第4話 デザイア
「ねぇ、私からも聞いてもいい?」
「はい。なんですか?」
フィレアさんは僕の方を見つめてきて、僕の腰にかけている剣を指差す。
「どうして、剣士になるのにただの鉄の剣なの?」
「えっ、どういうことですか?」
「その剣。ただの鉄の剣だよね?」
何事もないように、当たり前でしょう?と言わんばかりに聞いてくるフィレアさんの言葉に理解が追いつかない。
「その、僕の剣ってどこかおかしいですか……?」
「おかしくはない。でも、アルくん剣士になりたいって言ってるのに、その剣持っているから不思議だなって思って」
「この剣で剣士になるのは不思議……?」
今だにフィレアさんが何を言っているのか理解していない僕に、フィレアさんは付け足すように言った。
「その剣じゃ、剣士になれないよ?」
「え……」
フィレアさんからとんでもない言葉が投げつけられ、一瞬放心状態になるが、自分の剣が折れていることを思い出して、なんとか正気に戻る。
「あぁ! そうですよね。折れている剣じゃ、剣士にはなれないですよね!」
「違う。折れていなくても、その剣じゃ剣士にはなれないよ」
僅かな可能性も消え失せ、今度こそ僕は遠くを見つめることしかできなくなってしまった。
「大丈夫?」
「あ、あの。僕の剣ではなんで剣士になれないんですか……?」
「それは、アルくんのその剣には想力の力がないから」
「そうりょく……、ですか?」
聞きなれない言葉に僕は思考を巡らせるが思い当たる記憶や、知識はなかった。
「想う力と書いてそうりょくって言うんだけど、それがその剣にはないの」
フィレアさんの言葉で一つあることを思い出すことができた。
それは、野盗との戦いの中で短剣の男が言ってきた言葉。
“お前は想力を使えていないって言ってるんだよ”
短剣の男が口にしていたあの言葉の意味を今になって理解する。
そうなればあの時に言っていた短剣の男の言葉一つ一つがしっくりとくる。
「でも、なんで僕が想力を使えていないってわかったんですか?」
「雰囲気」
「えっ?」
「アルくん。想力を使ってる雰囲気がしなかったから」
「で、でも。剣じゃなくて僕自身が想力を使っていなかったとかあるんじゃないんですか?」
「それはない。剣士っていうのは嫌でも剣を構えればそういう雰囲気が出てくるから」
「な、なら。すごく言いにくいんですけど。僕に想力がないとかは……?」
「それもない。誰しも少なからず想力はある」
今まで想力というものに触れてこなかったから、一番想力がないということが怖かったがフィレアさんに肯定してもらえてほっと肩をなでおろす。
「フィレアさんの言う、想力の雰囲気ってどうやったらわかるんですか?」
「剣士とかなら誰でもわかるよ」
「えっ、剣士なら誰でもですか……?」
「うん。デザイアならだれでもわかるよ」
「で、でざいあ?」
「デザイア知らない?」
「知りません……」
フィレアさんがあまりにも当たり前のように話しているのでそんなことも知らずに今日まで生きてきて、さらには剣士になろうとしているのかと考えると悲しくなってくる。
「アルくんがなろうとしている剣士や槍、弓。そういう戦う人のことをまとめてデザイア。すなわち、夢叶えしものって言うの」
「夢叶えしもの……ですか?」
「そう。いつからそう言われるようになったかはわかっていないけれど、力を持って何かを手にいれようとしている姿から、そんな風に言われるようになったって聞いたことがある」
「力を持って何かを手にいれる……」
「人は支え合い、そしてありふれた毎日をただ平和に過ごせれば幸せ。でも、私たちのように武器。そして想力の力を得てまでして何かを求めるということは、すなわちそれ以上の何かを求めていることになるの」
フィレアさんの言う通り、僕は自分が住んでいる村が大好きだ。
あの村でこれからの一生を過ごすことも、とても幸せで楽しい人生であった。でも、僕はそうはならなかった。それは、あの村での生活以上に欲しているものがあったからだ。
「夢を手に入れるために力を持って行動する。それがデザイア」
その時、僕はなんでフィレアさんはデザイアになったのか聞こうとした。しかし、言葉が出るすんでのところでやめた。
僕の場合、デザイア中でも剣士になろうとしたきっかけはあの日見た剣士への憧れであった。
でも、フィレアさんも僕と同じように誰かに対する憧れという可能性はないのだ。
“夢を手に入れるために力を持って行動する”
先ほどフィレアさんが言ったこの言葉が指す意味を考えれば、自ずと質問しようとする意思は消えていたのだった。
私利私欲の夢であれば、誰かに復讐するために力を得る。そんな経緯でデザイアになっていたっておかしくない。俺がしようとした質問はその人の生き方を聞くのと同義。気安く聞いていいことではないのだ。
「僕、デザイアになれますかね……」
「アルくんなら良いデザイアになれるよ」
僕の力ない言葉にすぐに返事をくれるフィレアさんに少し救われる。
しかしながら、今の僕は剣士として大切な剣もなければ、フィレアさんの言う想力。また、フィレアさんたちデザイアが放っている雰囲気すらも感じることができていない。本当にこんなことでデザイアになれるのだろうか。
繁栄している街の様子とは裏腹に、僕の心情は衰退しているような感情が渦巻いていた。
「アルくんはなぜデザイア。剣士になろうと思ったの?」
「ぼ、僕が剣士になろうと思ったきっかけですか?」
視線を上にあげて、フィレアさんの方を見るとこくりと頷いた。
なんの迷いもなく、なぜ僕が剣士になろうとしたのかを聞いてきたフィレアさんに対して驚きの念を抱きながら、はっきりとその理由について語った。
「小さい頃に見た、ある剣士の姿に憧れたからです」
「ある剣士?」
「はい。僕がまだ小さい頃の話なので、その剣士の名前とかは覚えていないんですが、一つだけしっかりと今でも覚えている言葉があるんです」
「その言葉って?」
「皇帝です」
「ギルファー・ルドルフ……」
僕の言葉に対してフィレアさんがそっと小さな声で呟いた。
「知っているんですか?!」
「デザイアならその名前を知らない人間はいない。そして、誰しもが一度はその戦いに憧れる」
あの日僕が見たあの人はフィレアさんでも知っているほど。それどころか憧れるほどの人物だったのか。
自分が憧れていた剣士がどれだけ大きい存在かを思い知る。
「ルドルフさんって、皇帝って呼ばれているんですか?」
「それは少し違う。皇帝っていうのは彼の剣の名前なの」
「剣の名前ですか?」
「剣士にとって剣は自分そのもの。己が剣であり、剣が己である。剣士に限らず槍使いなら己が槍であり、槍が己である。だから、デザイアが賞賛されるようにそのデザイアの使う武器もデザイアと同じだけ賞賛される」
フィレアさんの言う通り、剣士たるもの剣がなければ剣士ではないだろう。フィレアさんの言ったことが痛いほど理解できる。
「フィレアさんのその刀はなんて言う名前なんですか?」
フィレアさんは懐に携えた刀に手をやり、質問に答えてくれた。
「無音。音が立つ前に絶ち斬るっていう想いが込められたらしい」
「らしい?」
「剣の名前は所有者じゃなくて、その剣を打った鍛治師がつけるの。私の刀もそう」
「なるほど」
「アルくんもいい武器と出逢えるといいね」
「はい!」
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