ほんへ
道中のお話。
某レンタルショップ近場のファミレスで適当に飯を食ったあと、グーグルマップを活用して、我々は目的のエロゲを買いに足を運ばす事にしたのだ。
のだが……。
「おい、なんだこのクソアプリ」
グーグルマップで示される道は、最短経路を表示してくれる。
私たちはありがたくソレに従って住宅街を歩いていたのだけれど……「ここを右に曲がって〇〇メートル」と示される道の途中に電車のレールが通っていたり、また、他人の家の敷地内を通れといわんばかりの経路を促してくるのである。
グーグル先生は道なき道を多く指し示すから始末が悪い───。
私たちはうんざりしながら歩いていた。
幸い、昼食は量多くは食べなかったし、ドリンクバーを少し楽しんだくらいであり、歩くのに支障の出るレベルで腹は膨らんでいなかった。
ただやっぱり距離があった為、歩く時間はかかるので、店に着く頃になると、汗がおでこを濡らしていた。
先に自販機で買っておいたお茶を一飲みして、私たちは、店に入店したのであった。
***
店の中はごちゃついていた。リサイクルショップだったから、レトロな品だらけ。
カードだったり、書籍だったり、ギターだったり、モデルガンだったり。エトセトラ。
ミチルはモデルガンが好きだったらしく、わりと興奮していた。ヲタクっぽくて気持ち悪かった。
で、先に行った某レンタルショップよりも此処の店内は入り組んでいて、土地面積はこちらの方が小さいにも関わらず、さきほどよりも十八禁ゾーンを見つけ出すのは苦労した。
案の定店の壁際にあった暖簾を発見した私は、一瞬立ち止まり、生唾を飲んだ───。
「───」
この先は、私が高校生時代に憧れていた、楽園が広がっている───そう思うだけで、一度収まった汗も再び出てくる。
先ほどのレンタルショップの時は、十八禁コーナーの初体験だった。しかし、もう初めてを終えて、二度目の入場な筈なのに、緊張は先ほどよりも大きかった。
女性との一線を越える時も左様な緊張を覚えるのだろうか。私はめまいを起こしそうになった。
───だが、恐れるな辿星あれき……お前はその暖簾を超えずには新たなる扉を開けることなど叶わないのだぞ。
思えば、私がこの手の業界に強い興味を持つようになったのはいつぐらいのコトだったのだろう。
高校一年生時にはあまり興味を持っていなかったと記憶していたが、せやな、二年生時のことだった筈だ。
記憶は曖昧だけれど、ノベルゲームの名作は基本エロゲー出身のものだとイメージを植え付けられて、そこから興味深々になったのだ。
数えてみれば二年にも満たない短い我慢だったけれど、今日、その悶々とした感情も失われる。それこそ、高校生時代に抱えていた闇と同様に抹消されるだろう。
それはきっと幸せなコトなんだろう、何かを失って得るものはきっと素晴らしいものに違いないのだ。私は泣き潰れて先の景色を自ら遮断する愚者は卒業したんだ。
意を決して、私とミチルは、新たなる世界を目の当たりにすべく、暖簾の先に足を踏み入れたのであった───。
***
「うおーーーーーやべえええええええええうぎゃああああああ!!」
誇張表現ではない。声は大きくなかったけれど、マジでこんな感じのテンションで私は十八禁コーナーに足を踏み入れたのであった。
当時のミチルの、冷静具合を今でも私は忘れない。
ある程度の感動はあれ、隣に気持ち悪いリアクションを見せる人がいると、得てして人は冷静さを保てるというもの。彼は私のおかげで発狂しなかった。
十八禁コーナーは狭かったけれど、エロゲーは思いのほか量があった。近くのAVの棚ではぁはぁ言っているおじさんがマジでいたのはおいといて、そんなに関係ないといわんばかりに私は興奮していた。
ノベプラで言語化するとアウトなものから、有名作も多々あった。
そして何より驚いたのが、某有名ゲームブランドの同人時代のゲームも売られていた。月〇関連ってだけでレアすぎないか?
ともかく、私はできるだけ最近発売されたエロゲーを購入しようと考えていた。けれど『某十八禁版日本語で遊ぼう』みたいな作品は有名すぎるので、購入対象外であった。もっとも、その作品は無かったのだけれど。最近のエロゲー界隈では大人気だったしな、アノ問題作。中古品になっていないあたりご察しだ。
そのクセ、ゼロ年代の作品が当時のパッケージで棚に並んでいたのは驚きであった。
くそデカイ箱に入った伝説的作品の限定版が三千円以下という安価で並んでいたりもした。
ただ、それらほとんどが、私がその当時利用していたパソコンのバージョンに対応していない作品が大半であった。
昔やった古いシューティングゲームなんかも、パソコンのバージョンに対応していなかったせいか、正常に起動できなかった、なんて経験もあった。
そういった過去のことを考えた結果、私はゼロ年代の作品は大方パソコンに対応していないから、結局購入しないことにした。
新しい作品とともに、昔の名作も同時購入したかったけれど、プレイできないんだったら仕方がない。
コレクター精神からか、手に置きたい衝動はあったものの、金欠気味だったから、買わかったのであった。
と、左様なドラマを私の脳内で繰り広げていたところ、ミチルが声をかけてきた。何やら薄い本もこの店では置いてあるらしかった。
彼に誘われてついていくと、何やら見覚えのある絵柄がたくさんあった。
ミチルは当時、自分のパソコンを所持していなかったことから、同人誌を中心的に見ることにしたらしかった。
ともすれば手持ちの四千円でもちゃんと戦力になる。私は安堵を覚えた。
彼もまた私とは違った視点でエロの世界に興奮しているらしかった。もうね、手の動きで分かるよ。
しゅぱぱぱと、無駄のない動きで作品を漁るのは見ていて気持ちが良いほどだった。
けれど、其処に置いてあった作品は、まさしく主体がエロの作品ばかりで、私は言うほど興味がそそられなかった。性癖にストライクな絵もあったが、今の私は気分が違った。
今日は物語を楽しむのだぞ、という強い意気込みで来た私は持ち場に足を戻した。
───ではしばし別れを盟友。我はエロと人生が交差する世界へ、君はエロを心ゆくまで深く広く探究し、また、楽しみたまえよ……。
ミチルは純粋なエロと萌えを楽しんでいた。
私はそこに更にメッセージ性が内包されずしては興奮しない。
なんていうか、エロを楽しむスタンスに生まれる違いはこれまでの人生に影響するのだなって思った。
私は自分という人間がどうしようもなく気にくわない性分であり、また、色々と深くまで物事を考えて落ち込んでしまう、メンヘラ系男子だった。その辺が影響してか、私は細かくまで作りこまれた世界設計やキャラクターに魅力を感じるようになった。死にたいなんて空想を秘め事にして生き苦しんでいた私なのだから、変にエロに対しての考え方を拗らせていたのだ。
ミチルの高校生生活はどうであったかは知らないけれど、こうやってエロの観点で違いがでる辺り、私とはまた一味違う高校生活をおくってきたのは間違いなかろう。
エロから見る人間性の分析はやっぱり面白いな。
なんて考えながら、入口付近のエロゲーの棚を物色していた時のことだった。
十八禁印の暖簾が揺れ動く。視界の端に、私よりも容姿の整った青年が映った。
私はそれを無意識に認識しつつもゲームを眺めていたところ、視界の端の彼が、どたどたと、あからさまに動揺したかのような動きをしてみせた。体の動きはオーバーで、後ろに倒れ込むんじゃないかと思うほどの勢いだった。転んでいなかったから安心した。
思わず私は笑みがこぼれた。
きっと彼もこのエリアには初めての入場だったのだろう。
入っていきなり他人が目の前にいたから驚いたのだろう。
その青年はきっと初心で、つい出来心で、後ろめたさがありつつも、衝動が抑えきらずに、入店しちゃったんだろうな。
それで、変に気持ちが高ぶって、緊張して、勇気を出して暖簾を通ったら、人がいてびっくりしちゃったんだろうな。分かるぜ、その変な罪悪感。
私は心の奥底でその青年に「若いな」と微笑んだ。もっとも、私は十八歳になって初日だったから、彼は私より若いなんてこと、ないんだけれど。
彼の行く先は目で追わなかった。でも、たぶんそういうグッツだとかビデオを見に行ったのだろうなと推測した。
私はミチルと、そのコーナーをその後見て爆笑したりしたけど、話の都合上割愛させていただく。
***
私は結局エロゲーを二つ買うことにした。一つはミステリー系エロゲーで、もう片方はキャラ性とシナリオ両方が評判のブランドの作品だ。
会計口までその二作品を持っていくと、会計口は客の顔を店員に見せないように工夫されていて驚いた。身分証明書も一応準備していたのだが、どうやら必要なく、さらりと会計は終了した。
私は先ほどの青年と違い、文芸作品を楽しむという気持ちだったので、変に緊張せずに購入を済ますことができた。罪悪感なんて空っぽだった。
ンで、ミチルは当初の予定とは変わって、エロゲーを買っていた。
ミチルに話を聞くと「これだけは絶対に欲しい作品だった」とコメント。
パソコンは月末に届くらしく、それまで辛抱するらしかった。
ただお金の都合上、同人誌は購入できなかったらしく、ちょいとしこりが残ったそうで……「バイトしたらまた一緒にこようぜ」と言われた。
私は満面の笑みで首肯した。
私たちはルンルンと暖簾を通って退場するのであった。
───ただ最後の最後で私は忘れられない恐怖体験をした。
暖簾を超えたあたり、銃に興奮しているミチルの横でぼそりと私は呟いた。
「なんかあのおっさん、私が入場してから退場するまでの間ずっと同じ棚漁っていた……」
そんでもって私とミチルが暖簾の奥の世界に滞在していた時間は一時間とちょっと。しばしばあのおっさんは同じ棚を前に興奮の声を漏らしていた───。
知らなくても良い世界はあるのだなと、その時私は思い知らされたのだった。
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