第2話 ユキと幸介

【児童虐待・いじめの表現があるのでフラッシュバックにご注意ください】

 


 女の子としての生活を強いられるようになった幸介を待ちうけていたのは、周囲からの好奇の視線と根も葉もない噂話だった。

 元々あまり身体の大きい方ではなかった幸介は、初等部の同級生たちから「オカマ」や「女男」などのからかいの声を受け続けながら六年間女子の制服に身を包んで学び舎へと足を運んだ。

 本当は学校なんて行きたくなかった。しかし家に帰れば彼を待っているのは幸としての息苦しい生活で、どんなにからかわれても幸介として過ごすことのできる学校の方が、少しだけ気楽だったのだ。

 そんな幸介が中等部へと上がったとき学校側から「男子生徒用の制服を着用するように」との連絡がきて、彼は心の底から喜んだ。しかしそんな幸介を連れて学校を訪れた母は一言、こう言ったのだ。


「うちの子は性同一障害で、心は女の子なんです。どうか女子の制服着用を許可していただけませんか」


 それでもなお返事を渋る学校側に、母は言った。


「もし許可していただけるならば、それなりのお礼はさせて頂くつもりです」


 そうして母親は幸介の通う学校の制服を新たに無償でデザインし、さらに生徒全員にそれをプレゼントした。名の売れたデザイナーである幸介の母がデザインした制服となれば、学校の評価はあがり多少なりとも受験者数にも影響してくる。一人の男子生徒に特例を認めるだけでそれが手に入るのだから、学校側に拒否する理由など無かった。

 勿論幸介が手渡されたのは可愛らしいデザインのセーラー服だった。嬉しそうに微笑みながらセーラー服を身に付けた幸介の髪を撫でる母の手を振り払うこともできず、幸介はその夜鏡に映った自分を見て嘔吐した。


 中等部での生活は、初等部よりもはるかに辛く厳しいものだった。自我が芽生え始める年頃の子供たちの中で異端な存在は否応なしに攻撃の対象となる。学校側から「女子生徒」として扱われるようになり、名簿の名前も「伊波幸介」から「伊波幸」へと変更されたのだが、エスカレーター式の学校ではそれが裏目に出てしまったらしい。幸介の同級生たちは、突然女になった彼をからかうだけでは物足りず、虐めの標的として選んだのだ。


 悪口や無視から始まった虐めは閉鎖的な学校と言う空間の中でどんどんエスカレートしていき、気付けば教科書が無くなり体操服はカッターで切り刻まれるようになっていた。

 それでも幸介は毎日学校へと通った。彼はとにかくあの家に居たくなかった。自分に料理や裁縫を教え込み、上手く出来なければ物凄い形相で手を上げる母親から少しでも離れたかったし、二次性徴が始まりひょろりと伸びた自分の手足を憎々しげに見つめる彼女の視線から、逃れたかったのだ。

 しかし、医者の息子や地元企業の社長娘など恵まれた家庭の出身の子供たちが多く通っていたせいか、この学校の生徒たちの多くは刺激の無い生活に退屈していた。そして、公立の中学校に通っている子供たちよりも少しませた彼らが次に幸介に求めたのは、彼らのおもちゃとしての役割だった。


 最初は軽い暴力。廊下や教室ですれ違うたびに、誰かが幸介の足を引っ掛けてきたり、身体をぶつけてきたり。それは数日の内に集団での暴力へと変わっていった。

 休み時間、教師がいないことを確認した男子生徒たちが幸介を羽交い絞めにし、傷をつけてもばれないところに攻撃を加える。彼の母親によって整えられた艶やかな黒髪を掴んで地面に引き倒しながら、同級生たちはいつも楽しそうに笑っていた。

