猫と犬。


「ねー、犬と猫ならどっちが好き?」


 先輩はいつだって唐突に脈絡のない話題を私にふりかけてくる。


「どうしたんですか? 急に」

「いや、このテレビ見てたらなんとなく気になって」


 この日、先輩は珍しく本ではなくテレビを見つめていた。それも夕方のなんてこともない動物番組をあまりにも表情を変えずに見てるから、全然興味ないのかと思ってたけど。


「どちらかといえば犬派ですね。ちっちゃい時から家で犬飼ってるので」

「そういえばそうだっけ。なんて名前?」

「モコちゃんです。可愛いんですよ〜、写真見ますか?」

「いや、いいや」


 聞くだけ聞いといて……先輩は犬か猫かでいったら猫っぽい。気まぐれで、コロコロ態度を変えるから何考えてるのかよくわからない。


「そういう先輩はどうなんですか? やっぱり猫派ですか?」

「んー、どうだろう。わたしの家はどっちも飼ったことないし」

「えー、飼ったことなくても何となくどっちがいいとかないですか? ほら、一途になついてくれるワンちゃんのほうがいい〜とか、自由気ままだけど懐いた人の傍ではゴロゴロ鳴いてくれるネコちゃんのほうが癒される〜とか」

「うーん、どうだろ」

「じゃあほら、毎日わんこと一緒に散歩したい〜とか、時々でいいからちょっと邪魔だなってくらいにゃんこに甘えられたいな〜とか」

「……なんかさっきからネコのほうが話長くない? もしかして、実はネコ派?」

「う……」


 この人はまた、絶妙なタイミングで微妙に痛いとこを突いてくる。


「ウチは私が小さい時から犬を飼ってましたから……あ、でも! モコのことは大好きです! ちゃんと。お散歩も楽しいし疎ましく思ったことなんて一度もないです! けど、時々ネコちゃんの動画見ていいな〜可愛いな〜とか思うこともあります」

「ふふ、相変わらず優しいんだね」


 まっすぐ私を見つめていた先輩と目が合って、瞬く間に頬が熱くなっていくのを感じた。


「もー、またそうやってからかう!」

「いや、わたしは真剣だよ」


 盛大に照れる私を見て、先輩は楽しそうに口角を緩めていた。


「もー、ほら先輩! テレビ見よ! テレビ!」


 照れくさくなった私は、その顔を見られないよう先輩の隣に座り直した。

 先輩の気を逸らすように目を向けさせた先の画面では、ちょうど『飼いたい動物ランキング』という企画をしていた。


「これ、1位と2位はイヌネコだとしても3位は何なんでしょうね」

「魚でしょ。飼いやすいし」

「えー、ハムスターとかの小動物じゃないですか? ハリネズミとか可愛くないですか?」

「んー、そういう他の動物を飼ってる人たちは犬派か猫派かの話してる時どうしてるんだろうね?」

「えっ……」


 また先輩は、これといった前触れもなく変な話題を転がし始める。


「普通に自分の飼ってる子の話するんじゃないですか?」

「けど、派閥を聞かれてるのに別の話はしにくくない?」

「んーん? じゃあわざわざ話に入っていかなきゃいいじゃ……」

「うーん。まあ、そばとうどんにラーメンとか焼きそばが介入できないのと同じことかな」

「それは……同じかなぁ?」


 そんなことを話しているうちに、テレビの向こうでは3位が観賞魚だと発表されていた。


「先輩はイヌネコ以外のペットも飼ってたこともないんですか?」

「うん。ウチは親がほとんど家にいないし、わたしも学校いかないとだから。ペットを飼おうとしたこともないよ」

「あ、そうでしたね……」


 これだけ毎日のようにこの家に来てるのに、私はまだ一度も先輩の両親に会ったことがない。

 そのことを聞いても先輩は寂しそうに目を逸らすだけから、私は詳しい事情を知らない。


「確かに、この家にペットがいてくれたらわたしも少しは気が楽だったかなとも思うけど……」


 その時不意に、先輩が私の手をそっと握った。

 その指先は不安になるほど細く冷たくて、まるで手のひらにシルクの糸が絡みついているかのようだった。


「けど、どの子も結局、私より先に死んじゃうだろうから」


 悲しそうな顔をしていた。寂しそうな眼をしていた。

 学校では“クールな先輩”だなんだともてはやされていても、本当の先輩は割と寂しがり屋で、たまには傍にいてくれる誰かに甘えたい人なんだと、そう思う。


「大丈夫ですよ、先輩。私は先輩が嫌って言うまでここにいますからね」


 その気持ちに少しでも寄り添いたいと懸命に言葉を振り絞ると、不意に先輩の声色が明るくなった。


「ふふっ、それはさすがにわたしのこと好きすぎない?」

「なっ!? もう、どうしてそこでからかうんですか」

「えー? それはもちろん、わたしも君が好きだからなんじゃない?」

「ぐっ!」


 ふと見上げた先にいた先輩は、さっきまでの儚げな表情がウソだったかのように、いたずらっぽく微笑んでいた。


「イヤだった?」

「……イヤ、じゃないけど。ちょっと、恥ずかしいかも」


 またまた盛大に照れる私を見て、先輩はまたにこにこと微笑んでいた。

 これだけ好き勝手翻弄されて、からかわれて。それでも、最後にその笑顔を見せられたら愛おしくって憎めない。


 やっぱり先輩は、少しだけ猫っぽい。





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