第六話 お題『ひとこと余計なお嫁さん』
「えー、薄井さんそんなことになってたんだ。よかったじゃん、奥さん治療可能で」「社長も検査受けるんだって? あの病院嫌いの社長がねぇ。まぁ、あのお二人、年取ってもラブラブだもんねー。濁りっち、超お手柄」
町井さんも八宇さんもパチパチと拍手してくれるが、それはちょっと違うのだ。
「蕗子さんの変調に最初に気づいたのは、八宇さんなんです。でも薄井さんの担当はわたしだから…『お前が言え』って。だから、本当のお手柄は八宇さんです」
八宇さんはおそらく、
その後悔もあって、薄井夫人の変化をいち早く見抜けたのかもしれない。
「でもさ、実際にフキさんを説得したのは濁りっちだろ。それに手柄が誰かなんて別にいいんだよ、俺らはチームなんだから」
「そ。それぞれ担当はあるけど、情報共有のために報告書やら資料やらを作ってるわけだし、フォローし合わなきゃ。うちは吹けば飛ぶような零細企業だもん。ね? 関川さん」
本日回収分の顧客資料をピンとはじいた町井さんが、屈託のない笑顔を向ける。
「零細ですみませんね。うちはかなり良心的にやってますからね、コツコツ地道に稼いでいかないと」
「いや、あたしは零細が悪いとは思わない。大劇場での群舞とはいかないけど、ショーパブのちっさいステージでも客を楽しませるダンスはできるわけよ」
「マッチー、すぐダンスに例えるぅ。しかもあんまり上手くない」
「ええ〜? 債務者のおっちゃん達にはウケるんだけどなぁ。わかりやすいって。だってほら、自分の得意分野で喋るのが一番伝わりやすくない?」
「そりゃ、おっちゃん達がマッチーのファンだからじゃん」
「まー、一理あるね」
資料を読み終えた町井さんはストレッチしながら、八宇さんは資料をペラペラめくって脳内に映像記録をしながら、各々出動前の準備を進めている。わたしも朝ごはんがわりのクリームパンの最後の一口を缶コーヒーで流し込み、コンビニ袋にゴミをまとめた。
「そうそう、例の『薄井メモ』ですが。社長がかなり乗り気でしてね。もしかしたら、社長賞もあるかもしれません」
「社長賞?」
「そ。ここ自体は零細企業だけどさ、うちって色々手広くやってるグループのうちの一社じゃん? 利益あげると、たまに本部から金一封が出るわけよ。それがいわゆる社長賞」
「久しぶりだよな、社長賞。ほんとに出たら、焼肉行こうよ。濁りっちは肉好き?」
「あ、はい。好きですけど…」
「よし、じゃあ決まりだ。いいっすよね、関川さん」
「もちろん。でもそろそろ……」
関川さんは資料の束をデスクに広げ、パンと手を叩いた。
「……お仕事に集中しましょうか」
△▼
「物事をどう伝えるか。『ものは言いよう』なんて言いますし、言葉選びをひとつ間違えるだけで、意図とは全く別の意味に捉えられてしまったり、そもそも話自体を聞いてすらもらえなくなってしまうことだってあります。相手によって態度を変えることなく、でも言葉はちゃんと選んで、自分の思ったままをきちんと話せる。これは大事なことですね」
本日回収分の資料をわたしのデスクに置き、天使の笑みを浮かべて上役の関川さんはこう告げた。
「そういうことが自然にできるというのは、その人のキャラクター、持ち味が大事な要素になります」
それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。
「だからこそ、一歩間違えばそれは『毒舌』と呼ばれることになります」
相手の気持ちを考えず、その場の空気も考えず、思ったことをそのまま口に出してしまう人がいる。悪意がなければそれは素直さという美徳になるが、度を超すとたちまちそれは毒舌となる。
「一度口から出た言葉は戻すことができません。たとえそれが真実であろうともね」
ゴクリと唾を飲み込む。
いよいよあの人の回収がやってきたのか。
上役の言葉だけでそれを察する。
今回のお客さんはごくごく平凡な中年女性。旦那さんの実家で義両親と同居し、専業主婦をつとめている。
愛嬌があって性格も明るいのだが、とにかく義両親との喧嘩が絶えないらしい。
わたしから見る限り、その原因の一つは彼女の余計なひとことにあると思う。
あの人も悪い人ではないんだけど……とにかく口が悪いし、悪いと思ってないからよけいに始末に負えないのだ。
妙に含みのある笑顔で手渡された今日の緊急用食料は、おからクッキー。なんだろう。さっきクリームパンと甘い缶コーヒーを飲んだから、糖質を気にかけてくれたのだろうか。まぁ美味しいしありがたいけど、これ、口の中の水分持っていかれるんだよな……
かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。
〜 お題はここまで 〜
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