 それはなにも男子生徒だけではない。時には女子生徒も一緒になって幸介にバケツの水を浴びせ、スカートを脱がされてしゃがみ込む彼の写真を撮っては学校の裏サイトで晒し者にした。いつしか幸介の存在は学校中の人間に知られるようになり、それと比例するように教師たちは面倒事を避けるために彼から目を背けるようになっていった。

 毎日ボロボロになった姿を母親に見られないように家へ帰り、彼女が帰って来る前にシャワーを浴びて洗濯を終える。そして用意された可愛らしい服に身を包み、ピンク色で統一された部屋で静かに宿題を終わらせながら母の帰りを待つ。そんな生活の繰り返し。そんな毎日をあっけなく壊したのは、やはり父親だった。


 重い身体を引き摺るようにしながらオートロックの解除をして広い家の中へ足を踏み入れる。


「ただいま」

「ああ幸介……どうしたんだいそんな恰好をして」


 返事があることなど予想していなかった幸介がびくりと顔を上げると、そこにはワインを片手に本を読む父親の姿があった。珍しい。父が家に帰ってくるのは大体夜中か明け方が多いのに。そんなことを思いながら「ただいま帰りました」と小さく頭を下げてリビングを通り過ぎて自室へと向かう。

 父にこんな姿を見られてしまった。ただでさえ疲れているというのに。ドア向こうに広がるピンク色の世界に溜め息を吐いて鞄を置くと、コンコンというノックの音が聞こえ閉めたはずの扉がガチャリと音を立てて開いた。


「お前にそんな趣味があるとは知らなかったなあ」


 品定めをするように目を細め幸介の部屋へ入って来る父親に居心地の悪さを感じつつも、「いえ、母さんが」と小さく呟けば、返って来たのは「ふうん」というさして興味も無さそうな声。どうでもいいなら早く出て行ってくれないだろうかと幸介が父を見上げると、彼は上から下まで舐めるように幸介を見つめるとニコリと微笑んで幸介の方へと近付いて来た。


「そうしていると若い頃の母さんにそっくりだね」


 耳元で囁くようにそう言う父のきついアルコールの臭いを纏った生暖かい息に、幸介はぞわりと悪寒が奔るのを感じて思わず身を引こうとした。しかしその背中にはすでに父親の逞しい腕が回されていて。

 床に転がってじわじわと絨毯に赤い染みを作るワインのボトルを見て、幸介は本能的に感じた。「今すぐにここから逃げなければいけない」と。


「幸介」


 そんな幸介の動きを一瞬で止める、父の威圧的な声。幸介は父のこの声が苦手だった。母を嬲り、自分を殴りつけるときに父が発するこの声を、幸介は恐れていた。


「お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい、」

「どうして謝るんだ。父さんに謝らなくてはいけないようなことをしたのかい?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、」


 幸介の細い身体を父の大きな熱い掌が遠慮なく這っていく。背中から腰、腰から臀部。


「幸介」


 耳元で響くそんな低い声に、幸介の身体が大きく震える。それを見た父親はフンッと鼻で笑うと、セーラー服のスカートの中をまさぐりながらもう片方の手で幸介のセーラー服のリボンをするりと解いた。


「なんだ、一応ついているものはついているんだね」


 ボクサータイプの下着の上からぐっと大切な部分を握られて、幸介の膝が震える。その間にも父の手はセーラー服のシャツを捲りあげ、彼はアルコールで火照った舌を冷やすようにその白い体躯を舐め上げた。


「どうせなら娘がいいと思っていたが……幸介、お前ならば関係なさそうだ」

「父さん、やめ、やめてっ……!」


 半ば悲鳴のような幸介の声を無視し、父は昔より随分大きくなったはずの幸介の身体を軽々と担ぎ上げて浴室へと向かう。


「大人しくしていなさい。でないと怪我をするよ」


 片手で幸介を担いだままセーラー服のシャツを剥ぎ取った父は、ガラス張りの浴室の扉を開けるとシャワーヘッドを外しホースの状態にしてからお湯を出し、それを幸介の後孔へ押し込んだ。温かいお湯が勢いよく体内へと流れ込んでくるのと共に感じる、内臓を圧迫するようなそんな感覚。


