第一部 夢叶えしもの

第1話 旅出

向かっているフィーロという街は僕たちの住む村から一番近い大きな街である。

 僕の住んでいる村の建物の高さとは比べほどにならないほど大きな建物やお店が数多く立ち並び、今でもあの日のことを鮮明に思い出すことができる。


「あと、一時間ってところか……」


 ポケットから小さな時計を取り出すと、時刻を表す針は午前十時ごろを刺していた。

 父さんからも「道なりに三時間歩けばいい」と聞いていたので、あとどのくらいでフィーロの街に着くことはわかっていた。


「新しい相棒……」


 腰に携えた真新しい剣に触れながら、今後のことに期待を膨らませる。

 この世界で剣士になりたいのならまずコロシアムに向かい、そこで行われている大会に出ることが大前提である。

 大会にはクラスが存在し、一番大きな大会をグラントリノと言われる。その下にグランターレ、グラントと続いていき、それ以下の小さな大会を全てオープンと総称される。

 大抵オープンの言葉の先頭にはその街や、都市や名物の名前がつくのがセオリーである。

 だから、僕が向かっている街だと“フィーロオープン”と称されたりする大会があるに違いない。

 僕みたいな剣士になりたいと志願する人はまず、そのオープンで優勝して、名を上げることによって先ほど挙げたグラントからグラントリノのような大きな大会に出られるのだ。


「まずは、オープンで一勝するぞ!」


 これからの華々しい未来に意気込んでいると道が交わる場所まで来ていた。


「よし、あとはここをまっすぐ行くだけだ」


 父さんに聞いた少ない情報を思い出しながら、交わった一つの道へと歩みを進め、フィーロへと向かう。

 フィーロに訪れるのはあの景色を見て以来だった。

 あの景色とはもちろん、僕が憧れている剣士。皇帝の戦いを見た景色である。

 僕の携えている剣とは違い、僕の身長と同等の長さ。いや、もしかしたらそれ以上の長さの大剣。その刀身は黒く、荒々しさと、禍々しさを感じさせていた。底しれない強さを秘めていたあの大剣。僕もいつしかあんな剣を扱いたいと、ひっそりと心の中で想う。


「早く着かないかなぁ」


 これからの期待ばかりが膨らみ、自然とフィーロへ向かう足取りも速くなる。


「おい、まて」


 そんな浮ついていた僕の前に、茂みから二人の男が姿を現した。さらに、後ろにも一人だけではあるものの男が姿を見せていた。


「なんですか?」


 男たちにそう問いかけながら、相手との間合いをはかる。

 剣士ならば間合いが大切なのは誰でも知っている。

 目の前の男たちは果物ナイフ程度の長さの刃物を持っている。それだけで間合いの重要性はうんと上昇する。僕が腰にかけている剣はそれよりも長いため、武器の観点だけで言えばこちらに幾分かの優位が存在した。とはいえ、人数の優位はあちらが単純計算でも三倍である。


「大人しく荷物を置いていけ」

「野盗。ですか……」


 もしかしたら野盗の類が出るかもしれないからと、父さんには気をつけるように言われていたが、まさか本当に出てくるとは思っていなかった。

 いたとしても僕みたいななんにも持っていないような輩を襲うやつはいないだろうと思っていた。

 どうせ狙うなら金目の物を多く持っている行商の馬車あたりだろうと思っていたが、予想が外れたようだ。


「そうだ。ほら、さっさと荷物をおけ」


 目の前の男は僕に話しかけながら手元のナイフをちらつかせる。


「わかりました」


 男の言う通りに背中に背負った荷物をその場へと置く。


「おい、腰にかけた剣も置け」

「わ、わかっています」


 言われるがまま、男の言う通りに行動する。

 父さん曰く、こう言う場合は大人しく指示に従うことが大切だとか。

 野盗は金目のものを狙っている。逆に言えば、金目のものがなければ野盗としては襲う価値がないのだ。だから、僕に金目のものがないと分かればすぐにでも去るだろう。僕の荷物の中にはこれからのために少量のお金が入っていたが、命よりも大切なものはない。


