3.入学(前)

「私が、この一学年特別クラスの担任を務めることになるアナスタシア・ヴァレンタインだ。誰であろうと特別扱いするつもりはないので、そのつもりでいろ」


 燃えるような真紅の髪を腰まで伸ばした凛々しい女性が教壇に立ってそう告げた。血のような紅い瞳が鋭く俺たち生徒を睨めつけている。スタイルの良いその肢体を包む黒い軍服はセントリアス神聖帝国の近衛兵のものだ。


 ヴァレンタイン侯爵家。セントリアス神聖帝国の軍閥貴族。代々当主が近衛隊長官を務める貴族家の令嬢。嫡子では無いが、女だてらに軍人となり、既に近衛隊の一員として活躍していた筈だ。


 文字通り特別な生徒ばかりが集められた、この特別クラスの担任をさせる為に、無理に異動させられたのだろうか。今年の一年生の特別クラスは例年と比べても殊更に特殊な生徒が多いからな。担任を任せられる人材など限られていることだろう。


 彼女本人としては、子守りなど不本意なんだろうなあ。


 あれから暫く経ち、セントリアス神聖帝国に移動し、入寮手続きなども終えて、学園寮での生活体制も整え、本日入学式を終えたところだ。


 特別クラスへの所属は予定通り。周囲の面子も、よくもまあ揃いも揃ったりという顔ぶれである。二年生や三年生にも、一年生ほどの人数ではなくとも特殊な生徒が揃っているのだが。それと来年や再来年に入学予定の生徒にも。殆どが本来の帝立学園なら居なかった筈のそれらの生徒は、俺の影響によるものという訳だ。


 ヴァレンタイン先生は、学園生活について注意するべきことなど、様々な説明を行い、途中に生徒の自己紹介の時間を挟んだりしつつ説明を終え、最後に告げる。


「……それでは、講義の開始は明日からだ。既に知っているように、お前たちは好きにしていいが、受ける講義については前日までに事務に申請するように。あと特別な講義や、クラス単位で動くイベントなどは私が担当する。これについては必ず参加しろ。以上だ」


 特別クラスの生徒の講義の受講は、完全に自由意志に任せられている。これは最近だけの話ではなく、本来の特別クラスの生徒であるセントリアス神聖帝国でも伯爵家以上の高位貴族ご令息・ご令嬢や少数の他国の貴族ご令息・ご令嬢は、立場的に学園外の予定外の用事が入る事などもあるので、自由に都合をつけられるようにとの理由だ。


 その年度の担任によっては、クラス単位で動くことであっても、強制せずに、一部のみで参加したり、そもそも参加しなかった特別クラスもあったらしいが、ヴァレンタイン先生はそこまで緩くするつもりはないようだ。


 講義やイベントへの参加を強制するその台詞に、文句を言おうとした生徒が一部居たが、ヴァレンタイン先生がひと睨みし、威圧すると何も言えずに黙り込んでいた。


 まあ、文句を言おうとしていたのは、出自だけが理由で特別クラスに所属することになった生徒だったので、ヴァレンタイン先生とは存在自体の格が違うから当然だろう。


 ちなみに他のクラスは、一組から十組までランダムに振り分けられていて、やはり好きな講義を選択して受講できるが、必要単位を取得しなければ進級・卒業できない単位制だ。物理的・時間的に可能な範囲で必要単位以上の講義を受講するのは自由である。


 なので卒業時に、生まれだけが理由で特別クラスに所属しながら、まともに講義を受けなかった生徒が、一般の卒業生より無能になっている、という事もたまに起こるらしいのが面白い。


 一組から十組の生徒は受験して入学しているのでセントリアス神聖帝国の人間が多い。神聖帝国では一番の学園である帝立学園に特待生として入って来る平民はまず間違いなくセントリアス神聖帝国の民である。ただその年の特別クラスの生徒の顔ぶれ次第では、神聖帝国と国境を接する領地の貴族など、人脈を求めて受験し入学してくる他国の人間も居る。


