第14話

俺の部屋にあがり、ちゃぶ台の前で正座して温かい麦茶の入ったをコップを口につける花坂。それに倣って俺も飲む。昨晩は客人にお茶を出す精神的余裕がなかったが、今日は出せた。これで非常識な奴と罵倒される心配はなくなった。本当は菓子も出したかったのだが、あいにくと我が家にそんなお洒落なものはない。携帯食料や保存食ならたんまりあるのだが、そうではないということくらい分かる。なので先に謝っておく。



「悪いな、菓子とかなくて」


「いえ、お気になさらずです。むしろ私の方こそ手ぶらで来てしまってごめんなさい。というかアポ無しで来てしまってごめんなさいです」



ペコリと頭を下げる花坂に俺は首を振った。



「別に気にしてないよ。それで、なによう?」


「昨晩訊けなかった『曰く付き』のあれこれを訊きにきました」


「ああ、なるほどなるほど」


「大丈夫ですか?」


「オフコース」


「では早速……といきたいのですが、何から訊けばいいのか分かりません」


「じゃあ帰れ」


「そ、そんな!それはいくらなんでも酷すぎます!」


「冗談なんだぜ」


「…………美羽さんのいじわる」



ムスッとした顔でぼそりと言う花坂。彼女の寄った眉間の皺を指の腹でグリグリしてほぐしてやりたいと思ったが、俺はグッと堪えた。そういうスキンシップ的なことは親睦を深めた男女がすることであり、俺はその段階に達していないのだ。忘れてはいけない。俺と花坂は出会ってからまだ1日しか経っていないということを。



「悪かったよ。まあ、知識のほとんどない『曰く付き』初心者に質問をしろってのは難易度高めだった。よし、それじゃあ今日は『共通能力』について説明しよう」


「お願いします」



俺は頭の中の情報を整理した後、膨れっ面の花坂に説明を始めた。



「『曰く付き』には、その『曰く付き』にしかない『固有能力』があるのは昨日言ったよな?」


「はい、私の『翼』。美羽さんの『千里眼』ですよね?」


「そうそう。俺たち以外だと、歳を取らない『不老』や自身の姿を消せる『迷彩』、他人の心が見える『読心』、一度見たものを完璧に再現できる『見取』、あと……1つの魂に体が2つ宿る『二重体格』、世界中の誰とでも会話できる『言語疎通』、電気を操る『帯電』、遠く離れた場所に一瞬で行ける『瞬間移動』があったらしい」


「私が言うのもなんですが、随分と現実離れしていますね」


「まあな。で、『固有能力』以外にも備わっている能力というのが『共通能力』で、こいつは『曰く付き』なら全員もっている。俺もあるし、花坂にだってある」


「その、『共通能力』というのは具体的にどんな能力なんでしょう?病気にならなくなったり怪我をしてもすぐに治るというのは私も経験したので分かりますが、他にもあるんですか?」


「ああ。身体能力や動体視力、反射神経の飛躍的上昇があるな。俺たち『曰く付き』をあらゆる危険から守っている力だと考えれば分かりやすいかもな」


「はぇー、便利な能力ですねぇ」


「便利なものかよ。俺はこの『共通能力』のせいで色々と大変だったんだからな」


「具体的には?」


「俺は他より『共通能力』が発動しやすい『曰く付き』だから、ちょっとテンションが上がっただけで超パワーアップしてしまうんだ。人や物を簡単に壊してしまう。だから感情を殺して、人と関わらないで生きてきたんだ。お前が『固有能力』に手を焼いているように、俺は俺で『共通能力』に手を焼いていたというわけ」


「昨晩言っていましたが、美羽さんは力を制御する方法を教えてもらったんですよね?それってどんな方法なんですか?」


「自分の感情や言動を脳内で文章に置き換えるっていう方法。これをすることで自分が客観視できて、自身の『今』と『これから』を言葉で管理することで『共通能力』の暴発を防げるのだ!」


「なるほど。……でもそれって疲れません?なんだか自分の行動全てを形のないノートに書き綴っているような、終わりのない日記を書き続けているような感じがします」


「慣れてしまえばどうってことないよ。むしろ『共通能力』の暴発を恐れて感情を殺して生活する方が疲れる」


「そ、そんなに簡単に発動してしまうものなんですか?」


「鉛筆を持って、テストで分からない問題が出ただけで発動する。鉛筆は容易くへし折れ、かつての俺の筆箱は異様に短くなった鉛筆でパンパンだったという……」


「唐突に遠い目をして昔を懐かしまないでくださいっ」


「ちなみに今はどこにでも売っているシャーペンで授業を受けている」


「そんなどうでもいい情報よりも『共通能力』の発動条件の方が知りたいです」



どうでもいいとはなんだ。たしかに我ながらどうでもいい情報だったが、そう思ったとしても口に出さないというのが優しさだ。俺は優しいので花坂の辛辣な発言を受け流し、彼女の要望に答えた。



「『共通能力』は喜怒哀楽といった感情をトリガーとしている。感情という水が、心というコップから漏れ出た時に発動するんだと。で、俺はそのコップがすっごく小さいから、感情をちょびっと抱くだけで発動してしまうんだってさ。花坂はどうなんだ?」