「そっとだぞ、そっとおけ」


 しかし、父さんは最後にこうも言った。


『ただし、それは無力な人に限る』


 僕は地面に置こうとした剣を抜刀し、低い体制から目の前の男のナイフめがけて剣を振るう。


「お、おまえっ!?」


 抜刀した剣は見事目の前の男のナイフを捉え、男のナイフは宙を舞う。

 そして、すぐにナイフを払いのけた男の隣にいた男のナイフをめがけて剣を振るう。


「ひっ!」


 剣を振るおうとした瞬間に男は持っていたナイフを落としてしまい、怯えていた。

 敵意をなくした相手に力を振るう趣味はないので、僕の後ろにいた男へと剣を向ける。


「あとはあなただけですが、やりますか?」


 今日から剣士である僕は決して無力ではない。力には力を持って制する。

 僕の後ろにずっといた男は一番気弱なやつかと思っていたら、僕の威圧にも決してひるむ気配がない。とはいえ、目の前の男はさきほどの男たちとは違い手元には何も持っておらず、自らを守る術を持っていなかった。


「僕にはあなたたちを拘束するだけのものをもっていません。だから、すぐに立ち去れば見なかったことにします」


 本当ならば、野盗は街の憲兵に差し出せなければいけないのだろうが、今の僕には目の前の男たちを縛るだけの縄も、三人もの野盗を拘束させておくだけの力量も持っていない。少し気がひけるがこれ以上の争いをなくそうと促す。

 しかし、依然として僕の問いかけに答えるそぶりを目の前の男は見せない。


「あの、今すぐ立ち去れば──」

「小僧。力の振るい方を知らないのかい?」


 その瞬間、ずっと静かに佇んでいた男が僕との間合いを詰めてくる。


「なっ!?」


 突然のことで、すぐに剣を構え男の攻撃を受け止める。

 僕との間合いをいっきに無くし、男は僕が気づかないうちに取り出していた短剣で、僕の喉元を切り裂こうとしていた。

 しかしながら、その攻撃をすんでのところで受け止める。


「いきなりで驚いたけど、大したことない……」


 僕が何もしてこないであろうという油断につけこんだ男の奇襲にはたしかに驚いたものの、立ち合う形になれば遅れは取らない。


「本当にそうかな?」

「それは、どういう意味だ」

「こういうことだよっ!」


 男が声を荒げた瞬間、僕は強い衝撃を受ける。


「うっ!?」


 鍔迫り合いをしていたはずなのに、僕は男の得体の知れない力によって一瞬で後方へと飛ばされてしまった。


「お前らは横に避けておけ!」

「はいっ!」


 戦意を失っていた二人の男たちは短剣を持った男の言う通り、道の端へと移動した。

 そして、短剣の男は僕の方へ走ってきて、僕との間合いをなくしていく。

 そんな男に遅れを取らないように、先に剣を振るって先手を取る。

 だが、そんな見え見えの攻撃などしっかりと短剣の男に受け止められる。


「さっきの反応。やっぱりお前剣士じゃないな?」

「何を言ってるんだ……?」


 男はニタリと笑いながら語る。


「お前は想力を使えていないって言ってるんだよ」


 男と僕は一旦距離をおき、にらみ合いになる。


「あんたが何を言っているかわからないけど、僕は剣士だ」

「ははははっ! 想力も使えないやつのどこが剣士だよ。たしかに剣を振るっていれば剣士だろうな。でも、たったそれだけだ」


 戦いの最中だと言うのに短剣の男は額を手で押さえ、天を仰ぐ。


「お前みたいなやつに言われたくない」

「お前みたいな奴に言われたくない? そうか、そうか。まぁ、お前の言う剣士っていうのはこういうことを言うんだよ!」


 短剣の男は一気に僕との間合いをなくし、短剣を横に振るう。

 安直な攻撃にカウンターを合わせようと、男の短剣の軌道をずらして懐へと踏み込むべく、男の振るう短剣に少しだけ自分の剣をかすらせるように剣を滑らしていく。だが……。


「なっ!?」


 短剣に自分の剣がかすった瞬間。思った以上の衝撃が伝わってくる。そして、その衝撃によって僕はまた後方へと飛ばされる。


「これがお前の知らない“剣士”の力だ」


 短剣の男は両手を広げながら、自慢げにつぶやく。


(何が何だかわからないけど、このままだとまずい!)


 僕の額からはすぅっと冷たい汗が一筋落ちてくる。そして剣を握る手にはぎゅっと力がこもる。


「そろそろ、終わりにしようか。エセ剣士野郎」


 男が初めて構えをとり、次の一撃が今までの一撃とは違うことがピリピリと伝わってくる。

 男が構えを取ってから数秒の時が経った時、それは現れた。

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