第13話 王子の思い出と渡された物

主人公であるクレフィが私(ヴィオラ)の部屋を退出して、今は王子と二人きり。


き、気まずい…。


ヴィオラが婚約破棄されるまでに王子達へやらかした行動の数々が、昨日の事のように浮かんでは消え、また浮かんでは消えるから、もう居た堪れなさ過ぎて、私は全く王子を直視できないでいる。


王子も王子で、何やら葛藤をしているみたいで無言だし…あ。王子が動く気配がした。


「ヴィオラ…」

「は、はいっ」


名前を呼ばれたから、思い切って王子を見たら。


王子は私(ヴィオラ)を見つめながら、少しだけ辛そうな顔をしていた。


「・・・・・・・。」

「あの…殿下?」


それが何を示しているか分からない私は、心許なくなり、ついつい視界の左上を見上げる。


…はぁ…。やっぱりボタンは無いままか…。


「少し、昔話をしてもいいか…?」

「あ、はい。どうぞ…。」


私(ヴィオラ)の返事に、王子が胸元から何かを取り出した。


…何だろう、何かの本みたいだけど…。


「・・・・そなたは覚えておらぬだろうが、そなたと初めて出会った時の事だ…。」


そして、王子は手の中にある本の最初のページをめくると、私へ本を差し出した。


「──このページを読んでくれないか?」

「え、と…はい…。」


王子に手渡された本のページへ視線を落とす。


「○月○日 天候 晴れ 今日は初めて婚約者と会う日だ。───えっ」


これは…日記?


「えっ‥これ、殿下…。」

「これは私がそなたとの思い出を記した日記なのだ。」


そんな個人的なもの、読んでいいの?


「読んでみてくれ。」

「───分かりました。」


……


○月○日 天候 晴れ

今日は初めて婚約者と会う日だ。

サージャ公爵家の令嬢で、歳は一歳下だと聞いている。

それ以外の情報は秘密と言われて知らされていない。

きっと色眼鏡で見る事なく、有りの儘を見ろという事だろう。

どんな令嬢か楽しみだ。



令嬢に会った。

感想は、とても勇敢で純粋な子だと思った。


名はヴィオラ。

真っ直ぐな黒髪に、意志の強そうな群青の瞳。


王子の私へ尻込みもせず、謙(へりくだ)りもせず、ハキハキと話す様は好感が持てた。


得意な事を聞くと、木登りが得意で小鳥の雛を助けた事もあるのだと自慢げに話し、実際に茶会の席を立ち、すぐ側の木に登ろうとしたから慌てて止めた。


令嬢は思い立つと即行動に出る気質らしい。


どうやら無鉄砲さもあるようだから、これからは私が気をつけて彼女を見るようにしなければ。


……


・・・・・・ヴィ、ヴィオラ〜〜〜〜〜!!!


「───どうだ?少しは自分の無鉄砲さを自覚したか?」


「…で、殿下…これ、めちゃくちゃ恥ずかし過ぎるんですけど…。」


って、しまった!あまりの恥ずかしさに気が動転して、ヴィオラ口調じゃない素の私で王子に語りかけちゃったよ!!


「‥クククッ」


あ、あれ?…何かあんまり怒ってないような…というか、むしろ真っ赤になった私を見て面白そうに笑ってる…。


…あ。もしやこれって、先程クレフィが私を驚かせたみたいに、王子達の苦労を掻き乱した私への仕返しとか?!


恐る恐る王子を窺い見ると。


「──そなたが記憶を無くしたと聞いて、私はな、……。」


あ…この表情…まただ。王子が辛そうに笑ってる。


「・・・・あの日…。」

「……あの日?」


「…私が初めてそなたと会ったのは、顔合わせの茶会の席ではなく、噴水の前だったのだ。」

「──えっ?」


…そうだったの? でも日記にはそんな事、書かれてなかったけど…。


「宮廷の渡り廊下からは、ちょうど噴水が見えるだろう?」

「あ、はい。そうですが…それが何か?」


「そなたが」

「私が」


「噴水の陰から飛び出して来て」

「私が飛び出して来て」


「突然、私の前に両手を広げて立ちはだかったのだ。」

「?!! えっ…私、殿下の前に立ちはだかったんですか?!」


「ククッ‥あぁ、そうだ。私を背に庇うように立ちはだかってな。」

「そ、うなんですか…。え…でも何故そんな事を…」


「そなたは、私の行く手を阻んで取り囲む大人達を見て、私が害されそうになっていると思ったらしい。」

「!!…ま、まさか…。」


とてつもなく嫌な予感がするんですけど…。


「それで、私を背に庇い、悪い事はしたらダメだと教わらなかったのかと、私の“護衛”相手に正論を説き、私を害そうとするなら容赦しないと、屈強な大人達を前に、短剣を構えたのだよ。」


やっぱりかぁーーーーー!!!!


