H&H 2023 テーマ「ロープレ」

第一話 お題『幼少にして大黒柱の男の子』


「われわれの仕事を簡単に説明しますと……」


 天使の笑みを浮かべて上役はこう告げた。


「……貸したものは利子つけてちゃんと返してもらえ、に尽きます」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。


「だから、返してもらうまではくれぐれも手ぶらで戻ってこないように」



 ▽ ▲



 そう言われた入社初日。いきなり研修と称して、先輩の回収業務に同行させられたのには面食らったっけ。

 前職で精神を病み、長らくの引きこもり生活で貯金を食い潰したわたしは進退窮まってここに金を借りにきた、はずだった。なのに何故かスカウトされ、成り行きでそのまま就職。マニュアルなんて一切ない、スパルタ研修の日々を乗り切った。


 今日から晴れて独り立ち。単独での回収業務が始まる。

 仮採用から本採用となり、最初に借りた生活費の返済もここからスタート。つまりわたしは、回収人であると同時に返済人でもある。思ってもみなかった人生だ。



「どうしました?」

 上役の関川さんがにこやかに声をかけてくれた。紳士の佇まいを崩さぬこの人は、いつも穏やかで人当たりが柔らかい。


「いえ……その、感慨深いなぁ、と」


 当たり障りのなさそうな言葉でお茶を濁すと、関川さんは相変わらずの天使の笑みを浮かべて頷いた。


「一ヶ月、よく頑張りましたね。これからもよろしくお願いしますよ」


 激励の言葉と共に、ひと束の名刺を渡される。


「……濁沼にごりぬま れん?」

「はい。今日からそれが君の名前コードネームです。この仕事、本名だと色々危ないから」


「だから今までも下の名前だけで呼んでたでしょ。『レン』って」


 いきなり口を挟んできたのは、ひと月前にわたしが最初に付かせてもらった先輩だ。


「あ、町井さん、いつの間に。おはようございます」

「オス。今来たとこ。今日から単独?」

「はい。って、もしかして『町井まちい 留多るた』ってのも偽名なんですか?」

「そ。偽名ってか、あたしの場合は芸名に近いかな。『マチルダ』って名前でダンサーもやってるんだ。あたし的にはそっちが本業のつもり」


「ああ、それで……」


 町井さん、誰を彷彿とさせると思ってたんだ。『マチルダ』と聞いて腑に落ちた。

 小柄な痩せぎすでショートボブヘア。チャーム付きのチョーカーに、ホットパンツ。とある古い映画のヒロイン役に似ている。



「で、なんでわたしは『ニゴリヌマ』なんでしょう」


「ああ。君、語尾を濁す癖があるみたいだから」


 ─── ザックリ。今なんか、ザックリいかれた。関川さん、天使の笑みで悪魔の斬撃……


「見た目にはこれといった特徴ナイしね」


 ─── ザックリ、再び。町井さん、悪気もないけど容赦もない……



「さ、そういうわけで……ハイ、これ」


 関川さんがデスクの上に聳え立つチュッパチャプスタワー(120本入り)から棒付きキャンディを一掴み抜き取り、わたしの上着の胸ポケットに挿し込む。


「今日もお仕事頑張って」


 目の奥に悪魔の炎をちらつかせて。


「返してもらうまでは手ぶらで戻ってこないように」




 そう。貸したものを返してもらう。

 わたしの仕事を簡単に説明するならそういうことだ。


 実にシンプルな商売。

 素直に返してくれる相手ばかりなら、こんなに良い仕事はないくらいだ。


 だがもちろんそんな相手ばかりではない。

 それどころか海千山千の猛者……もとい、顧客がたくさんいるのだ。


(いつの間にか胃薬が手放せなくなったな……)

 ガリリと錠剤をかみ砕いて飲み込み、青空をにらみつける。


 今日の交渉先はなんと男の子。

 しかも幼い弟妹を抱え、親の面倒まで見ているしっかり者。

 確かにいい子なんだけど……それだけに厄介な相手なのだ。

 

 かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。


   ☆



~お題ここまで~


 今回はキャラメイクに主眼を置くということで、普段やりがちなトンデモ展開や不思議設定を封印。地に足のついた人間ドラマを目指します。

 できるかどうかはわかりませんが、目指すのは自由ですから。ですよね? ね?


🍻

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