塩とキャラメル。


「あ、その小説映画になるんですね」


 それは放課後、いつものように先輩の部屋で過ごしている時の事だった。

 先輩の読んでいた本の帯を見て、ふと言葉が口についていた。


「へー、そうなんだ。今気づいた」

「帯見ないで買ったの?」

「うん。あらすじ見て通販で買ったから」

「あー、なるほど。私は小説とか漫画とかは未だに本屋で買うことが多くて」

「その時は帯見て買うの?」

「はい、割と。帯に『映画化!』『アニメ化!』とか書いてあるとやっぱり気になっちゃうじゃないですか」

「ふーん……」


 先輩は部屋でも学校でも本ばかり読んでいる。ミステリーとか、恋愛小説とか、ジャンルはバラバラだけど私でも知ってる話題作も多くて、時々読み終わったものを借してもらったりもする。


「先輩は読んでた本が映画化したら見に行ったりしますか?」

「やー、あんまり行かないかな。わたし物語は文字で摂取するのが好きだから」

「ふーん。私は割と好きですけどね。その作品に興味を持つ入り口きっかけにもなるし」

「へー、そういう楽しみ方もあるんだね」

「はい! まあでもさすがに、ストーリーとか世界観的に向き不向きはあると思うけど……」


 なんということもない、ありふれた会話と穏やかな時間。

 けど、先輩はこんな時でも不意に声色が変えることがある。


「実はわたしさ、映画館の空気があんまり好きじゃないんだよ。たくさんの人に囲まれた状態でひとつの作品を見て、感情を共有するのが得意じゃないんだと思う」


 先輩は相変わらず本の中の世界へ視線を落としていたけれど、その瞳には放課後の陽射しのような静かな寂しさが映っているような気がした。


「わたしはそれよりも、ひとりきりで自分の素直な感情に浸っていられるほうがずっと心地良い。見栄とか同調圧力みたいな余計なこと気にせず自分のペースでその作品に触れていられるほうが好きなんだ。だからあんまり、映画館には行かない」


 私にとってそれは、少し意外な答えだった。


 先輩はいつでも自分を素直に表現できて、周りの目なんて気にしていない人なんだと思ってた。

 けど本当はただ周りの感情に合わせることが苦手なだけで、そのことに少なからず引け目を感じていたことを、私はこの時初めて知った。



「────それなら今度、2人で一緒に映画見ませんか? いつも通り、この部屋で」



 その言葉を聞いた先輩は初め少し驚いたような顔をしていた。


「私、色んなサブスク登録してますから。先輩が読んでた本が原作の映画もありますよ。あ、アニメ映画は嫌いですか? ちょっと画面は小さくなるけど、きっと色んな映画を楽しめますよ!」


 ちょっと強引だったかもしれないけど、私は先輩にあんな寂しそうな表情をしてほしくはなかったし、私と一緒にいる時くらい、余計な気を使わずにいてほしかったから。


「それに、どうせここには私しかいないから」


 必死の思いで絞り出した言葉を聞いて、先輩は私の瞳を見つめながらそっと頬を緩めた。


「……そうだね、うん。いいよ」

「やった! それじゃあその日は私がポップコーン買ってきますね! 先輩は塩とキャラメル、どっちが好き?」


 先輩はわざとらしく一度考えるフリをしながら、もう一度私の瞳を覗き込んできた。


「昔は塩だったけど……最近は割とキャラメルかなぁ」



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