「っあ、」


 腹部からせり上がってくる鈍い痛みに顔を顰めた幸介から父がホースの先端を引き抜くと、体内に溜まっていた水がだらだらと流れて行くのが分かる。真っ白なタイルを流れる汚れたお湯を見て、父は「汚いね」と嬉しそうに笑った。

 二、三度それを繰り返されるうちに幸介の身体からは力が抜けきり、最後にホースを抜かれた後は赤子のように浴室のタイルの上で這いつくばることしか出来なくなっていた。シャツを脱がされ、紺色のスカートと白いソックスだけどいう姿でシャワーの水に濡れる幸介は、その身体の未完成さも相まって扇情的な雰囲気を醸し出している。そんな幸介を見下ろした父は湿ったスラックスと下着を脱ぎ去ると幸介の白い柔肌に自身を擦り付け始めた。


「っ、あ、や、」


 自分のものよりもはるかに大きなものがどんどんと硬さを増して行くのを間近で見せられて、幸介は恐怖に顔を歪ませながら逃げ出そうと腕を伸ばす。しかし立つことすら儘ならない状態でそう簡単に逃げ出せるはずもなく、父は幸介の腰を片手で抱えるとその小さな穴に太い指を差し込んだ。


「痛ッ、あっ、痛い!やだ、やめて!」


 今まで排泄にしか使ったことのない器官を無理矢理こじ開けるようにして動く太い指に、幸介の目から大粒の涙が零れた。今まで学校でどれだけ虐めを受けても、一度も泣かなかったのに。痛みが、想像のできない恐怖が、幸介を蝕んでいく。


「ごめんなさい、やめて、お願い……っあ、します……っ!」


 どれだけそう懇願しても、父はその行為をやめようとしない。それどころか、乱暴に押し広げられた穴に入れられた指の数が二本、三本と増やされ、幸介は身体を引き裂くような痛みに半ば悲鳴のような叫び声をあげた。


「これぐらいで充分かな」


 じんじんと脈打つような痛みに倒れそうになる幸介。きっとそこで倒れてしまうことができたら、意識を失ってしまえたら楽だったのだろう。力の入らない身体を引き起こす大きな手と、臀部に感じるどろりとした冷たい感触。それを谷間に擦り付けるように肌に塗りこんでから、父はそそり立った自身を幸介へとあてがい、押し入るようにゆっくりと腰を進めた。


「……っ!!」


 今までとは段違いの圧迫感と、裂けてしまうのではないかと思うほど強烈な痛み。父の性器が自分の中へと差し込まれたのだと気付いても、あまりの痛みで声すら上げられない。

 幸介だって、全くこういった知識が無いわけではなかった。むしろ幸か不幸か同じ年頃の子供たちよりかは理解していたと思う。しかし、それはあくまで男女の営みに関しての話で、まさか自分が犯されることがあるとは思ってもみなかったのだ。

 父が乱暴に腰を進めるたびに、幸介の目から涙が零れる。しかし同時に父の太い男根は幸介の内部の敏感な部分を強く圧迫し、彼の陰茎はゆるゆると反応し始めていた。怖い、痛い、気持ち悪い。ガラスの向こうの鏡に映った自分を見た幸介は、獣のメスのように犯されている自身の姿に恐怖し、吐き気を覚えた。


「っ、幸介、力を抜いて」


 切羽詰ったような父の声が、段々と遠くなる。ああ、自分は死んでしまうのだろうか。温かい何かが体内で解き放たれるのを感じながら、幸介は静かに意識を手放した。


 次に目覚めたとき、幸介は可愛らしいピンク色のパジャマに身を包み自室のベッドに横たわっていた。いつもと変わらぬ風景にもしかしてあれは悪い夢だったのではないかと思ってみても、今まで感じたことのない身体の痛みがそれを否定する。