「私は美羽さんみたいに暴発したことはありません。きっと心という器が広大なのでしょう。美羽さんのがデミタスカップだとすれば私のは大ジョッキですね」



花坂が誇らしげに胸を張る。ちなみに、デミタスカップというのは、エスプレッソコーヒーを淹れるのに使われるちんまいカップのことである。それと、花坂は大ジョッキと言ったが、あれにちゃんとした基準はないようで、店や国によって容量が変わってくるとかそうではないとか。……大ジョッキ。あれにガチガチに冷やした麦茶を並々注いで、ガブガブ飲んだらさぞ最高なんだろうな。



「花坂の大ジョッキはともかく、デミタスカップというのは言い得て妙だな。デミタスの心を持つ男、それが俺、海野 美羽だ」



珈琲らしくビターに名乗ってみる。ちょっとカッコいいなと思ったのはどうやら俺だけで、花坂は怪訝な目でこちらを見ていた。やはりこの女には優しさが欠如しているようだ。



「……俺の心を悲しみで満たすんじゃない」


「それはギャグとして言っているんですか?」


「ん、どういうこと?」


「ほら、『悲しみで満たすんじゃない』……『で満たすんじゃない』……『でみたんじゃない』……『デミタスんじゃない』……」


「…………さむっ!」



花坂の発言の真意に気づいた時、あまりの寒さに鳥肌が立った。真冬の秋鳴り山山頂でも立たなかった鳥肌を立たせるとは、花坂め、大した奴じゃないか。しかし花坂は眉をあげて叫ぶように抗議した。



「言ったのは美羽さんです!!」


「でも俺は気づかず発言しただけで、それを親父ギャグへと変貌させたのはお前じゃん」


「私は親父ではありませんっ!乙女ですっ」


「だったら今のは乙女ギャグだな」


「乙女とギャグ、まるで水と油のように相性最悪です!」


「乙女ギャグを言う大ジョッキの心持つ女、それがお前、花坂 海だ!!」


「なんて不名誉な称号なのでしょう!美羽さんの称号の方がまだカッコいいです!」



よほどショックだったのか、花坂は卓袱台に突っ伏してしまった。長くて綺麗な水色の髪が卓袱台に広がる。艶やかで、撫でたらきっとサラサラしているのだろう。しかしこうも長いと毎日洗うのが大変だろう。



「……あ、そういえばお前、風呂はもう直ったのか?」


「……風呂?」



突っ伏したまま花坂が聞き返してきた。てっきりショックのあまり口を聞いてくれないのではと思っていたが、案外そこまでショックを受けていないのかもしれない。



「ああ、金成さん……隣りの銭湯の番台さんから聞いたんだけど、お前の家の風呂が壊れてて、それでわざわざあそこまで飛んできたんだろ?」


「お風呂はもう直りましたよ。なので今日はうちで入ってきました。あそこの銭湯、とても良い所なんですが、番台さんがたくさん話しかけてきて疲れるんです」


「しょうがない、金成さんはお喋りが大好きな人だからな」


「私はお喋りが不得意なのです……」



俺が心の中で嘘おっしゃいと思っていると、伏せていた花坂が勢いよく顔をあげた。その表情は怒っているように見えた。



「っていうかなに勝手に個人情報さらしているんですかっ!悪用されたらどうしてくれるんですか!」


「一人暮らしの少女の家の風呂が壊れたという情報がどうやったら悪用されるんだよ。いや、されそうな気もするが……まあ、秋鳴りは滅多に客人が来ないから、嬉しかったんだろうよ」


「ここ、田舎ですもんね」


「そうとも。俺は田舎で一人暮らし。お前は春鳴りで一人暮らし……ってどこら辺に住んでるんだ?」


「マンションの一番上の階です。これ以上は個人情報漏洩防止のために言えません」


「誰が言うかよ。つーかまさか本当に春鳴りに住んでいるとは……しかもマンションときた。実はお前、大金持ち?」


「両親が漫画家と脚本家で、お金をたんまり稼いでくれているのですよ。アニメ化に映画化にドラマ化にノベル化に舞台化と、様々なメディアから引っ張りだこなんですよ」



花坂はさも自分の実績であるかのように誇らしげにそう言い、彼女の両親が手掛けた作品の数々を教えてくれた。全て知っている作品だった。……マジか、すげえな花坂ママと花坂パパ。というか物凄く重大な情報がさらりと発表されたが、こっちは漏洩してもいいんだ。基準がわからん……。



結局この日はこれ以上『曰く付き』に関する話をすることはなく、花坂の両親によって生まれた作品の制作秘話的なものを聞かされ、彼女が眠たくなってきたところでお開きとなった。たくさん語ってくれた花坂には申し訳ないが、俺、知っているだけで読んだことはないんだ。花坂が飛び立つ前に正直にそう告げると、彼女は困ったように笑った。



「実は私も読んだことがないんです。だって自分が親が作った作品ですよ、読んでいる時にお母さんの顔やお父さんの言葉が邪魔してきて、鬱陶しいことこの上ないんです」

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