第4話 慣れないアプローチ

 翌日。


 雫と拓也は例の女性店員がいる店とは別の居酒屋で飲んでいた。


「――えっ? あれってマジなほうのやつ?」

「マジじゃないほうってなんだよ……」

「いや、ヤりたくてヤりたくてたまらない娘を見つけたのかと……」


 雫は昨日、店を出てから一目惚れした旨を拓也へと伝えていた。

 こうして相談に乗ってもらうためだ。


「で、どうすればいいと思う?」

「どうすればってそんなもん、いつも通り声を掛ければいいだけじゃね?」

「いや、クラブじゃないんだぞ……」


 今回はフィールドも相手の属性も、普段のナンパとは訳が違う。

 だからこそ困っているのだ。


「うーん。素直に『一目惚れしました。良かったら連絡ください』つって、LIMEのID書いた紙渡せば?」

「やっぱりそれしかないよなぁ……」


 雫はテーブルに顔を突っ伏してそう言った。


「よし。それじゃあ早速その店行こうぜ」

「えっ!? 今から!?」

「おう、善は急げ。思い立ったが吉日って言うだろ。それに俺も雫が惚れた女の子見てみたいし」

「いや、でもさあ……」


 雫は途端にもじもじとしだした。


「どうしたんだよ?」

「恥ずかしいっていうか……」


 拓也は絶句した。


 クラブでガンガンとナンパしては、その日の内に関係を結んできた超プレイボーイが、たかが連絡先を渡す程度のことで恥じらっているのだ。

 驚くのも無理はない。


「……いや、でも行動しなきゃ何も始まらんだろ。なんせ客と店員なんだから」

「そう、そうだよな! よし、行こう!」

「お、おう」


 二人はくだんの居酒屋へとハシゴした。


「いらっしゃいま――あっ、昨日は本当に申し訳ございませんでした! また来てもらえるなんてっ!」


 雫と拓也をタヌキ顔の女性店員が出迎える。


 その瞬間、雫は再び心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。


「ど、どうもっ!」

「本当に嬉しいです! では、こちらへどうぞ!」


 案内されたテーブル席に座った二人は、ひとまず酒と軽いつまみを注文。

 その店員が去っていったのを確認してから、拓也は雫にコソコソと話かける。


「それで、どの店員さんだ? 今日は居るのか?」

「え? 今の娘だよ?」


 拓也は再び絶句した。


「マジで……?」

「うん、マジ」


 確かにかわいらしい娘ではある。

 だが、言い方を選ばなければどこにでも居そうな普通の女の子だ。


「な、何か意外だな。もっとこう、芸能人みたいなオーラのある娘だと思ってたわ……」

「うーん。見た目ももちろんそうだけど、一番は何か雰囲気? みたいなのがズキューンて来てさ」

「そっか、それはよかったな……」


 二人で話していると、テーブルに一人の女性が近づいてくる。


「お待たせいたしましたっ! お先に生ビールとお通しをお持ちしましたっ!」


 声をかけられた瞬間、雫がビクっと身体を震わせた。


「ど、どうも……。あり、ありがとうございます!」


 そしてぎこちなくお礼の言葉を述べる。

 その光景を拓也は苦笑いを浮かべながら見つめていた。


「はいっ! それではごゆっくりどうぞ!」


 タヌキ顔の女性が席から離れていった直後、雫から大きな溜め息がこぼれる。


「まあ、とりあえず乾杯しようや」

「……おう」


 二人はジョッキを打ち付けてから口に運び、豪快に喉を鳴らす。

 それからぷはぁーっ! と言葉を漏らした後、拓也は雫の胸の辺りを指差しながら口を開いた。


「よし。じゃあ次に料理を持ってきた時、それ渡せよ。俺は席を外すからさ」

「わ、わかった!」


 雫の胸ポケットには、LIMEのIDを書いた紙が入っている。

 前の店で書いたものだ。

 

 本当は店を出る時に渡すのが一番スマートではあるが、タヌキ顔の女性が会計してくれるとは限らない。

 その理由から、拓也は次に料理を運んできた時に渡せと言っているのだ。


 それから一昨日の拓也のその後や仕事の愚痴など話していると、店員が近づいてきた。

 タヌキ顔の女性店員だ。


 それを確認した拓也は席を立ち、雫の肩を叩いてからお手洗いへと向かった。


「お待たせいたしましたっ! 刺身の盛り合わせです!」

「は、はいっ! どうも……」


 テーブルに大きな皿がごとりと置かれる。


「では、ごゆっくりどうぞ!」

「……あのっ!」


 去っていこうとする女性を雫が呼び止めた。

 ただでさえ、バクバクと音を立てている心臓の鼓動がさらに早くなる。


「はい! どうされましたか?」

「あの、その、えっと……」


 笑顔で問いかけてくる女性を見て、雫は言葉を詰まらせる。

 緊張で胸が張り裂けそうだ。


 しかし、伝えないことには何も起きない。


(よしっ!)


「――あのっ!!」

「はいっ!」

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