第23話
ゴールデンウィーク。それは4月末から5月初旬の間に祝日が連続する大型連休のことだ。何連休するかは年によって違ってくるが、今年は9日間も休日が続くという。まさに黄金週間。この事実は多くの学生を喜ばせた。
実際、教室で耳をすませているとあちこちから浮ついた会話が聞こえてきた。発売されたばかりのゲームをクリアするまでぶっ続けでやりまくるだの、バイトして貯めたお金で南国へ行きバカンスを楽しむだの、彼女と家でイチャイチャして互いの愛を確かめ合うだの、大好きなアーティストの全国ツアーを観に行くだの……。
もちろん中にはこの大型連休を喜べない者もいた。全国大会を目指している部活に所属している者。何故か休みをシフトに組み込んでもらえなかったアルバイター。将来を有望なものにするために四六時中塾で勉学を励む者などなど。
そんな春の大型連休が始まるまで残り1日を切った本日、俺は人の少なくなった教室で伊藤とゴールデンウィークの予定について話していた。
「で、海野君はゴールデンウィークの予定って決まったの?」
「決まってないんだな、これが。伊藤は?……って訊くまでもないか」
「うん、彼女と家でイチャイチャしてお互いの愛を確かめ合う所存だよ」
「お前らほんと仲良しだな」
デレデレとゆるみきった笑顔で照れる伊藤に心の底から感心する。つーか『家でイチャイチャしてお互いの愛を確かめ合う』って具体的に何をするのだろうか?詳細を訊ねてみたいという気持ちが込み上げて来たが、仲睦まじい男女のあれこれに深く入り込むのは失礼に値すると思ったので、グッと堪えた。
「ま、せいぜい仲良くするがいいさ」
「ありがとう。海野君も素敵なゴールデンウィークを過ごせるといいね。去年は何をしていたの?」
「ずーっと読書。不眠不休で読書してた」
「おおっ、それは凄いね」
常人ならドン引きしてもおかしくない連休の過ごし方だが、伊藤は純粋に凄いと言ってくれるので嬉しい。とはいえ今年もその過ごし方で行くのかと問われたら、首をどっちに振ればいいのか迷うというのが正直な気持ちだ。当然、大好きな読書はしまくりたいが、なんだか不健康じゃないか。去年の黄金週間は本当にずっと読書をしていた。風呂にも入らずに飯も水も腹に入れずに目で字を追っていた日もあった。いくらなんでもそれは流石にまずい。
だからといって他にやりたいことが思い浮かばない。でもせっかくの大型連休だ。どうせなら普段やらないことをやってみたい。
「…………」
ゲーム。旅行。恋愛。ライブ。部活。アルバイト。猛勉。やろうと思えば出来るもの。やろうと思っても出来ないもの。そもそもやりたくないもの。
「うーん、答えが出ない」
「それだったらいっそのこと何もしなければいいんじゃない?だって休日なんだもん。何もしないをしまくって、体を休めて、心を空っぽにして、そうしたらやりたいことが自然と浮かび上がってくるかもしれないよ」
「何もしないをしまくる……おお!それいいかもな!目から鱗が落ちたよ」
休む日と書いて休日。だったら休んでやろうじゃないの。とことん休んでやろうじゃないか!いやになるまで休んでやる!よし、そうと決まれば早速帰宅して休もう!
俺は伊藤にお礼を言って大急ぎで家に帰った。
そんなこんなで午後8時。宿題も飯も風呂も済ませて後は寝るだけとなった俺は、意気揚々と布団に潜り、目を閉じた。
が、眠気が訪れる気配は一向にない。それどころか目が勝手に開いてしまう。いつもなら気にも留めない心臓の音がうるさい。時計の秒針の音が酷く耳障りで、素肌に触れるシャツがやけにくすぐったい。口内の舌の位置が定まらなくて、覆い被さる掛け布団が妙に重たく感じられる。
「だあーっ!!寝れん!!」
心身に襲い掛かる些細な諸々に耐えかねて飛び起きる。チクショウ!休もうと意気込んで横になったら全く寝れない!これでは休めないではないか!
「……いや待て待て、ここで心を荒げては本末転倒。心を鎮めるには深呼吸。どれ、ちょっとベランダに出て新鮮な秋鳴りの空気を体内に取り込もうじゃないか」
一人暮らしをしていると独り言が増えるというのを本で知った時、1年前のあの時の俺は『いやいやまさかまさかそんなわけないでしょー』などと心の鼻で笑っていたが、実際はそんなわけあった。だが一人暮らし故に独り言を咎める者は誰もいないので気にしない。
ブツブツ呟きながらベランダに出ると、瑞々しい程に湿気を含んだ冷気と満点の星空が俺を迎えてくれた。いつものように柵に腕を置いて呆然と星空を仰ぐ。そうして音もなく瞬く星々を見ていると、心が大変穏やかになっていくのを自覚できる。
「結局、いつもと変わらないなあ……」
だが、なんだかんだでこれが一番リラックス出来る。だからこれは休んでいることになるのだろう。そんなことを考えながら呑気にしていると、脳の底辺にあった思考の一片が浮上してきた。
「……あ、そういえばまだ読んでいない本があったな。どれ、ちょっくら読んでおくか」
手をつけていない小説の存在を不意に思い出した俺は、ベランダを後にしようとして、踏み留まった。
待つんだ海野 美羽!このまま部屋へ戻って読書を開始したら、それこそいつもと何も変わらないではないか。あと数時間もすればゴールデンウィークが始まる。去年のあの読書だらけの不健康大型連休とは決別し、健やかで休息に満ち溢れた心身リフレッシュ黄金週間を過ごすことこそが今年の目標だったんじゃないのか!?去年と同じ轍を踏まぬためには、一度本から身を遠ざけた方がいいんじゃないのか!?
「その通りだ!!」
かくして読書離れを決意した俺は自室へ戻り、部屋のいたる所に積み上げられた大量の本たちをまとめ、縛りあげ、押し入れに仕舞い込んだ。これらの9割は図書館から借りてきたものなので、明日になったら返却に行こう。
軽作業を終えた俺は目に見えて広くなった六畳間を見回し、一息ついた。そして胸の内を暖める充足感に浸っていると、携帯電話からメールの着信を知らせるアラームが鳴り響いた。
「……あっ」
メールの内容は『今から行きますね』という簡素なもので、相手は花坂からだった。ゴールデンウィークのことで頭がいっぱいいっぱいになっていて、今の今まで花坂の存在を忘れていた俺は、花坂に対して物凄く申し訳ない気持ちになったと同時に、眠りに落ちていなくて本当によかった、と腹の底から安堵した。
というわけで、せめてものお詫びに高速でメールを返信し、ちょっと前に金成さんから貰った物凄く高級な茶葉の封を切り、花坂を迎える用意を大急ぎで始める俺なのであった。
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