「…わ、私は、幼少の頃から…殿下にご迷惑を、お掛けしていたと…。」


穴が無くても今なら掘って入れる自信があるわ…。てゆーか、短剣て…そんな幼少の頃から…ヴィオラ恐ろしい子!!


「あぁいや、そうではない。この話をしたのは、そなたの勇敢さに感動した事を伝えたかったのだ。」

「…殿下…オブラートに包まずどうかそのままをお伝えください…。」


「そうか? ‥まぁ、そなたの勇敢な──“無謀”な“猪突猛進”は、幼少の頃から変わっておらぬという事だ。」

「うぐっ」


「幼少の頃からそなたは曲がった事が嫌いでな。嘘を付けない素直で──“単純”で“騙され易い”性格と」

「うぐぐっ」


「それから、いつも無理する私を怒りながらも心配するそなたに──」

「うぐぐぐっ」


「──私は助けられていた。」

「!…」


「初めてそなたに会った私は、そなたを眩しいと思ったのだ。」

「…殿下…。」


「正しさを盾に、何者にも恐れず立ち向かう──“鋼の心”が。」

「‥鋼の…‥あの、それ褒めてないです…。」


「…クククッ」

「ちょっと殿下っ!?」


えっちょっ…笑い過ぎでしょ!


「ククッ…いや、すまな…クハハハッ…」


…まぁ、王子が楽しそうなら、別にいいけどさ…。


一通り笑った後で、ようやく持ち直した王子が、ふいに真剣な顔を私(ヴィオラ)へ向けた。


な、何?


「───その日記、貰ってくれぬか?」

「えっ?!」


いや何で?!


「今話したように、私は日記に書いていないそなたとの出来事を、今でも鮮明に思い出せる。しかしそなたは…そうではないだろう?」

「…っ…。」


そ、それは…そうだけど、でもそれは私が、ヴィオラだけど、いちプレイヤーだからであって…。


「違うからな。責めているのではないぞ。ただ、私はそなたと過ごした日々を、そなたを大切だと思っていた事を、──そなたに知っていて欲しいのだ。」


そ、んな事…言われても…。


幼い頃からヴィオラを想ってくれていた王子に、私は、ヴィオラとして…彼になんて返せばいい?


何も言えなくなった私は、ギュッとベッドのシーツを握りしめた。


「…それに、私には今は大切にするべき“妻”が居るからな。」

「あ…。」


ハッとして、顔を上げた。


「だから、…その日記は、そなたが持っていて欲しい。」


少しだけ切ない顔で微笑む王子の言いたい事が、分かった気がした。


「そういう事なら…分かりました。」

「ありがとう、ヴィオラ…。」

「いえ、こちらこそ…今まで、ありがとうございました。」


私のベッド脇の椅子からゆっくりと立ち上がる王子へ丁寧に頭を下げたら、私の頭にポンと手が乗せられて、軽くワシャワシャッと撫でられた。


「っ??!?」

「…ハハッ…間抜けな顔だな‥。」


ポカンと王子を見上げる私に、してやったりといった顔で「日記の最後のページに、フィーのカードと対になっている栞が挟んであるから受け取っておけよ。」と王子は言って、そのまま後ろ向きでヒラヒラと手を振ると部屋を出て行った。


さ、最後のアレは…何だったんだろう…。

今までの私の行動に対する仕返しとか??

う〜〜〜ん??


ま、とりあえず、日記の最後のページ…ね。


開いてみると、クレフィと同じく薄い金色の細長いプレートが挟まっている。


そっと手に取り、光の方向へ翳(かざ)してみる。


すると、キラキラと何かで見た文字と植物の透かし模様が、やはり“虹色”で浮かび上がった。


王子から手渡された日記に挟まってたこの栞と、クレフィから貰ったカード。


クレフィは『セット』で、王子は『対』だと言っていた。


『セット』『対』───つまりこの2つで、何かが有るってことだ。


一体、何だろう…。


ふと、考える兼ね合いで視界の左上を見上げると、今まで消えていた、セーブボタンが、



有った。



To be continued…


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