第21話

人である以上、苦手なものは存在する。怖い話が苦手。走るのが苦手。数学が苦手。決まりを守るのが苦手。嘘を吐くのが苦手。猫が苦手。車の運転が苦手。小説を読むのが苦手。男性が苦手。パソコンが苦手。茄子が苦手等など、例をあげればキリがない。苦手なものは誰にだってある。それは何も人に限った話ではない。動物にも、植物にも、そして『曰く付き』にだってある。



花坂は人と喋るのが苦手だし、俺は人前で本心を露わにするのが苦手だ。で、これはつい最近知ったことなのだが、どうやら俺は上空が苦手なようだ。花坂と一緒に空を散歩して、そのあまりの高度に肝が冷えた。



苦手なものとの付き合い方は複数ある。諦めて避ける。数をこなして慣れる。いっそのこと好きになる。俺は真ん中を選ぶことにした。だって花坂の要望には出来る限り応えたいじゃん?彼女が俺と一緒に散歩することを望むのであれば、笑顔で親指を立てるのが仲間ってもんじゃん?でも空の上って凄く怖いじゃん?だから数をこなして慣れようと思うのだ。苦手なものを苦手と思って生きるよりも、可能なら克服して生きていく方が俺的には楽なのだ。



というわけで翌日、今夜も俺は花坂を背負って空を飛んでいた。今夜はかつてないほど風が強く、足元を物凄い勢いで雲が流れていった。その様子を俺と花坂は見ながらこんなやりとりをした。とにかく風が強いのでお互い声を張って。



「す、凄い強風だな!!」


「そ、そうですね、髪がボサボサになってしまいますっ!」


「吹き付ける風がいてえ!!」


「私はもう慣れてますっ!それよりも美羽さんっ、この高所にはもう慣れましたか!?」


「まだ怖い!!下腹部がキュッと引き締まってるくらいには怖い!!」


「ちょっと美羽さんっ、うら若き乙女が背後にいるというのに下腹部とか言わないでください!下ネタ反対ですっ!」


「下腹部のどこが下ネタなんだよ!?」


「お腹の下部分のことでしょうっ!?それすなわち股間じゃないですかっ!股間は下ネタですっ!下ネタ断固NGですっ!」


「じゃあなんて表現すればいいんだよ!?」


「デリケートゾーンと言ってください!」


「じゃあ、デリケートゾーンがキュッとなってる!」


「男の人が言うとなんか気持ち悪いですっ!」


「理不尽!!」


「だいたいなんですかデリケートゾーンがキュッとするって!」


「え!お前この感覚が分からないのか!?この『キュッ』が!!」


「全然分からないですっ!」


「マジか!」


「恐らく男女の体の構造の違いでしょうっ!私にはなくて、美羽さんにはあるものが何らかの作用を及ぼしているのでしょう!」


「なるほど!!」


「って、どうしてこんなロマンテックな環境でこんな下世話な話をしないといけないんですかっ!もっとキラキラした話をしましょうよっ!」


「じゃあ、学校は楽しかったかっ!?」


「はいっ!今日も楽しかったです!湯江さんとたくさん話しました!湯江さん私のお父さんが連載している漫画が好きなんですって!」


「それは良かったじゃん!でも両親の職業については言ってないんだろう!?」


「はいっ!湯江さんのことですから心配はいりませんが、念のため言っていないです!美羽さんも口外しないでくださいよ!私はなるべく目立ちたくないんですから!」


「分かってるよ!お前の秘密は誰にも言わないし、そもそもお前の情報を学校で誰かと共有する機会はないから安心しろっ!」


「なら良かったですっ!美羽さんの方はどうしたかっ?」


「学校か!?楽しかったよ!風邪で休んでた伊藤がようやく復活したんで、帰りにお祝いと称してゲーセンで遊び倒して来たぜ!」


「うわっ、物凄く充実した生活を送っています!えっと、その伊藤さん、でしたっけ!?この前ちらっお見かけしたイケメンさんですよね!?」


「ああそうとも!!しかもそれに加えて文武両道なんだぜっ!」


「『天は二物を与えず』の法則に当て嵌まらないじゃないですかっ!まるで漫画のキャラクターのようですっ!現実は漫画より奇なりですっ!」


「そんなこと言ったら山宮もそうじゃないかよ!あいつも大概だぜ!?」


「そうですねっ!あの頭脳、あの容姿、あの運動神経、どうして彼氏がいないのか不思議で仕方ありません」


「つ、釣り合う奴がいないんじゃないのか!?それにもし山宮に彼氏がいたらお前に構っていないでそいつの所にいってると思うんだ!だからいいじゃないか!!」


「なるほど!確かにその通りですっ!」


「山宮以外の奴とは仲良くなれたか!?」


「いいえ!やたらと男子が声をかけてきますが、どう返答していいものかと悩んでいると湯江さんが追い払ってくれるんですっ!女の人も声を話しかけてくれるのですが、どうしてもアップアップしてしまいます!なので仲良くはなれてないです!美羽さんは伊藤さん以外に友達はいるんですかっ!?」


