誤回答【今日は何の記念日?】まさかのサイコホラー編
※※ 書き始めたらいつの間にかサイコホラー風になってしまったため、一度は没としたのですが、せっかく書いたのでこちらも掲載致します。本家には載せず、ここだけでこっそりと……(シー) ※※
🍻
「さ、行きましょ! 私、お弁当作ってきたんですよ♪ 早起きして、気合い入れて」
彼女は手を伸ばし、僕のシャツの裾を摘んだ。
ゆったりとした薄手のワンピースの長袖が、小柄な彼女の手を半分ほど覆っている。いわゆる、萌え袖というやつだ。
シャツの裾を引っ張られて、僕は情けない格好で彼女の後に着いて歩き出す。
その手を握ろうとしたけれど、寸前で手を離されてしまった。
彼女はくるりと振り向き、悪戯っぽい眼差しで微笑んだ。
か、かわいい………
「久しぶりのデートなんだからさ、もっとゆっくり……」
彼女はそんな僕の言葉を無視して、どんどん歩いて行く。彼女、いつもこんなに早歩きだったかな?
「ねえ、僕との特別な日って、なんだっけ。さっきから考えてるけど、思い出せないんだ」
先を歩いている彼女はまた振り向いて、「ナイショ♪」と可愛らしく言ったかと思うと、不意に駆け出した。
「ま、待って」
慌てて追いかける。
「私、ボートに乗りたい。さっき見たら結構空いてたし、二人っきりになれますよ」
半ば振り向く形で微笑みかけながら、彼女はふわふわと走っていく。雲の上を走るみたいに。こんなに足が速いとは、知らなかった。
ワンピースの裾が揺れて、天使みたいだ。いつものクールな彼女も素敵だけど、こんな風に気まぐれな彼女もまた………かわいい。
……なんだか、妙に体がだるい。彼女の作ってくれたお弁当が美味しすぎて、食べ過ぎてしまったかもしれない。それとも、ボートの揺れのせいだろうか。水族館へ行く前に、少し休憩した方がいいかもしれない。
彼女が、ボートを漕いでいる。無言のまま静かに、意外にも力強く。
「ここなら誰にも見えないね」
ゆっくりと首を巡らせて周囲を見渡す。木々の陰になっていて、ちょっとした死角になっている場所だ。
「二人っきりになれますよ」さっき彼女はそう言った。だから僕は正直、ちょっと期待していた。見かけの割に、結構大胆なんだなって。期待のあまりか、少し頭がぼうっとしてきた。夢見心地とは、こういうのを言うのだろうか。
目の前の彼女は、うっすらと微笑んでいる。片方の口角を吊り上げ、目に冷たい光を湛えて。
……って、え?
見間違えだろうか。彼女の表情は、少なくとも好意を持った相手に向けられるものではない、ように見えた。
ゴトン、と音がする。何か重いものを、堅いところに打ち付けたみたいな。そして何故か、僕の視界いっぱいに青空が広がっている………
俺はボートの底に力なく横たわった男を見下ろしながら、被っていたウィッグを外した。男の目が驚愕に見開かれるが、その表情は弛緩している。弁当に仕込んだ薬は上手く効いているみたいだ。
待ち合わせの時、やけにジロジロ見てきたから、バレたのかと焦った。
でもそうじゃなかった。こいつはやっぱり姉ちゃんの上っ面しか見ていない、クソ野郎だ。いくら普段と違う服装でフルメイクしているとはいえ、弟の 俺 が女装していることに気づかないなんて。
男はあわあわと何か言っているが、聞き取れない。筋肉を弛緩させる薬の作用が、舌にまで及んだのだ。
涙と鼻水を流しながらモゴモゴと口を歪めている様は、醜悪の一言に尽きる。
さっき手を握られそうになった時には、心底ゾッとしたものだ。思わず一瞬睨みつけてしまった。
「何が『久しぶりのデート』だ、姉ちゃんにしつこく付き纏いやがって。姉ちゃんがお前にメールなんてするわけないだろ。俺がなりすまして送ったんだよ」
男は呻きながら、ゆるゆると首を振った。ひゅうひゅうと喉が鳴っている。俺よりだいぶ背の高い男ではあるが、薬で身体の自由を奪ってしまえばこっちのものだ。
「姉ちゃんが味わった苦しみを味わいながら、お前は今日、ここに沈むんだ。水族館なんてもったいない。お前なんて、この汚い池がお似合いだ」
この男のせいで、姉は精神を病んだ。
部屋から出られなくなって、寝ても覚めてもフラッシュバックに悩まされて。俺の顔を見ただけでも、怯えて叫び暴れるほどになってしまった。今じゃ閉鎖病棟に入院して、面会さえも許されない。
だが、そんなこと、この男には教えてやらない。姉の人生に影響を与えたなどと、ほんのわずかでも満足させたくない。
俺は男の脇の下に手を差し入れ、重たい体を持ち上げた。
グエッ、グエッと男は鳴くが、周りには誰もいない。
ボートの淵に上体を凭せ掛け、男の両足を抱えた。
「いい記念日になっただろ、くそストーカー野郎」
ボチャン、と重い水音を立てたきり。
暴れることも叶わずに、男はあっけなく緑色の池の水に沈んだ。
この薬は身体の自由を奪うが、感覚は残されたままだ。せいぜい苦しむがいい。
しばらくぶくぶくと泡が浮いてきたが、それもやがて消えた。
俺は、着ていたぶかぶかのワンピースを頭から脱いで丸めた。顔をゴシゴシ拭ってファンデーションや口紅を落とすと、パンツのポケットに入れておいたビニール袋へウィッグと共にそれを詰め、固く口を縛った。ボートを乗り捨てた後、帰り道のどこかで捨てればいい。
「姉ちゃん、あいつは俺がやっつけた。だから今度こそ………俺を、受け入れてくれるよね?」
悦びが身体を貫く。歓喜に口の端がつり上がる。
(今、迎えにいくよ。おねえちゃん……)
再びオールを取り、俺はゆっくりとボートを漕ぎ出した。
おわり🍻
(注)このお話の「関川さん」は、あの関川さまとは別人です。そういうことにしておいてください。
あと、「二択」も全然関係なくなっちゃってますね……
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