2.王城で(後)

「さて、と。そんじゃあ本題だが。実は我が国からセントリアル神聖帝国の帝立学園に今年入学するのが、お前以外にもう一人居るんだが、一緒に学園に向かってもらおうと思ってな。なんせ転移の料金は高いからなー。冒険者ギルドの銭ゲバめ」

「陛下のその台詞も、一国の国王としてはみみっちいよなぁ」

「なんだと!!」


 冒険者ギルドには、冒険者ギルドの成立由来と同じく、出所がどこなのか不明な色々な装置が存在する。英霊の書もそうだし、転移装置もその一つだ。実にファンタジーらしい謎の超技術の塊で、冒険者ギルドでも弄ることができないので、跳べるのは、古くからある冒険者ギルドの建物の間だけ。しかももともと設置されていた建物の数は少ない上に、魔王の襲来でその建物があった国が滅ぼされた時に壊されることもあったので、数は減る一方。


 魔塔や工房なぞは調べたくてたまらないらしいが、当然冒険者ギルドが許す訳もない。そもそも両組織が同じ謎技術の塊の中でもより単純そうに感じる鑑定紙すら再現できていない事を考えると、現状魔塔にも工房にも解析は不可能ではないだろうかと思う。


 魔臓を四つ作り出したクラス――第四階梯の魔法使いであれば最大で数十メートルぐらいまでの短距離転移は行えるし、俺もそうだが、無詠唱の技術を持ち、発動に深く習熟すれば、戦闘で使えるレベルの瞬時の発動が可能になる。だが、長距離の転移の魔法は存在しない。


 魔臓を八つ作り出したクラス――第八階梯の魔法使いは、長距離の転移の魔法を使えたという伝説はあるし、長距離の転移を行い神出鬼没な神獣や幻獣と呼ばれるモンスターの逸話もあるが、実在したのか怪しい御伽噺レベルの話だ。


 その、装置自体の希少性。超国家的な組織である冒険者ギルドと謂えど国家間の転移が可能という性質上、それぞれの国家の監視を受け入れつつも独立性は失わないという極めて難しい調整が必要なこと。など、理由はあるが。それらを考慮に入れても尚バカ高いと感じる料金がかかる移動手段である。


 イデアル王国もそれなりに古い国なので、その建物が存在する。通常の移動手段では時間が掛かり過ぎるので、今回はその転移を使って、セントリアス神聖帝国に向かう事になっていた。


「もう一人、ですか」

「まあ、『我が国から』と言っても、地母神教神殿の所属で、数年間ガイアーナ法国の本神殿で修行をしていて、最近帰国したばかりなんだがな」


 げ、それって。その時、計っていたかのようなタイミングで扉がノックされた。


「お連れしました」

「おう、入ってくれ」


 侍女が開いた扉から、一人の少女が入って来る。小柄で細身の身体を包む純白の衣装を唯一胸部のみが大きく押し上げる、艶やかな蒼髪の美しい少女。


 蒼い髪とか前世の世界じゃ考えられないよなー。などと現実逃避気味に考えてしまう。なにせ初見でも普段は優し気な雰囲気を醸し出しているだろうと分かる顔立ちの少女は、今は似合わぬ鋭い視線を作って、俺を睨んでいるのだ。……従妹だけあって、少し彼女に似ているか。


 地母神教のイデアル神殿の神殿長令嬢アイナ・ホープマン。地母神教の現聖女。今代の≪聖女≫の称号を持つ者の一人。


 学園に通うのは知っていたが、帰国したという話は聞いていなかったので、ガイアーナ法国から直接向かうのだろうと思っていたんだが。「最近帰国した」か。


 にやけた顔をしたカルス師を睨む。わざと俺に情報が入らないように妨害していたに違いない。実害が無ければ平気で悪質な悪戯もする性悪なのだ、このおっさんは。


 おっと。二人に挨拶を躱したアイナ嬢がこちらを向く。気付かれぬ内に表情を戻した。


「どうもはじめましてカイン様。アイナ・ホープマンと申します。お目にかかれて光栄です」

「はじめましてアイナ嬢。こちらこそお目にかかれて光栄です。私のことは気軽にカインとお呼び下さい」

「わかりました。私のこともアイナと」


 非公式の、それも国王自身が形式ばらないようにと言っている場だ。互いに簡易に形式的な挨拶を済ませ、肩の力を抜く。


 とは言え、押し隠してはいるが、アイナの眼には鋭さが残ったままだ。


「それじゃあ、顔合わせも終わったことだし、二人とも下がっていいぞ。明日迎えをやるから、準備はしっかりしておけよ」


 用件が終わり、部屋を出る際に、気まずげな顔のトーマ様に俺だけ呼び止められ、耳打ちされた。


「あー、あと。帰る前に娘のご機嫌伺いを頼む。分かっていたこととはいえ、お前さんにしばらく会えないってんで、虫の居所が悪くてな」


 うげ。また面倒なことを。厄介な用件を押し付けられ、肩を落としながら部屋を出る。すると先に部屋を出ていたアイナが、まっすぐとこちらを見て立っていた。真剣な眼差しに用件を察する。


「カイン、聞きたいことがあります」

「……なんだ」

「一年前、勇者率いるヤトノヅチ討伐隊に参加し死亡した従妹の……レイーナ姉さんの最期がどのようなものだったか、教えてください」

「……勇敢で立派な最後だったよ。あの時だけじゃない。彼女とは何度も肩を並べて戦ったが、いつだって厳しい戦いの先頭に戦士と共に立ち、その癒しの業を振るう、立派な神官だった」

「そう……ですか……」


 目を閉じ、天を仰ぐアイナ。しばしの沈黙の後、こちらに視線を戻す。


「ありがとうございます。話を聞けて良かったです」

「そうか」


 ただ、そう返す。いや、ほんと他に何も言えないから。


 色々と思うところもあるだろうに、気持ちの整理をつけたのだろう。蟠りの感じられない表情を見せる彼女は、さすがは聖女といったところか。全ての事情を知っている身としては、罪悪感に苛まれる。「立派な神官」とか我ながら良く言うものだと思う。


 レイーナとカルス師達は地獄に落ちればいいのに。あいつら性格悪すぎだし。仕事内容を考えれば、そういう性格であるべきなんだろうけど。


 内心を表面には出さないまま、明日の予定などを軽く話し、別れを告げた。


 しかし、俺にはこの後もまだ気が重い役割が残っているのだよなぁ。……機嫌の悪いフェリ姉の相手とか、考えるだけで頭が痛い。


 深い深い溜息が、思わず知らず出るのだった。

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