第7話 初デート

 四日後。


 今日はタヌキ顔の女性店員――由依との約束の日だ。

 

 あれから由依が率先して話題を振ってくれたおかげで、LIMEのやり取りは順調。

 とんとん拍子でご飯へ行く日にちが決まり、ようやく当日が訪れた。


「よし!」


 雫は鏡を見て、髪を指で触りながら呟いた。

 バッチリとセットされていながらも、キメすぎていない髪型が整った顔を引き立たせている。



 そんなイケメンは駅のトイレから出て、待ち合わせ場所である改札前へと向かった。


 そうして辿り着くと、まだ時間より三十分も早いのにも関わらず、そこには既に由依の姿が。


(ヤバっ!)


 雫はドキドキとしつつ、由依の元へと駆け寄った。


「ごめんっ! 待たせちゃった!」

「いえ、今来たところなので全然待ってないですよ! そもそもまだ時間になってないですし……。だから謝らないでくださいっ」


 微笑みながらそう話す由依を見て、さらに胸の鼓動が強まる。


(か、かわいい……)


 居酒屋では黒シャツ・黒エプロンに身を包む彼女だが、今日は白のニットにベージュのロングスカート。

 持ち前の清楚さが増したその姿は、雫にはより魅力的に映っていた。


「う、うん。じゃ、行こう……か?」

「はいっ!」


 元は由依が店を決め、そこで雫にご馳走するという話だった。

 それを雫が『行ってみたいお店あるんだけど、男一人では入りにくいから付き合ってほしい』と送ったことで、奢りの話はナシに。


 よって、今日のデートはビールを掛けたお詫びとして、由依が雫の行きたい店に付き合うという建前によるものである。


 そんな二人は駅から出て、雫が予約したダイニングバーを目指して歩いた。


「今日は人が多いね」

「で、ですねー」

「……今日は晴れでよかったね」

「はい、よかったです」


 その道中、盛り上げようと話し掛けるも会話が恐ろしく弾まない。


(な、何を話せばいいんだ……)


 クラブでは驚くほど饒舌じょうぜつな雫だが、今ではその面影は全くない。

 それもそのはず、クラブで話しているような話題はとてもじゃないが振れないからだ。


 クラブで流れている音楽EDMの話、褒めトーク、愚痴を引き出して共感を示す技、特別扱い、下ネタ。

 どれも今の状況には役立たなかった。


 そもそもこれらが通じるのは、相手の女性が雫のルックスに既に落ちているから。正直、雫は話が上手い訳ではない。


 その結果、葬式のような雰囲気の中、店に辿り着いてしまった。


「いらっしゃいませ」

「あ、予約している有村ですけど」

「有村様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 雫が予約していたのは、各席にアクアリウムが設けられたダイニングバー。

 やや暗めの店内にアクアリウムから発せられる光がムードを漂わせる、一言で表せば超オシャレな店だ。


「わぁ……!」


 店内を見渡した由依から感嘆かんたんの声が漏れる。

 どうやらお気に召したようだ。


(はあ、良かったぁ)


 拓也やセフレからおすすめの店を聞いた甲斐があったというものだ。


「こちらです」


 案内されたのは二人掛けのオープン席。それも横並びやL字ソファではなく、対面席だ。

 この店には個室もあるが、警戒されてしまわぬよう、敢えてオープン席を選んだ。


「よろしければ、お先にお飲み物のほうを伺います」

「由依ちゃん、どうする?」


 雫はメニューを由依に向けて開く。


「うーん、じゃあ私はピーチウーロンで!」

「俺は生で」

「生とピーチウーロンですね。かしこまりました」

「素敵なお店ですねっ!」


 店員が去っていった後、由依がキラキラとした目でそう言った。

 本当に気に入ったようで、雫もホッと胸を撫で下ろす。


「ね! 実は友達に教えてもらったんだ」

「そうなんですね!」

「うん。あ、そうだ。由依ちゃん何食べたい?」

「えーっと、これとか美味しそうですよっ!」


 二人はメニューを見ながら、注文する品を話し合った。

 その姿は付き合い立てのカップルのようで、実に微笑ましい。


「お待たせいたしました。ピーチウーロンと生ビールです」

「はい、ありがとうございますっ!」

「すみません、注文いいですか?」


 注文を告げ、店員が離れていった後、二人は乾杯することに。


「それじゃあ、由依ちゃん。乾杯!」

「はい! 乾杯、です!」


 グラスを打ち付けた雫と由依は、それぞれの口を酒で潤わせた。


「ふぅー。美味い!」

「ですね!」

「…………」

「…………」


 盛り上がったのも束の間。それから会話が続かない。

 由依もかなり気まずそうだ。


(マジでヤバい……。どうしよう……)


 そのまましばらく沈黙が続いた後、救世主がやってきた。


「お待たせいたしました。カプレーゼと真鯛のカルパッチョです」

「あ、どうも!」

「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 無慈悲にも、その救世主はすぐさま去っていってしまった。


「じゃ、じゃあ食べよっか!」

「は、はい!」


 雫はカプレーゼを少し取り、口へと運ぶ。


(美味い……多分)


 見た目からして美味しいのは言うまでもない。

 しかし、あまりの緊張と気まずさから、雫は味がわからなくなっていた。


「美味しいねー……」

「はい、美味しいです……」


 地獄である。

 これほどまでに気まずいのは初めてだ。


 先日、クラブで引っ掛けたギャルに『ヤるなら付き合って』と言われ、何もせずに過ごした一夜も相当な気まずさであった。

 だが、今はそれよりも遥かに上回る。


 それから救世主が度々姿を現すも、現状が変わることはなかった。




 そんな重苦しいムードが続くこと、およそ一時間。

 注文した料理が全て揃い、それらを無理やり胃の中に落とし込んだところで店を出ることにした。


 空気に耐えられなくなったのもそうだが、何より由依にこれ以上辛い思いをさせたくないと考えたためだ。

 であれば、もっと雫が頑張るべきではあるが、打開する方法は見つからなかった。

 それ故の判断である。


「じゃあ、行こう。由依ちゃん」

「あ、はい……。あの、ご馳走様でした」

「……どういたしまして」


 会計は全て雫が持った。由依も当然出そうとしていたが、それを断った。


 それから駅に向かう道中。

 店に行くまでは辛うじて言葉のやり取りがあったが、今では全くといってない。


 静寂の中、二人はただ一心に足を動かしていた。

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