熱に溺れる
R18BL | ユキ×晃
学校という名のこの監獄には、面会日と呼ばれる日が存在する。それは通常の刑務所と同じように外から生徒の家族や知り合いが面会に来る日のことで、その日一日は授業もなく教師たちの立会いのもとで限りなく自由に面会が行われる。もちろん敷地内に入るまでには書類の提出や身体検査などの手続きが必要だが、久しぶりに我が子や友人に会うため面会日にはいつも多くの人がこの学園を訪れた。
最初は外部の人間を学園内に立ち入らせることに難色を示す意見もあったが、面会日が近くなると生徒たちの素行がよくなり精神的にも安定するというデータが提示されてからは定期的に面会日が設定されるようになった。しかし生徒たちの中には、少なからず例外もいた。
ユキはその例外の一人だった。ユキにユキであることを求めた母親は仕事が忙しいという理由で、ユキをここに連れて来た父親は警察幹部である自分がここを訪れると色々と面倒だからという理由で一昨年も去年も一度として面会に訪れることはなかった。もちろん最終学年である今年だって、顔を見せるつもりはないのだろう。まあ今更会いに来られたとしても迷惑なだけだ。
「あっくん傷だらけだねえ」
「お前のせいだろ」
そしてもう一人の例外が、馬乗りになったユキに指で傷痕をなぞられ不快そうに顔を歪めている晃だった。晃は自分の話をほとんどしない。というより、無駄な話をすることを好まないタイプの様だった。そんな彼が特に固く口を閉ざすのが家族に関する話で、教員に実の兄がいるということ以外は彼の生い立ちも家族構成も謎に包まれている。
別に本人が言いたくないのであれば無理に聞き出すことでもないというのが普段よく話すことのあるユキやチカのスタンスだったが、実兄が教員をやっているという情報がどこからか漏れ出したときにはそれについてからかってくる生徒もいた。晃が地下の反省室に入れられるまでその相手をボコボコにしてからは、そんな馬鹿もいなくなったが。
「いい加減これ取れよ」
「え、だってあっくん縛られてたほうが興奮するんじゃ……」
「しねーよ!」
「でももう勃ってるよ」
「それはお前が、」
「ユキがなあに?」
なにも知りませんといった顔でユキが小首を傾げると、晃が顔を真っ赤にして口ごもる。こうやってユキにからかわれるたびに睨み付けてくるが、その行為自体がユキを煽っていることにそろそろ気が付くべきだ。腕をネクタイで縛られベッドヘッドボードに固定された晃。力を込めれば簡単にほどけてしまうようにユキがそれを結んでいることくらい、彼だって気が付いている。それでも晃が自らその拘束を解くことはなく、それについてユキが言及することもなかった。
今年に入って何度目かの面会日だった今日も、ユキと晃を訪れる者はおらず彼らはいつものように体育館でボロボロになるまで拳を交えていた。それは晃が入学して最初の面会日から始まったもので、最初は二人そろって反省室送りになるほどひどいものだった。しかしあの日以来必ず面会日には体育館で気が済むまで殴り合い、そのあと昂ぶった神経を抑え込むように肌を合わせるようになった。
「……っ、」
睨み付けてくる晃の頬についた切り傷――確かこれはユキのヒールが掠ってついたものだ――に唇を寄せ、そのままカッターシャツのボタンを外しながら首筋、鎖骨の順にゆっくりキスを落としていく。こんなことを口に出せばまた怒られるのだろうが、二歳年下の晃の身体はまだ華奢で、体育の授業と実習以外に外に出る機会がないこともありあまり日にも焼けていない。その割に身体に傷が多いのは三分の一くらいユキのせいかもしれない。いや、もしかすると半分かも。
シャツの前を開いたその手でそのまま晃のベルトを外し、スラックスのチャックをおろすと下着ごと膝の辺りまでそれをずり下げる。突然敏感なそこを外気に晒され僅かに身を捩った晃に覆いかぶさるようにして深く口付けると、それに応えるように晃の舌がユキの歯列をなぞった。舌を入れれば思いっきり噛まれて隙あらば締め落としてやろうという姿勢が丸分かりだった最初の頃から考えると涙が出そうになるほど素直だ。
角度を変えて何度も口付け晃の口内を貪りながら片手でゆるゆると晃のモノを扱くと、手の中のそれがだんだんと硬さを増していくのが分かる。ゆっくりと身体を起こし名残惜しそうに二人の間を繋ぐ銀色の糸をペロリと舐めたユキは、ベッドサイドに置いてあった小さなボトルからぬるりとした液体を出すとそれを晃のモノを弄っていた手に出しそのまま晃の後孔へと手を伸ばした。
「っ、ぁ、」
火照った身体とは対照的な液体の冷たさと見た目にそぐわず骨ばったユキの指が孔内を刺激する直接的な感覚に、晃の口から小さく声が漏れる。同時にじわりと先走りの滲んだ晃のその先端をユキがチュッと音を立てて吸い上げると、晃の身体が大きく震えた。
「挿れていい?」
「その恰好、嫌、だ、っぁ、」
