シンクの排水溝の先は、異空間につながっています

 買い物も終わり、喫茶店に帰還。

 喫茶店内には、ミエルさんはいなかった。

 シェルター内にいるのかな?

 そんな素朴な疑問が生まれるも、シェルターの扉は硬く閉ざされている。


 1、もしシェルター内にミエルさんがいなければ:シェルターの扉を開けることができた、その瞬間に、ミエルさんは内部にいないことが判明する。

 2、もしシェルター内にミエルさんがいれば:シェルターの扉を開けようとしても、扉は開かず、かつ、扉を開けようとしたことは内部の人間にはバレるので、叱責を買うことになる。


 そんな思考を巡らせながら、何気なく窓からシェルター内部をのぞいてみる。


「!!!」


 その瞬間。

 『肌色』と『殺される』という、2つの言葉が脳内に浮かび。

 俺は、姿勢を低くして、後方へ退しりぞいた。

 思考、うまく、まとまらず。

 混乱した俺は、とりあえず、外の空気を吸いに行った。


「うーん、今日も、いい天気」 


 両手を突き上げて、草原の新鮮な空気をたくさん吸うと、気持ちが落ち着いてきた。

 そして、何事もなかったように喫茶店の内部に戻る。

 ドアを開けた、瞬間、ミエルさんが眼前に出没!

 心臓!半分!飛び出た!


「何を驚いた顔をしているの?」


「ただいま帰りました、です」


「ええ、おかえりなさい。

 ご飯にする、お風呂にする、それとも、謝罪?」


「すみませんでした」


「よろしい。

 ついて来なさい」






*****






 俺は、シェルター内部に連行された。

 まさか、『冷凍庫閉じ込めの刑』!?

 そんな恐怖がまぎれたのは、前室に、見覚えのない設備が増設されていたからだ。

 炊事場の水道からホースが伸び、その先にシャワーヘッド。

 および、地面には排水溝らしき溝が見て取れる。


「シャワーを設置したわ。

 こんな異界で、汗も流せないなんて、耐えられないから」


「増設の、材料は、どうしたんですか?」


「買って来たわ」


「どうやって?」


「空間転移で、別大陸の街まで行ってきたのよ。

 この曲げ可能かつ防水性のあるホースを見つけるのに、私がどれだけ苦労したかわかる?

 で、このヘッドは、ジョウロの先端をチョン切ったわ」


 ミエルさんが、シャワーヘッドから実際に水を出しながら説明してくれる。

 転移魔法で、別大陸まで旅行可能らしい。

 飛行機いらず。


「こっちの排水溝は?」


「これは、シェルターの設計を、ちょっといじったのよ。

 事後的設計変更は、結構たいへんなの。

 あ、それと。

 この排水溝、あと、シンクの排水溝もそうだけど。

 この穴の先は『異次元』につながってるから、絶対に大切なものを落としたらダメよ」


「なにそれ、怖い!」


「人間が落ちるサイズの穴にはしてないから。

 致死的危険はないけれど」


「人間が落ちるサイズの穴、逆に作れるんすか!」


「あまりにも、あなたが言うことを聞かない場合、穴を拡張して、異次元に落とすわよ」


「異次元って、何ですか?」


「それは、私にも、わからないわ」


 天界のテクノロジー、破茶滅茶はちゃめちゃすぎる。


「ここでまず、1つ命令を出すけれど。

 あなたもシャワーを浴びなさい。

 臭い男と同居するのは、御免ごめんよ」


「その命令、めっちゃ助かります」


「あと、早急に『カーテン』を作成しなさい。

 でないと、今度こそ、『冷凍庫閉じ込めの刑』に処す、その可能性が生まれてしまうわ。

 いいわね」


「イエス、マム!」






*****






 裁縫なんてするの、小学校以来だなー、なんて。

 『玉結び』、『玉止め』、なにそれ、美味しいの?

 と言った程度の知識しかなく。

 無理やり、糸をむすんだら、チクチクと針を通して行った。

 その縫い目は、短かったり、長かったり、マチマチで。

 まあ、お客様が見える場所ではないしー、という言い訳を持ってして。

 完成したのは、円筒形の木材に、藍染の綿コットンの布を巻きつけただけの簡易的なカーテン。

 藍染のぶん値段は上がるが、白い布だと、『透け』の問題が発生しそうなので、奮発した。


 そして、休む暇なく、次にとりかかるのは『敷布団』。

 狼の魔獣の毛皮を冷蔵庫から回収し、喫茶店の地面に並べた状態。

 これをパズルのように縫い合わせ、一枚の布に仕上げるのである。

 これは、縫い目は視覚的に見えづらいが、しっかりと縫い合わせないと、天使の寝返りで、縫い目がほつれてしまう。

 そんな考えを持ちながら、丁寧に、2枚の毛皮に交互に針を通していった。

 これは、かなり時間がかかりそうだ。


「着替えたわよ」


 このタイミングで、ミエルさんがシェルターから出てきた。

 そう。

 俺が全身全霊を込めて選んだ、ウェイトレス衣装をまとって、である。


「控えめに言って、最高です」


「ありがとう」


 天使さんの豊満なる体躯を考慮し、少し大きめのサイズの衣装を選んだが、うまくフィットしてくれているように感じる。

 

 それにしても、改めて、豊満なるナンタラは、本当に、豊満で。

 下半身のラインも美しく。

 整った顔だち、だけでなく、美しいブロンド、だけでなく。

 非の打ち所のない、抜群のスタイルである。

 それを思い知らされた。


 懸念していたサイズの問題は、おおよそクリアできているだろう。

 残った懸念点はもう1つ。

 ・・・。

 判定や、如何いかに。


「そこそこオシャレな衣装ね。

 だいぶん、地味だけど。

 この青いリボンもあるし。

 何より、この地味さが、私のこのブロンドの美しさを引き立てる気がするわ」


「気が合いますね。

 俺もそう思って、この衣装を選びました」


 こんなところで意気投合した、2人。

 彼女の溢れ出す自信は、決してウヌボレではない。

 間違いなく、この人は。

 この大陸一番の『看板娘』になることだろう。


 そして彼女は、俺を軽く指差しながら、嬉しい一言を添えてくれるのだった。


「これからよろしくね、マスター」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る