第五話 お題『威厳はあるが軽薄な爺さん』



🍻


 報告書を読み終えた関川さんが、書類をファイルしながらにこやかに頷いた。


「ええ、知ってましたよ。市川美里さんは安藤真広さんのお嬢さんです。うちに借り入れにいらした時に美里さんご自身からそう聞きましたし、確認も取りました」


「なんで教えてくれないんですか……」


 つい恨みがましい言葉が出てしまう。だって、それを聞いた時本当に驚いたから。


「回収には不必要な情報と判断しました。親子とはいえ、離婚してすでに別世帯ですから。それに彼女は、必ず自力で返すとおっしゃっていましたし」


「だからって…」


「私は彼女を信じました。若さゆえの性急さや危なっかしさはありましたが、彼女の『友人を助けたい』と言う気持ちは本物でしたからね。その気持ち自体が少々傲慢ではありますが……それもまぁ、若気の至り。それに、君にもお願いしておいたでしょう。くれぐれも気をつけてあげるように、と」


 ……あれは、わたし自身の身に気をつけろ、と言う意味で捉えていたのだが。どうやら違ったらしい。



「若さとは往々にして、未熟さでもある。しかし人間は、誰しも平等に歳をとっていくものです……」



 天使の笑みを浮かべて上役はこう告げた。



「……人生経験を積み、他人の美点欠点を理解し、人としての器が大きくなっていく」



 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。



「……でも現実は必ずしもそうではありません。むしろ歳をとることで意固地がすぎたり、わがままになったり、威張り散らしたり」



 たしかに言うとおりだ。優しい老人がいる一方で『老害』をまき散らす者もいる。



「歳をとったからこそ魅力的になる、そんな歳の取り方をしたいものですね」 



 歳をとることはなんとなくネガティブにとらえられるものだ。


 外見だってそうだ。しわが増えたり、白髪になったり、髪が薄くなったり。


 だがそういうものを差し引いても魅力的な老人はいる。



 話が面白かったり、的確なアドバイスをくれたり、優しく怒ってくれたり。


 年月を重ねることでしか生まれない、ワインのように熟成した精神とでもいえばいいだろうか。 



「というわけで。はい、今日の緊急用食料。カルシウムをはじめ、各種ミネラル配合ですよ」


 手渡されたのは、乳酸菌クリームを挟んだ懐かしのビスケット。パッケージによれば、『おいしくてつよくなる』らしい。



(そうか、今日はあの人の集金日ってわけか)



 今日の回収先はまさにその老人。


 しかし熟成とは無縁の、なんとも軽薄な感じの爺さんなのだ。



 イベント企画会社を経営する彼は、洒落者で押し出しがよく、優秀でもあるらしい。また、若い頃はさぞや美男子であっただろうと思う。70歳を過ぎて体型も維持しており、上品な老紳士といったところ。黙っていればそれなりに貫禄もある。が、それは見た目だけ。


 フットワークが軽くいつまでも気が若い、と言えばそうなのだが、それ以上になんかまったく重みがない人なのだ。


 むしろ子供がえりでもしているような……




 かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。





 〜 お題はここまで 〜



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