「友達と呼べるのは伊藤だけだ!!他の奴とは喋りはするものの一緒に遊んだり弁当を食ったりはしない!」


「そうなんですねっ!」


「そうなんです!!」


「それにしても友達とゲームセンターとは羨ましいですっ!」


「ゲーセンに行っても俺はあんまりプレイしないけどな!!『共通能力』が発動して筐体を壊しかねないから!!大体は伊藤のプレイを見てるか、ボタン操作が少ないUFOキャッチャーくらいしかやらん!!あと写真撮るヤツ!!」


「プリクラ!?えっ、美羽さんプリクラやるんですか!?」


「目が異常にキラキラになったり!女子みたいに髪が伸びたり!肌の色がありえないことになったりして!あれ滅茶苦茶面白いぞ!!」


「でもプリクラって女子がやるものじゃないですかっ!?」


「そうなのか!?結構男子もやってるぞ!!お前はやらないのか!?」


「やったことないですよ!!そもそもゲームセンターに入ったこと自体ないですっ!あんな人でごった返しているところ入れるわけないじゃないですかっ!!」


「山宮もたまに行くらしいから、今度一緒に行ってみたらいいんじゃね!?」


「どうして湯江さんがゲームセンターにたまに行くことを知っているんですか!?」


「た、たまたま見かけたんだよ!なんか足踏みするゲームやってた!!」


「そうなんですねっ!だったら今度誘ってみます!でもいきなり誘ったりして断られたら生涯消えない心の傷となってしまうかもしれないので、外堀をしっかり埋めたあとで誘ってみます!」


「そうするといいさ!!」


「それにしても美羽さんが意外と充実した高校生活を過ごしていることに驚きを隠せませんっ!ずるいです!羨ましいですっ!私も充実した青春を送りたいですっ!」


「充実した青春って、具体的に何するんだよ!?」


「ゲームセンター行ったりスイーツを買って歩きながら食べたりしたいですっ!」


「具体例少な!!……ていうかそんなんだったら俺、割としょっちゅうやってるぞ!」


「こんちくしょうですっ!」


「こらっ、うら若き乙女がそんな言葉を言っちゃいけません!!」


「だって美羽さんばっかりずるいです!羨ましいですっ!私もクレープ頬張りながら商店街を闊歩したいですっ!」


「だったら1人でやればいいじゃないか!!」


「1人でクレープ食べながら商店街なんか歩けるわけないじゃないですか!!あんなひと気の多い場所、うら若きが1人で来る所ではありませんよっ!」


「今すぐその偏見を捨てろ!!つーか商店街が1人で無理なら、ゲーセンなんかもっと無理じゃないかよ!!お前の中の充実した青春像が成り立たないぞ!!」


「じゃあ美羽さん具体例だしてくださいよっ!」


「そんな急に言われても!!……あ、ほら!あれだよあれ!!海!!海行って砂浜で『海だー!!』って言って飛び跳ねるやつ!!俺あれこそが『THE・青春』って感じがするんだよなーっ!!」


「まだ4月ですよ!?そんな時期に海に行ってもつまらないですよっ!」


「別に泳ぐわけじゃないんだからいいだろーが!!海行って、叫びながら飛び跳ねて、意味もなく走り回って、くだらない落書きをして、それを波が打ち消していくのを見て笑う!!以前そういう物語を読んで、『おっ、いいじゃんこれ!』と思ったけど、なんとなく実行に移さなかった理想の青春像!ああ!なんだか無性に海に行きたくなって来た!!」


「だったら今から行きましょうっ!」


「はっ!?い、今からか!?たしかに冬鳴りなら海あるけど!今からは流石に遅すぎるんじゃないか!?」


「だからいいんですよ!!この時間ならきっと誰もいませんし、多少騒いでもバレませんよっ!翼と携帯の地図アプリを使えばすぐに行って帰って来れますしねっ!思い立ったら吉日ですってっ!」


「いやいやいや!せっかく風呂入って寝る準備完璧にしたのに潮風なんて浴びたくねーよ!!」


「24時間営業の銭湯がすぐそこにあるんですから、また使わせて貰えばいいじゃないですか!!」


「そういう問題じゃねーよ!!ってうおっ!?」



グンッ、と急速に景色が動いた。全身に暴風がぶち当たる。聞く耳を持たない花坂が海へ急行したことを瞬時に察したが、察したところで止める術を持っていない俺は、あまりの風圧に首がへし折れそうになるのを堪えながら、夜の闇を突っ切っていったのだった。

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