 ヴァレンタイン先生が、もう用は済んだと言わんばかりにとっとと出て行ってしまった後の教室。


 俺も席を立ち、とっとと教室を出て、街に出ようと思ったのだが。……はぁ。内心溜息が出る。


 にこやかな笑みを浮かべたやたらと煌びやかな雰囲気の金髪の少年と、その後ろに侍る取り巻きのような三人と一人それとは異なる雰囲気の少女がこちらに歩み寄って来ているのを見て足を止める。


 俺としては、基本的にクラスメイトとは講義で最低限交流することにして、普段は神聖帝国の帝都の冒険者ギルドに通って活動しようと思っているんだがなぁ。モンスター狩りやダンジョン攻略などで大きな成果さえあげれば、イデアル王国の勇者の力の示威にはなる。トーマ様はじめ、近しい人間の大部分はそっちを推奨しているし、うちは上層部にも武闘派が多い国だから。


 ただ、立場的に、さすがに向こうから来るのを無視はできない。


「やあ。クラスの一員として自己紹介こそしたけど、改めて。はじめまして、カイン。トーレスだ。お会いできて光栄だよ」

「はじめまして、トーレス殿下。こちらこそ光栄です」

「はは。生徒は皆平等が学園の理念なんだし、トーレスと呼び捨てにしてほしいな」


 この笑顔が眩しくむやみにフレンドリーな中性的で整った容貌の少年は、トーレス・アヌ・セントリアス。セントリアス神聖帝国の第三皇子だ。


 細身で中背の身体に着用した制服は、金糸で刺繍した縁取りなど、僅かに豪奢に改造しているが、本人の黄金の髪と宝石のような碧い瞳の輝きと比べると、そんな制服が地味に霞んでいる。ただその制服には一級の素材だけが使われ、ガッツリと魔法も付与されていて、その実態は僅かな改造どころではないのだが。


「……ああ、わかった。トーレス」


 断ると面倒臭そうな押しが強い雰囲気を感じるので、呼び方だけではなく、話し方も普段通りに変えて返事をする。トーレスは満足そうな笑みを浮かべるが、二人ほど、隠してはいるが不愉快そうな気配をしたのが感じられた。


「それじゃあ、お前たちもカインに挨拶を」

「どうも、スナトと申します。貴方のお噂はかねがね。お会いできて光栄です」

「グレイだ。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 茶髪の怜悧そうな印象の少年がスナト・クロック。神聖帝国宰相アムド・クロック侯爵の次男。くすんだ赤毛のやや大柄な少年がグレイ・ストンプ。神聖帝国軍副団長レプト・ストンプ伯爵の長男。


 どちらもトーレスの側近なのだろう。トーレスに促されて挨拶を交わす。皇子であるトーレスに対するよりも丁寧に話す訳にはいかないから、二人にもいつも通りの話し方で返した。先ほど不愉快そうな気配が感じられた二人の内の一人であるグレイは、今回も同じ気配を隠していた。


 まあ、理由は簡単に想像できるが。神聖帝国には天空神教の本神殿があり、天空神教が国教で、建国にも天空神教が関わっているとする伝説がある。なので天空神教への信仰が深い貴族も多い。


 俺の祖父アルゴスは地母神教に列聖され、勇者と認められた根拠の一つが地母神教の聖人の書である。


 天空神教と地母神教は決して敵対している訳ではない。神話でも二神は協力し合う関係であり、教えもまた相容れぬものではない。だが、神話に於いても二神が同格であり、宗教としても他の有象無象の宗教とは別格の二大宗教だからこそ、信者達は互いに意識し合っている。なので関係性は微妙だ。


 だから、俺に対して敵対心を抱く者は居て当然だ。むしろ神聖帝国の皇子でありながら、トーレスがおおらかすぎるのだろう。

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