第2話 瞬きの少女

「なにしているの?」


 視線の先。短剣の男のさらに奥。

 僕が来た道の方から一人の女性が現れた。

 その場にいた僕を含めた四人全てが声のする方に顔を向ける。


「どうかしたの?」


 誰もがいつ現れたかわからない女性の存在に驚いたようだった。


「は、早く逃げてください!」


 まだ誰も動こうとしていない今、すぐにでも彼女をこの場から離れさせるために僕は大きな声で彼女に逃げるように促す。

 しかし、女性は依然として状況を理解するようにしてこちらをじっと見つめていた。


「な、何してるんですか! 早く逃げてください!」

「君、襲われてるの?」


 僕の声に反して目の前の黒長髪の女性は落ち着いていると言うべきか、気が抜けていると言うか、覇気のない言葉で僕に質問を投げかけて来る。


「おまえら、相手してやれ」


 僕の忠告も虚しく終わり、今まで控えていた二人の男たちが女性を取り囲むような形で動く。


「へ、お嬢ちゃん。大人しくしていれば痛いことだけはせずに済ませてやる」


 それぞれの男がじりじりと女性の方へと近づいていく。

 そんなことをただ見ていることは僕にはできなかった。


「今すぐ、その人から離れろ!」


 すぐに駆け出して、女性の元に駆け寄ろうとするが、その行く手に短剣の男が割って入る。


「てめぇは黙ってろ!」


 全力で走り出した僕に対し、合わせるかのようにして斬りかかって来た男の攻撃をとっさに避けるべく、剣で防御するが男の短剣の謎の力によってまた飛ばされる。

 そして、今度はただ飛ばされるだけではなかった。


「け、剣が……」


 後ろに飛ばされたのは僕だけではなく、手に握っていた剣の刀身も折られ、僕のすぐ後ろの土の道に突き刺さっていた。

 そうこうしている間にも、二人の男は女性へと近づいていた。


「あなたたち、野盗?」

「あぁ、それがどうしたんだ嬢ちゃん? 今更、悲鳴でもあげて──」

「それだけわかれば十分」


 次の瞬間。

 目の前に立っていた二人の男はばたりと倒れ、突然気絶して倒れてしまったようだった。

 しかし、全て終わった後に気づいたが、それは別に急に病気なんかで気絶したわけではなかった。

 目の前に立っている女性によってなされた事だと気づいた。

 女性の懐に携えた剣。いや、わずかに湾曲した刀身に、片方だけが薄く研ぎ澄まされている刃。あれはたしか刀と言われる武器だった気がする。

 あまりに速すぎる所業にどうなったかはわからなかったが、男たちが倒れた後カチャという刀が鞘に収まる音でそうなんだと認識した。


「あなたも大人しくしていたら、こうはならないけど?」

「ば、ばか言っちゃいけねぇ。武器を持っていない雑魚を倒すなんてこと、誰にもできる」

「そう……」


 女性はやや低い姿勢になり、右手で懐の刀の柄に手をかける。


「そんな構えで俺を倒せるかな!」


 短剣の男は明らかに僕の時よりも速い踏み込みで女性へと攻撃を仕掛ける。


「遅い──」


 女性の一言が聞こえた瞬間。短剣の男は先ほどの二人の男たち同様、ばたりと倒れこんだ。

 そして、いつも間にか俺との間合いも縮めていた女性は二歩、三歩と僕の方へと近づいて来る。


「大丈夫?」

「は、はい……」


 僕は今、目の前で起きた衝撃の数々を認識するのに精一杯であった。

 目の前で瞬く間に倒れていく男たち。そして、女性の目にも止まらない速さの斬撃。

 彼女の他を圧倒するような強さ。それは、僕がかつて憧れたあの人の姿にとても似ていた。


「あ、あの!」

「なに?」

「名前を教えてもらってもいいですか?」

「フィレア・スズカだけど」

「あの、さっきの戦いぶり凄かったです。どこで覚えたんですか!」

「えっ?」

「あと、その刀すごいですね! 噂には聞いていたんですが本当に刀って剣はすごいんですね!」

「いや、あの……」

「あとあと──」

「うるさい」


 まくしたてるような僕の話の合間にスズカさんの声がピシッと響く。そんなスズカさんの声で我に戻る。


「す、すみません。あまりに凄かったので……」

「あなたは?」

「僕は、アルバ・アーリスと言います」

「アルバ・アーリス……。それでアルくんはどうしてこんなところにいるの?」

「ア、アルくん?」


 急に名前を省略されて呼ばれたので驚くが、とりあえず返事をする。


「実はこの奥にある村から剣士になるために出てきたんです」

「剣士に?」

「はい。そのためにフィーロに向かっていたんですが、その道中でさっきの野盗に襲われた。という感じです」

「それは災難だったね」

「えぇ、まぁ……」


 スズカさんの言う通り、僕にとってとても災難なことであった。命を落とすことも何かを取られたわけでもなかったが、最も大切なものを無くしてしまったのだから。

 僕の右手には折れてしまった剣の柄とわずかばかりの刀身だけが残っていた。


「私もフィーロに向かう最中だったから、一緒に行く?」

「え、いいんですか?」


 スズカさんは首を縦に振って応えてくれる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね」


 僕は道の上に置いたままになっていた自分の荷物を取る。


「スズカさん、この人たちどうします?」

「街に着いたら、憲兵の人にでも伝えて捕まえに来てもらえばいい。あと、フィレアでかまわない」

「わかりました。なら……」


 気絶した男たちの持ち物を物色し、襲った人を縛るためであっただろう縄を取り出して、三人を側の木にキツく縛りつけておく。


「これでよし」

「それじゃあ、行こうか」

「はい!」


 最後に折れてしまった刀身を拾い上げて、カバンの中にしまいフィレアさんの後について行く。

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