉤爪をもらって、リリにはご馳走してもらって、ピピ達にはアイズの修行を付けてもらえるなんて……。本当にありがとう!」

「どういたしましてっ! それじゃあ、またね」


『また、明日ねアイズ。おやすみ』

『明日からはビシバシと鍛えてあげるから、今日はしっかり寝ておくんだね』

『さよなら……』

「うん、また!」

『ああ! 本当にありがとう! それじゃ』


 俺とカイルはリリ達と別れ、帰路に就く。


「……僕は世界一の幸せ者だ。こんなにも良い人達に囲まれて、それにアイズという最高の相棒も出来て」


 その途中、カイルがボソッと呟いた。


 最高の相棒か。

 その期待に応えて、トーナメントで優勝出来るように頑張って強くならないとな。

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