第5話 受け取った手紙
「……生ビール、ください……」
駄目だった。
花の咲いたような笑顔と明るく元気な返事に一発KO。
「かしこまりましたっ! 少々お待ちください!」
女性店員は去っていってしまった。
思わず大きな溜め息が漏れる。意気地のなさに嫌気が差す。
「どうだった……って、その顔を見るに渡せなかったみたいだな」
席に戻ってきた拓也からの言葉に、雫は頷くことで返す。
「そう落ち込むなよ。まだチャンスは山ほどあるって」
拓也はそう言ったものの、それから例の女性店員がテーブルに来ることはなかった。
新たに注文しようにも、前の店でたらふく飲み食いしている二人。もう腹に入らない。
「――出よう。そんでビーサイド行こう」
「えっ? いいのかよ?」
「おう。何か馬鹿馬鹿しくなってきたわ。恋愛とか面倒くさいだけだし」
「お、お前がそう言うなら……」
「よし、じゃあ行くか。何か無性にヤりたくなってきたし、今日はかますぜ」
雫は伝票を手に取り、そそくさと入口前にあるレジに向かっていった。
そんな雫を拓也は溜め息を吐いてから追いかける。
そうして呼び鈴を押したところ――
「お待たせいたしましたっ! お会計ですね! えっと……」
やってきたのはタヌキ顔の女性店員。
ドキリ。
すっかり落ち着いていた心臓が再び騒ぎ出す。
「俺、先出てっから」
拓也はそう言って、店から出ていった。気を遣ってくれたのだ。
「合計で4,200円でございますっ!」
「は、はい……」
雫は財布から金を取り出し、女性店員に手渡す。
「はい、4,200円ちょうど頂きます。ありがとうございました!」
すると、その女性は満面の笑みを浮かべてからペコリと頭を下げた。
(かわいい……)
完全に惚れていた。何てことのないごく普通の動作ですら、雫の目にはかわいく映る。
今行動しなければ一生後悔する。
そう考えた雫は男を見せた。
「「――あの良ければ、これ受け取ってください!」」
声がハモった。
深く下げていた頭を上げると、女性店員が両手で小さな紙を差し出してきていた。
雫から伸ばされた両手にも、同じく小さな紙。
その光景は傍から見れば、名刺交換をしているかのようだ。
「えっ? あ、はい……」
「ど、どうも……」
雫は女子中学生が授業中にこっそりと回し合っているような、綺麗に折られた紙を受け取った。
一方、自身が差し出した紙は女性店員の手の中に。
「そ、それじゃあ――」
恥ずかしさのあまり、雫は店から飛び出した。
「お、来たか。それで……って、やっぱり駄目だったか」
雫の右手に視線を落とした拓也がそう口にした。手元に紙があったからだ。
それに対し、雫はブンブンと首を横に振り、大きく深呼吸してからと口を開く。
「渡せたっ!」
「えっ? じゃあ、それは?」
「何かよくわからないけど、もらった」
「……は?」
手紙を渡すようにと残してきた雫が、手紙を受け取ってやってきたのだ。拓也にとってはまるで意味がわからない。
同時に雫にも疑問が浮かぶ。
(何だろう、これ)
雫は綺麗に折られた紙を開いた。
『この前は本当に申し訳ございませんでした!
せめてものお詫びとして、ご迷惑でなければ今度ご飯をご馳走させてください。
本当に良ければでいいので! もし良かったらご連絡待ってます!
思わず口元が緩む。
同じ文章であるにも関わらず、読み直す度にニヤつきが増す。
その様はいくら
「――い。おい! どうした? すげー顔してるぞ」
「あ、ああ、ごめん。どうやら手紙だったみたいで」
「手紙? それでなんて?」
「『今度ご飯をご馳走させてください』って。後、連絡先が書いてあった……」
「……あ、そう。……それはよかったな」
拓也はもはや投げやりだった。
「……うん。うんっ! よっしゃああーっ!!」
「はぁ……。もう付き合いきれんわ。じゃ、今日は解散だな。俺は今からビーサイド行ってくるわ」
「えっ? 俺も――」
「お前は帰ってLIMEしてやれよ。どうせ送る内容を考えるのに、時間が掛かるんだから」
言葉を遮り、拓也は雫に帰宅するよう促した。
「……わかった。付き合ってくれてありがとな」
「おう。雫、頑張れよ」
雫は拓也の言葉から、『今は女遊びしている場合じゃない』というメッセージを感じ取った。
それを素直に受け取った雫は、拓也と別れ帰路へと就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます