第5話 ファンファーレ
フィレアさんの言葉に大きく返事をして、さらに大きな一歩を進もうとした瞬間、フィレアさんの歩みが止まる。
「着いたよ」
その言葉を聞いてフィレアさんの方を向くとそこには一つの武具店があった。
「ファンファーレ……」
店の扉の上には店名と思われる“ファンファーレ”という言葉が書かれていた。
「それじゃあ、中に入るよ」
フィレアさんは慣れた手つきで店の扉を開ける。
これから剣士。もといデザイアになる中で僕の両手で握られる剣とここで出逢うのかと思うと胸が高鳴ることを抑えられなかった。
どんな剣があるのか、どんな剣に出逢うのか。
そんなことを考えている間にも、フィレアさんによって店の扉が開かれていった。
「いらっしゃい」
店内に入ると、そこにあったのは多種多様な武器の数々であった。剣をはじめとし、槍や矛。戦斧のようなものに、細剣に大剣。はたまた弓など。僕が知っている武器の他にも見慣れないものまで店内にはあった。
「あら、誰かと思ったらフィレアちゃんじゃない。今日はどうかしたの?」
「刀の調整をしてもらうかなと。あと、彼に武器を紹介しようと」
「彼?」
「は、初めまして。アルバ・アーリスと言います。デザイアに……、特に剣士になりたくて。そのために剣を手に入れようと思ったら、フィレアさんにここを紹介されたので!」
「それはどうも」
様々な武器が陳列している店内の奥。カウンター越しにこちらを見てくる一人の女性がいた。
髪を後ろでまとめても背中まで伸びているポニーテールをした女性がカウンターの向こうから出てきて、こちらへと歩み寄ってくる。
「初めましてアーリスくん。私はファンファーレの店主兼鍛治師のラウラ・パキシーノというものだよ。気軽にラウラお姉ちゃんって呼んでね」
「お姉ちゃんって呼べる歳じゃないでしょ」
「フィレアちゃんは静かに」
僕に対して、右腕を出して来たラウラさんの手に自分も応えるように右の手を差し出し、握手を交わす。
フィレアさんはラウラさんの年齢を知っているのだろうか。自分のことをお姉さんというラウラさんに対してあんなことを言っていたが、僕からしたら、それほどおかしい容姿はしていないと感じた。
フィレアさんと比べれば確かに歳を重ねていることはなんとなくはわかるが、だからと言ってそこまで歳を重ねているようにも思えない。
オレンジに染まった髪に、服装は鍛治師というからにはそういった職業の服かと思ったが目の前のラウラさんはいたって普通の女性らしい服装をしていた。とはいえ、体つきは鍛治師というだけあってフィレアさんよりも少しばかり体格的にも大きかった。また、先ほど握手した時も、女性とは思えない手の硬さをしていた。
「アーリスくん。年はいくつ?」
「十六です」
「そう、なるほどね。その腰にかかっている剣じゃたしかにデザイアにはなれないね」
僕の目の前まで来て、僕のことを上から下までじっくりと見てくる。
「アーリスくんはどうして剣士になりたいの?」
「十年前にここで目にした皇帝。ギルファー・ルドルフさんのような剣士に憧れたからです」
「あぁ、あの時の」
「知っているんですか?」
「もちろん。武器に携わるものとして常識さ。まぁ、君たちデザイアとしても当たり前だろう?」
「そ、そうですね……」
フィレアさんのように当然と言わんばかりの表情でそう言われたので、どうしても僕は知らなかったとは言えなかった。
「私もあの時はまだ駆け出しだったから、今のアーリスくんみたいにあんな剣を打ちたいって思ったものよ」
「そうなんですね」
「そんなこともあって、今ではこうして自分の店を持つことまでできている」
「ということは、ここにある武器は全部ラウラさんが?」
「ううん。確かにほとんど私が打ったものだけど、中には別の人が打ったものもあるわよ」
ラウラさんはおもむろに歩き出すと、店内に飾られていた一つの短剣を手にとって、こちらへ見せてくれる。
「例えばこれなんかは私の師匠が打った短剣。
ラウラさんが握る雪隠(ゆきがくれ)は淡い青みがかった刀身に、少しばかりの曲線を描いていた。
「ラウラさんの師匠ですか……。ということはすごい値段なんでしょう……ね?」
「たいしたことないって思った?」
「いや、その。はい……」
そう思うのにも理由があった。
店内に入った時に様々な武器に目を奪われたのは確かであったが、それと同時に店内の武器の値段に驚かされていた。
低いものでも数十万はくだらず、中には数百万単位のものもあった。フィレアさんのような超一流のデザイアが通っている店だということを考えるとそういうものだと思っていた。
そして、そんな店の主人の師匠ともなればさぞすごい武器で価格なんだろうと思ったが。
「これはね、一つの目安なの」
「目安ですか?」
「武器っていうのは値段が高いからすごいんじゃないの。すごいから値段が高くなるものなの。値段に騙されずに、武器の本質を見抜ける人。値段なんかではなく心から武器を選ぶ人。そういう人が良いデザイアなの。そういう目安として師匠の剣をここにこういう風に置いているの」
ラウラさんの言葉に僕は何も言えずにいた。
僕は果たしてそんなデザイアであろうか。そう考えていたからだ。
確かに店内に置いてある武器を値段よりも先に見て、すごいなと感じた。しかし、逆にそれ以上のことは感じなかった。あの武器はこっちの武器よりもすごいとか、何が優れているかなど、他のものとの対比なんてできていなかった。
「まぁ、こんなこと言ってるけど、実際のところは私が独り立ちする時に一つだけでいいから師匠の打ったものがほしいって無理言って、師匠がくれたのがこの
「そうなんですか……」
「そうそう。ちなみに、フィレアちゃんも初めてこの店に来た時にこの短剣がいいって言ったうちの一人なの」
「さ、さすがですね」
「そうね。今までにこの店に訪れて同じように言った人はある程度いる。そして、やっぱりそういうデザイアはフィレアちゃんのように成績を残しているわ」
手に持っていた
「アーリスくんにはわかるかな?」
ラウラさんのその挑発にも似た、そして脅しのような声色に思わず息を飲む。
それは、僕に対する挑戦状であった。まさにこの店の武器を売る資格があるかどうかの試練でもあった。
「アルくんはいいデザイアですよ」
「あら、フィレアちゃんにしてはめずらしい。はて、その心は?」
「雰囲気」
「えっと、フィレアちゃん。もう少し噛み砕いて説明してくれる?」
「剣を持った時の雰囲気」
「あぁ、わかった。もういいわ……」
フィレアさんの言動は長年付き合いのありそうなラウラさんでも困っているものなんだと、心の中で少しだけ安心した。
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