目に生理的な涙を浮かべながらユキを見上げる晃にユキは「ごめん忘れてた」と笑いながら豪快にスカートとニーハイを脱ぎ、胸元のボタンをいくつか外したあとそれも面倒だという風に乱雑にカッターシャツを脱ぎ捨てた。
晃はユキのことが嫌いだ。いや、正しく言うとユキが女のような恰好をし、ユキと名乗っていることが気に食わないらしかった。過去になにがあったのかは知らないが、晃は女が苦手なようで最初に闘技場で顔を合わせたときの表情はひどいものだった(本人曰く吐きそうだったらしい。こんなに可愛い相手を目の前にして失礼な話である)。そのうえユキがまだ幸介と名乗っていた頃のことを知っているらしく、一度手合せしてからは頑なにユキのことを幸介と呼んだ。
あ くまで伊波ユキとしてここへ入学してきた身としては迷惑極まりないが、ユキは自分のことを幸介と呼びどこかその幸介に憧れのような思いを抱いている晃のことが嫌いではなかった。むしろ、臆することも厭うこともなく幸介に真っ直ぐぶつかってくる晃に好意を抱いてすらいた。あれだけ嫌った自分自身なのに、晃が追うその背中は随分と眩しく見えるのだ。
「あっくん、」
「さっさと、挿れ……っ、あ!」
快感に耐えようと身体を丸めたせいで手首にネクタイが食い込むのを見て、拘束していた手首を解放してから晃のモノと自身のモノを一緒に握り込んで腰を揺らせば零れ出る声を抑えるために晃が手の甲を噛んだ。
「あっくん傷になっちゃう」
「も、傷、お前が、っん、」
口元にあった手を絡め取り歯型の跡にそっと唇を寄せ、完全に勃ち上がった自身のそれを晃の後孔に宛がいゆっくり腰を押し進めていく。
「我慢しないで声出しなよ」
「ひ、ああっ、や、」
「……っ、ちょ、あっくん、キツ……!」
片手を繋いだまま空いた方の手を晃の腰に添え息を吐きながら晃の中に自身を沈めていけば、晃の腕がぎゅっとユキの首元に回される。可愛い。思わずそう口に出しそうになって、ユキは慌てて晃の首筋をかぷりと噛んだ。
ユキがゆるゆると腰を揺らし始めると、晃がユキに抱き付く腕にも力が入る。これまでになく素直な晃の様子に、ユキは顔が綻ぶのを隠しきれずにもう一度深く口付けた。
「あっ、んっ……あっ、あっ!」
切なげに漏れる声と涙に濡れた晃の瞳に、快感とは別のなにかがゾクリとユキの心をかき乱す。このままお互いあっさりと達してしまうのはどうにもつまらなくて、ユキは晃の手を縫い止めていたほうの手でユキの下腹部を押し上げていたソレを掴むとその根元を指でキュッと締めた。
「な、ん……で、」
目を見開いてユキを見上げる晃に微笑みながらも、腰の動きは止めようとしない。そのまま少し腰を持ち上げるようにして奥に腰を打ち付けると、手の中でドクドクと脈打つソレがひときわ熱を持った気がした。
「あっくん、ユキのこと好き?」
「こ、んなとき……に、なに言っ、んあっ!」
それは単なる出来心から発せられた言葉だった。いくら身体を重ねても、どれだけ一緒に過ごしても晃は一度も「好き」だとかそういう類の言葉を口にしたことがなかった。
「ねえ」
「やっ、くっ……ぁ、」
「晃」
「っ!……好き、好きだ、こーすけ、すき、だから、ぁっ!」
自分に縋り付くようにしてそう言う晃に、ユキは得も言われぬ快感を覚えた。
「いい子だね、晃」
「あっ、ああ、っや、っ!」
目尻から零れた涙に唇を寄せ、快楽を抑えていた手を離して先程までよりも強く腰を打ち付ける。時折下の辺りを擦るように角度を変えれば、ユキを締め付ける力が強くなる。浅い呼吸の音と喘ぎ声、そして素肌同士がぶつかり合う音が室内に響き、晃の上に倒れ込むようにしてユキが吐精したのと同じく晃の身体が大きく震えその腹部に白い精が散った。
気怠い空気が残る部屋。ユキがぼんやりと目を覚ますと、なにかが自分の頭に触れていることに気付いた。晃と向かい合って抱き合うようにして眠っていたことから考えられることといえばその手の主が晃だということぐらいで。おずおずと自分の髪を梳く晃の手の動きが面白くて、ユキは目を瞑ったまま眠ったふりを続けた。
「……好きだ」
零れ落ちたその言葉に、ユキは思わず目を開けそうになるのをなんとか思いとどまる。掠れた声で告げられたそれは昨日半ば無理やり口にさせた言葉と同じ内容であるのにも関わらず、昨日のそれよりもずっと温かくじわりとユキの心に染み込んでいく。
「好きだよ、幸介」
普段の刺々しい様子とは別人のような晃の声色がむず痒く身じろぎをしたユキに、晃がびくっと髪を梳く手を止めるのが分かった。笑い出しそうなのを我慢しながら眠ったふりを続けると、晃は安心したように小さく息を吐いてユキの肩に腕を回した。どうやらもう一度眠ることにしたらしい。
次に目を覚ましたときには、必ず伝えよう。ユキも晃のことが好きだと。大好きだと。きっときみは顔を真っ赤にして、もしかしたら怒るかもしれないけれど。
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