第四話 お題『明るくて傍若無人なギャル』

🍻



「若さというものは、それだけで人を魅力的に見せるものです」


 天使の笑みを浮かべて上役はこう告げた。


「……時に無鉄砲、時に傍若無人、時に天衣無縫、それらは若さのもつ魅力といっていいでしょう」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。


「ですが、そこに自己顕示欲が絡みつくのも若さです。自己を必要以上に目立たせるため、奇抜な行動に出てしまう」


 ああ、それはなんか分かる気がする。

 なんとなく自分にも思い当たるふしがある。

 思い出したくもない学生時代の黒い歴史。

 頭がどうかしていた、としか思えない愚行の数々。


 かめはめ波の練習に始まり、手首にマジックで紋章を描いて包帯で隠してみたり、漫画雑誌の後ろに乗っている広告の重り入りリストバンドを嵌めて修行しているつもりになってみたり、テロリストや暴漢が侵入してきた際の戦闘シミュレーションを妄想してみたり、かっこいい響きのドイツ語やラテン語を調べてみたり、やたらと暗黒めいた設定の小説を書いては頓挫してみたり………幸い、どれも一人でこっそりやっていたことなので、誰にもバレてはいないはず。

 大人になって皆似たようなことをしていたと知った時には安心したが、ほんの少し、なんだか悔しい気持ちがしたものだ。黒歴史には違いないけれど、共有して安心したいんじゃない。人とは違う自分を気取っていた、自分だけの経験として秘めておきたかった……なんて思ってしまうあたり、わたしは今もまだ、黒歴史を刻んでいる途中なのかもしれない。気をつけなければ。


 わたしは無意識のうちに左手首を摩っていた。


「どうしました? 怪我ですか?」

「いえ……昔のことを、ちょっと…」


「……そう。まぁ誰にも過去はあるものです。もし話したくなったら、いつでも聞きますよ」

「ありがとうございます…」


 左手首の内側にマジックで紋章を描いた上に、包帯、その上にリストバンドを巻いていたせいで、蒸れてかぶれたのを思い出したのだった。

 あれは辛かった。痒みで人は狂えるのだと思うほど、辛かった。さらに、病院に行けと追い詰められ、紋章がバレるのが恥ずかしくてさらにマジックでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたら、学校でのいじめを疑われた。親に要らぬ心配をかけてしまったのも、辛かったなぁ……



「今回は特に気を付けてくださいね。若い女性はなにかと面倒なものですからね」


 わたしはゴクリと唾を飲み込みつつ、小さくうなずく。

 今回の相手はいわゆるギャルらしい。

 子供ではないけど大人でもない、一番厄介な年ごろだ。


「分かっているとは思いますが、相手は未成年だということをくれぐれも忘れずに」


 色恋沙汰になるとは思えないが、そもそもコミュケーションをとれる自信がない。 

 歳の近い人間が周りにいないせいか、女子生徒というだけでもつい身構えてしまう。

 それでなくとも最近の若人の考えていることなんてさっぱり分からないのに。

 ただでさえ女性に対する耐性が低く、初対面の女性と話すのは苦手だというのに。

 あの気さくな町井さんとでさえ、目を見て話せるまでに一週間かかったというのに。



 かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。




 ~お題ここまで~


🍻


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