エロゲー買った帰り道

私とミチル二人はそのまま駅まで真っ直ぐ向かった。

お互い片手には黒い袋が。中にはエロゲーが隠されている。


そんな状態の中、平凡な街並みを二人でルンルンと歩んでいた。


あんまりにその状態がおかしくて、私とミチルは笑いを漏らす。




「パッと見この袋の中って日用品だとか、大判の小説が入ってるようにしか見えんよな」




私がそう言うと、彼も同調した。くだらない会話が弾んだ。


エロゲー買った帰り道、私たちはまだ冬の寒さが残った街を歩いていた。

なんてことのない、これまで高校生活を過ごしてきた街に、ちょっとだけ異端な私たち。

ちょっとだけ奇抜なものを片手にぶら下げているのは確かだけれど、それだけで、なんだか変に嬉しかった。




「久しぶりだな、ここまでゲームにワクワクするのって」




ふと、ミチルは事後感想を漏らす。

私はその言葉に昔日の心を想起した。


小学生の頃、新しいゲームを買うと、その帰り道は期待に胸を膨らませてはわくわくしていたものだった。

帰宅の道中には、早くこのゲームをやりたいという純朴なる幼心が足を急かしていた。あの時分の私はもういなかった。私は穢れてしまったのかもしれない……。




「…………」




だが、果たして早計に結論付けてもいいんだろうか?

こうして一日を通してエロの世界を見てきたものの、私は自分がまだ変化の最中にいることを知った気がする。

現に、こうして手元のエロゲーに対する期待というのは、幼き日の私と重なるところがあった。


変わっているようで変わっていない。

過去と今の自分は寧ろ、ズレているだけだったのかもしれない。


エロの世界に飛び込んで、新たなる世界に飛び込んできた我々だったけれど、暖簾の先にいたのは、純朴なる青年だったり、心底気持ち悪いだけのおじさんだったり。

純朴なる心や腐りきってしまった醜い心だって両立していたのが、私がかつて憧れていた世界の真実。


思ったより俗っぽく、日常の延長線上の世界でしかなかった。


そして、その世界に本日いた、青年とおじさんの、二つの正直すぎる魂は、高校生時代の私と今の私も持っているものであった。


その光景を見て私は何を感じ取ればいいんだろう。わかんない。

ただ、こうして今が未来にズレていく感覚というのが堪らなく気持ち悪くて仕方がなかった。




***




帰りの電車。

車内には一・二年の高校生が散見された。


私たちの現在の身分は、三月中はまだ高校生で、けれど、もう卒業はしてしまっていて、半端な身分というのが適切だ。


私とミチルがエロゲーの会話を、より婉曲的により小さな声でぼかしながらしていたところ、私の対岸の席に一人の女子高校生が腰を下ろした。

私はしばし、彼女に見惚れた。


制服を見た感じ、私とミチルの通っていた高校とは違う生徒であり、見覚えのない女の子であった。


ストレートロングの髪の毛と、少し幼げな顔。

合法ロリが好きな私としては、性の対象であった。




「───」




しかし、今の私は半端な身分である。高校生というわけでもない、大学には進めるけれど高校時代には帰ることのできない身分なんだ。

そんな私が、彼女に性的な興味を示すという自分自身に気持ち悪さを覚えた。


聞き慣れた、電車のアナウンスとともに電車は出発する。


揺れる、電車、私、女子高生、ミチル、世界、境界、身分、目に見える感ぜられる全てを抱えながら電車は動く。何かが女子高校生とともにズレていく……そう、感じる。


よく聞く話、大学生と高校生と付き合っているというのは世間体があまりよろしくない。

私が今覚える性の心も、世間の人々からは唾棄されるのかもしれない。


こうやって自分の中で変化しそうでしない何かを抱えながらも、着実に世間体の私の身分は変化してゆく。


ただ心はなんとも半端で、まだ、高校生の気分が抜け落ちていなくって、しかし時間と私の心はズレていく。


聞き慣れたアナウンスに朝覚えた違和感は、こういったズレを無意識のうちに認識していたからかもしれない。


変わらない心は確かにある。でも変わっていかなくてはならないものもある。それこそ、高校時代に抱えていた闇は変えていかなくてはならないものだが、エロゲー買った帰り道に思い出した幼い心を失ってはいけない。


高校時代の病みはもうない。それは昔に棄ててきた。

その過去と今の差異に戸惑っていたので、私は電車のアナウンスに違和感というズレを覚えたのだ。


ともすれば、こうして変わっていく世間体と私の心。女子高校生に性的な感情を覚えることに、私はそのズレを覚えている。であれば、私はその性の心を失わなくてはならないのか?

高校時代の闇とともに、過去に棄ててこなくてはいけないのだろうか?




「……」




そこで私は思う。エロゲーは高校を舞台に扱った作品が多い。ストーリーとキャラクターの構成を大事に取り扱っている作品ほど、多くその傾向は見られる。


エロゲーってのは作者の人生が詰まっている。性というきわどい精神が詰まっている。


私はそういった作品を高校生の時代に熱狂的に愛していた。今も愛している。


でも、なんで高校生の時の私はそういった作品に強く惹かれていたのか分からなかった。

───でも、今なら分かる気がする。


高校生活に闇を抱えてきた人間たちが、こうした、エロゲーをリリースし続けているというのは、忘れてはならない、青春時代の性的な視点を、作品に残したかったからなのではないか?

彼らエロゲーのシナリオライターが私ほど幼稚な悩みを抱えていたとは思えないけれど、でも、私のように青春時代に強い感情を持って、ソレを忘れないように、彼らはエロゲーを書き続けているのではないだろうか。


世間ではダメなことだと、嫌悪されるべきコトだと思われるのが当たり前だから、彼らはその楽園のような世界を、十八禁というコンテンツに設けたのかもしれない。思い出の詰まった世界を創ったんだ、彼らは。


───私もまた彼らに似て、青春時代の性と闇を無きモノにしたくなかったのだろう。


そう思うと、棄ててきたと思っていた、高校時代の私の負の側面でさえも、今となっては名残惜しい。


揺れる電車の中、それでも前に私は進んでいる。こうやって、失いたくない気持ちを、誕生日今日という日に、結局棄てられなかったのに───。




***




電車はそれから私たちの街に停まった。

私とミチルは、出口へと向かって歩を進めた。


私たちは人に生まれたのだから、それぞれの道を進んでいかなくてはならない。


”失いたくない気持ち”は失いたくない。

たとえ、それがズレているものだったとしても、心の奥底では愛していたい。


空にはもう月は浮かんでいた。欠けていて、半端に月は輝いていた。


そういえば、今の私の創作スタイルの原点は満月にあったのだなと、振り返る。

記憶を振り返ることで感ずる酩酊に似た感覚の中、私は手持ちの袋を見守る。で、ふと思った。


───エロゲーはいわば夜空に浮かぶ星のようだ、と。


忘れたくない、記憶・感覚を輝かしい物語にして、輝かしく表現する。

過去の思い出を残光にして芸術と為す。

私はソレをアルバムのように想った。




「───」




エロゲー買った帰り道、私は袋の中のエロゲーたちに、心の中で敬礼し、いつもと変わらぬ道を進んでいく。

この大きな箱の中には、どんな宝石が詰まっているのだろうか。

なーんて乙女趣味とかいう柄にもないことを、考えてしまうくらいには、今日の私は気持ちが良かった。


私もそんな作品をこれから書いていければな、と考えた。

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エロゲー買った帰り道 林檎飴 @KaZaNeMooN

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