水瓶と天秤。


「そういえば、先輩って何座でしたっけ?」


 それは日常いつもと変わらぬのどかな午後の一時だった。


「どうしたの? 急に」

「いや、今朝たまたま電車の中で星座占い見てたんだけど、あんまり結果が良くなくて……」

「気にしちゃうなら見なきゃ良いのに」

「たまたま見ちゃったんだもん。そのせいで今日は散々でしたよぉ。手帳濡れるし、自販機の下に100円落とすし、お気に入りのキーホルダーまで失くしました! 中学の修学旅行で買ったやつだったのに……」

「それは不運というより大半が不注意なんじゃない?」

「うぅ……少しは慰めてくださいよ。キーホルダーに関しては私結構ショックだったんですから!」

「ごめんごめん。まあ、そういう日もあるよね。何もかも理不尽に上手くいかない日」


 そう言いながら、先輩は静かに私の隣に腰を下ろした。


「それで、結局先輩は何座なんですか?」

「え、わたしの誕生日は知ってるでしょ?」

「知ってますけど、さすがに全星座の期間までは覚えてないもん」

「そっか。まあ、普通そんなもんか」


 その肩にほんのちょっと頭を預けると、先輩もそっとその上に頭をもたれてきた。


「確か水瓶座……だったと思う」

「思うって、なんでそんなに曖昧なんですか」

「んー、わたしが普段あんまり占いとか見ないからじゃない?」


 あっけらかんとそう答える辺りは少しだけ先輩っぽいなと思えた。


「あ、今見たら水瓶座今日1位だったみたいですよ! 今日何かいいことありました?」

「えー、あ〜、言われてみればツイてたかも。今日帰ってきた実力テスト、全部学年1位だったし」

「…………それは単純に先輩の頭がいいだけじゃなくて?」

「まあ、そうかもね」


 この人は勉学に関しても抜け目なく得意らしい。この分じゃ進学先も何の支障もなく決まっちゃうんだろうなぁ。私は今からこんなに不安だというのに。


「けどじゃあ、この占い、今日に関しては本当に当たってたんですね」

「ふーん。それならそうともっと早く教えてくれれば良かったのに」

「……って、先輩さっき占い見ないって言ってたじゃないですか! 言っても信じてくれなかったでしょ」

「ううん、自分に都合の良い占い結果だけは信じてるよ。そのほうが楽しいから」

「なにそれ、何かズルくないですか」


 私がまたからわかわれただけかと膨れていると、ふと先輩の声のトーンが落ちた。


「そのくらいでちょうどいいんだよ、わたしは。生まれた日とか、血液型なんかで自分の行く末まで計られたくない。そんな無責任なものに振り回されて後ろ向きにはなりたくないから」


 先輩らしい……といえばらしい考え方だと思う。あくまでも合理的で、自分の嫌なものはさっぱりと切り捨てられる。私にはできない考え方だから、ちょっと羨ましい。


「はぁ〜あ、今日もっと早く先輩に会いに行けば良かったなぁ」

「……教室来たら良かったのに」

「行けないよ! 先輩人気者だもん。学校で仲良くしてたらそれだけでみんなから疎まれちゃうよ」


 思わずぶっきらぼうな声を返してしまった私を包み込むように、先輩の身体が不意に後ろから覆いかぶさってきた。


「そんな人気者のわたしと、裏じゃこんなことしてるってみんなに自慢したくないの?」


 耳元で囁かれる声は、恐ろしいほど甘ったるくて、心臓が沸騰しそうだった。


「…………したくない。それじゃまるで私がそのために付き合ってるみたいじゃないですか。そんな寂しいこと言わないでよ」


 震える私を慰めるように、先輩は優しく頭を撫でてくれた。


「ごめん。今ちょっと甘えたかも」

「……別に、もういいですけど、甘えるならもっと可愛い感じのにしてください」

「ね。可愛くないね、わたし」


 字面の上では反省してるようでも、先輩の声はちょっとだけ嬉しそうだった。


「……先輩、もしかして今日ちょっと機嫌いい?」

「んー、どうして?」

「だって、いつもよりスキンシップ多いし、何となくテンション高い気がするっていうか……」

「そっかぁ。やっぱりちょっとバレてたかぁ」


 先輩は私の髪を優しく撫でながら、珍しく照れくさそうな声で話してくれた。


「今日の朝さ、実は私もたまたま占い見てたんだけど、天秤座と水瓶座は相性最高だっていうから」


 えっ…………


「それが嬉しくて、ちょっと浮かれてた……のかも?」


 な、なななんですかソレ。

 可愛いのにしてとは言ったけど、ちょっとさすがに可愛すぎませんか、それは。


「も、もー、占いは信じないんじゃなかったんですか?」

「だから、言ったじゃん。自分に都合のいい結果だけ信じることにしてるの。私は」

「……やっぱり、どう考えてもズルいですよ。ソレは」


 精一杯の照れ隠しを呟きながら、私はしばらく先輩の温もりに抱かれていた。

 そうしているうちにふと、私は先の会話に紛れた違和感を思い出した。



 ────あれ? そういえば先輩、私が天秤座だって知ってたんだ。



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