2.王城で(前)
あれから、三日後。既に勇者認定の儀式は終わって、現在王城の一室で待機中である。
いやー、英才教育で礼儀作法も一通り身につけているとはいえ、謁見の間で、イデアル王国でも名だたる面々に囲まれながらの、国王から国選勇者として認定される儀式。そしてその後の馬車での王都一周パレードでの見世物状態は非常に疲れたな。
まあ、謁見の間で列席していた名だたる面々は殆ど顔見知り。俺の師をしていた面子も多かったのだけれどもね。
いや、三日前までの俺だったら気疲れなんてものは完全無視だったのだけれども……。この三日間、前世の記憶を取り戻してどのような変化があったか色々試してみた。王都近郊のダンジョンに潜り、モンスターを狩ってみたところ、どうやら戦闘で生物を殺す事への忌避感は全く無く、今まで通り冷静に戦闘を行えたので、そういう感覚は特に変わっていないようだった。
ちなみに、このイデアル王国の国土、島内に生息するモンスターは非常に強く、それがイデアル王国の武力が高い一因でもある。
しかし今回のこの気疲れを考えると、日常的な感覚は結構前世の記憶に影響されているのだろうか、と思った。
他に日課の瞑想をしていて気づいたのだが、闘気の流れる気脈と生命力を集め闘気を精錬し貯蔵する気穴、魔力が流れる魔力線と魔素を集め魔力を精錬し貯蔵する魔臓が無くなっていた。いや、これだと意味が違うな。厳密には身体の全てが、気脈であり気穴、魔力線であり魔臓の役割を果たすようになったというべきだろうか? 全身どこも偏りなくかつての気穴や魔臓のように闘気も魔力も精錬し貯蔵し、さらに自在に闘気も魔力も体内全てを移動できるようになっている。
これは≪勇者――■■■■■――≫と称号に追加部分が増えたからなのか、それとも前世の記憶を思い出した影響なのか。
理由は分からないが、俺の闘気と魔力の瞬発力と総量の上限が凄まじく高まったのは間違いないだろう。まあ実際に体内に保持でき、一度に扱える闘気と魔力は、闘技と魔法の技量も重要なので、器の限界が無くなり瞬発力と総量の上限が上がっても、今のところは特に使える闘技と魔法の種類・威力に影響はない。いや、反動を無視して無理をすればいくらでも力は引き出せそうだが、短時間が限界だし、後々が怖すぎる。なので、実際に俺が使える闘技と魔法は、前世の記憶を取り戻す前の、四つの気穴を――つまり第四門まで――開き、四つの魔臓を作り出した第四階梯という、元々の境地相当のままである。ただ、将来的な成長に限界がなくなっただけだ。いや、闘気と魔力の体内での操作が今までよりスムーズになり、操作の自在度が上がったことの影響で、闘技や魔法の精度だけはそれなりに上昇しているか。ただ、俺の体内での闘気と魔力の操作が簡単になっただけで、操作する俺の技量が上がった訳ではないので、結局境地自体は上がっていない。
「待たせたな」
その時、ドアを開けて、金髪の偉丈夫が入ってきた。イデアル王国国王トーマ・イデアルだ。
儀式の場での、先ほどなでの厳格な姿とのギャップが酷い、実にざっくばらんな態度で、適当に手を振って近づいてきて、乱暴に正面のソファーに腰を下ろした。まあ、いつものことである。
威圧感を感じるほどの巨体ではあるが、その鍛え上げられた肉体は絶妙なバランスを保ち、豪快な笑みを浮かべた顔も端正で、見事な美丈夫ぶりだ。
国王でありながら、重刃の称号を持つ現在のイデアル王国で最強の戦士だ。称号通りあらゆる刃を持った重量武器を扱いこなし、政務の暇つぶしにモンスター狩りに励む、齢四十を超えるとは思えない元気過ぎる困った国王様である。
「おーい、陛下。護衛を置き去りにして行くんじゃねぇよ。俺が後で宰相に叱られるだろ? 困った国王様だなぁ」
「ははっ、お前が歩くのが遅いのが悪い」