 痛む身体を無理矢理起こしてみれば、枕元置かれた真っ新なセーラー服が目に入った。ああ、やっぱり自分は女になるしかないのだ。父に組み敷かれて叫ぶ自分の姿への既視感は、昔見た母の姿だった。


 父に犯された翌日、ショックのためか発熱した幸介は生まれて初めて学校を休んだ。そしてその翌日、真新しいセーラー服に身を包んで登校してきた幸介を見て、誰もが目を見張った。

 一見すると、何も変わりはないのだ。セーラー服からひょろりと覗く細長い手足に、女子とは違う固い身体。しかし、その日の幸介は独特の雰囲気を纏っていた。触ったら壊れてしまいそうなぐらい危うく、同時に触れるもの全てを切り裂いてしまいそうなぐらい鋭いその空気は、幸介を虐めていたうちの何人かを畏怖させ、同時に何人かを刺激した。


「おい、聞いてんのかよ!」


 その日の幸介に恐れを抱かなかった者が抱いたのは、純粋な好奇心と少しの性的興奮だった。触れれば壊れてしまいそうな美しさになんとも言えない色っぽさが加わった幸介の艶やかな黒髪と伏し目がちな灰色の瞳は、年頃の少年たちを刺激するには十分すぎるものだったのだ。


「お前さ、今日どうしたわけ? やっぱマジで女になったんじゃねーの?」


 勢いよく押されて校舎の壁に肩をぶつけ顔を歪める幸介を見て、男子生徒たちがゴクリと唾を呑む。そしてその中でもリーダー格の少年が幸介のセーラー服に手を掛けたとき、それは起こった。


「っ…………!」


 伸ばされた手を払いのけた幸介の手が、そのまま勢いよく相手の頬にめり込んだのだ。まさか反撃されるとは思っていなかった相手の少年の身体は面白いほど簡単に倒れ、取り巻きの連中がわらわらと少年の元に集まっていく。


「てめえ、何を、」

「汚え手で触ってんじゃねえよカスが」

「っ、ああ!?」


 低い声で告げられた言葉に立ち上がろうとした少年の顔面を、幸介の美しい足が薙ぎ払う。セーラー服のリボンをするすると解きながら近寄って来る幸介に、取り巻きの生徒たちはリーダー各の少年が鼻血を流してのたうち回っていることも気にせず後ずさりをし始める。


「あ、ああ、やめろ、やめてくれ、俺が悪かった、だから!」


 血塗れの顔を押さえて懇願する少年を冷たく見下ろしてからもう一度その腹に蹴りを入れると、彼はあっさりと意識を失った。

 なんだ、こんな相手にやりたい放題やられていたのか自分は。その後ろで腰を抜かしている生徒の怯えた顔が父に犯されているときの自分と重なり、幸介はチッと舌打ちをするとその少年の前髪を掴み上げた。


「ご、ごめんなさ、」

「うるせーよ!」


 涙目で謝罪の言葉を口にする少年の額に、自身の額を叩きつければ鮮血が舞う。


「弱い奴が悪いんだよな」


 ならば力で相手を圧倒してしまえばいいのだ。父が自分に、母にそうしたように。逆らう気持ちがなくなるまで痛めつけてしまえばいいんだ。

 目の前で慌てふためく同級生たちの顔に浮かぶのは明らかな恐怖の色。その情けない表情と幸介を見る怯えた視線に、幸介はザワリと心臓が騒ぐのを感じた。

 ああ、これが強者の気分か。幸介は自然と上がる口端を隠すようにペロリと自分の唇を舐め、残りの生徒たちを片付けるために地面を蹴った。居場所が無いなら作ればいい。刃向うやつはねじ伏せればいい。

 ああそうだ、世界はいつも強者に優しいのだから。

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