遅れて、イデアル王国の近衛騎士団の鎧を纏った、白髪にもじゃもじゃの白髭を生やした痩身の男が頭を掻きながら、のっそりと入ってきた。イデアル王国近衛騎士団長カルス・アダマス。こう見えて武力に於けるイデアル王国のナンバーツーである。
一見六十歳ほどにも見えるが、髪と髭の間に見える肌は若々しく、眼光は鋭い。実年齢は国王と同年代。イデアル王国の暗部に通じる男で、俺の師の一人でもある。
そのカルス師の文句に、トーマ様があしらうように返すが、いつものじゃれ合いだ。多少距離を置いたところで、この二人に隙がある訳がない。
「ところで、陛下。とくに理由も言われず、待機を命じられましたが、ご用件はなんでしょう」
「おおう、公の場じゃねぇんだし、いつも通り名前で呼んでくれや。お前に陛下なんて呼ばれると鳥肌が立ってくるわ」
「……それじゃあトーマ様。結局なんの用でしょうか」
鳥肌立つとか酷いな、おい。これでも俺の礼儀正しい振る舞いは、怜悧な容貌の勇者様に似合って素敵と、ご婦人・ご令嬢方には評判がいいんだが。
まあ、猫被っているだけだし、柄じゃないとは自覚しているが。
「その前に、っと。入学祝いだ、受け取れ」
部屋に入った時から持っていた、布で包まれた棒状のものをいきなり放り投げてくる。俺は問題無く受け取るが、本当に雑だなぁ。
「拝見しても?」
「おう。というか、お前にやったもんなんだから、好きにしろや」
一応許可を取ってから、布を取り去り、中身を確認すると、それは剣だった。柄も鞘も質素ながら確りとした拵えだ。目線で確認を取ってから、わずかに引き抜くと、どこか神秘的な赤みがかった色合いの、美しい剣身が覗く。
「これは!?」
「王城(うち)の宝物庫に眠っていた、ヒヒイロカネの鉱石を使って、スミス爺に作らせたもんだ」
「国宝を!」
それにスミス爺――スミス・アイアンハートは、この国で一番の鍛冶師である。
「おいおい、カイン。お前さんはうちの国が太鼓判を押して、世界に送り出す勇者なんだぜ? 国宝の鉱石を使って、国で一番の鍛冶師に作らせた剣を持たせるぐらい当然だろう。アルゴス様ん時は、いきなり魔王のところに突っ込んでいっちまったし。そもそもまだ勇者じゃなかったからあれだったがな」
「そうそう。それになぁ、今までは修練の為。優れた使い手は武器を選ばない、つって、数打ちの鋼鉄製の剣しか使わせてなかったけど。もう、武器に頼って技が鈍るような段階でもないから問題ないだろうし。やっぱ、立場的に見栄えは重要だよなぁ」
トーマ様に続けて、カルス師も理由を述べた。まあ、確かに、勇者を名乗りながら、ありきたりの鋼鉄の剣を腰に下げて各国のお偉いさんのご令息・ご令嬢との交流の場に行く、ってのもあれか。
「まあ、ただ。流石にそいつでも、お前の切り札には耐えられんだろうから、実戦では使い捨て用に他の剣も用意しとけよ。あと剣以外も見栄えの良いのがあった方がいいだろうが、そっちは自分で用意しな。お前は国から大金貰っているんだし。俺よりよっぽど稼いでいるだろ?」
「いや、そりゃあその分働いてますからね。当然でしょう、カルス師」
勇者として戦功はあった方がいいってことで、国内限定だけど、それはもう、かなり戦ったからなー。地方とかの安全への貢献だけじゃなく、素材でもそれなりに還元してるだろうと。まあ、その上で、やはり勇者としての立場があるから、かなり多めの額を貰ってはいるんだが。
しかし他の武器か。槍と弓と短剣は用意しないとな。手甲や足甲なんかは、闘気があれば生身で殴っても蹴っても問題無いし要らないな。そもそも防具は、素材も付与も一流の服が既に幾つもあるから充分だな。見栄えも問題無いし。
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