第13話

『曰く付き』の中でも俺は『共通能力』が発動しやすいタイプなので、怪我はしないし病気にもならない。体中にエネルギーが駆け巡っており、どんなにも疲れても飯を食って風呂に入って寝れば全快する。それが生まれた時からずっと続いていたのだから、目が覚めた瞬間に感じた『全身の尋常ではない重さ』の正体が暫く分からなかった。



地球の重力が2倍にもなったかのような重さに上半身を起こすのも一苦労だ。壁の時計を見やると、時刻は正午になろうとしていた。少し寝過ぎたが、今日は休日なので問題ない。なんなら明日も学校はないので全然問題ない。問題なのはこの全身を覆う重さだ。こいつは一体なんだろうか。まさか本当に重力が増したわけではあるまい。



不安になった俺は布団から這い出て恐る恐る立ち上がったが、重力に異変はなかった。代わりに脚部がジンジンと痛むことに気づいた。ふくらはぎの内側が痛い。ジャージを捲り外傷がないかを確認するも、マイフットに異変は見受けられない。ということは……。



「もしやこれが噂の筋肉痛!?」



本で読んだことがある。激しい運動や慣れない運動で普段なかなか使わない体の部位に負担がかかると、筋肉の繊維が傷つき、痛みが生じる場合がある。人はこれを筋肉痛と呼び、様々な対策を講じてきた。患部を冷やしたり、栄養を補給したり、ストレッチをしてほぐしたり、お風呂に浸かって血行をよくしたりと、なかなかに大変だ。



筋肉痛の原因となる行為を、果たして俺はしでかしてしまったのだろうかと、胸に手を当てて自問してみる。思い当たる節はすぐに出てきた。原因は昨晩のおよそ100mもの跳躍だろう。これしかあり得ない。いやしかしちゃんと準備運動やストレッチは入念に行なった筈なんだが……まあ、なってしまったものは仕方ない。



「おかげで花坂と接触出来たんだ。その代償と考えれば安いもんさ」



俺は自分にそう言い聞かせ、自分の両足をさすった。おお、ジンジンする。これが痛み。そして体中が重たい。これが疲労。倦怠感!すげぇ、なんだか人間っぽいぞ!なんだかテンション上がってきた!



するとこの感情の昂りに『共通能力』が反応したのだろう。痛みと重さはすぐに霧散してしまった。



「……えー、もう少し人間っぽさを謳歌していたかったのに……」



と自分の体に文句を言ってみるが、体の調子が戻ったのは良いことだ。良いことなのだが、体調不良というのは滅多に経験できるものではないので勿体無い気分でもある。そんな複雑な思いを胸に身支度を済ませる。



土曜日は食材の買い出しや溜まった衣類の洗濯や書物の返却と貸出となかなか忙しい。それに加えて今回は秋鳴り山へ行ってザックを回収しないといけないのだからさあ大変。しかも今日は寝坊してしまったので巻いていかないといけない。



身支度を終えた俺は荷物(溜まった洗濯物や返する本など)を抱えて我が家を出た。全自動洗濯機は秋鳴り荘の隣りの銭湯に設置されているのでそこに放り込む。



で、次は大股で歩いて秋鳴り山を登る。昨晩より早く登頂した俺は、100m跳躍の衝撃によって出来た小規模なクレーターを手作業で埋め立てた後にザックを回収して春鳴り側へ下山する。



そして春鳴りへ着いたらまずは本を返却し、ついでに1週間分の本を借りる。図書館での用が済んだら商店街へ直行し食材の買い溜めと買い食いをする。その結果、行きよりも荷物が増えてしまったが『曰く付き』の足を遅くする程ではない。



春鳴りから秋鳴りに帰ってきたら収穫物を我が家に置き、銭湯へ行き、風呂に入り、金成さんと談笑し、洗濯物を回収して帰宅。洗濯物を畳んで箪笥にしまえば、早いもので時刻はもう午後11時を回っていた。



温かい麦茶をチビチビ飲みながらベランダでボーッとしていると、秋鳴り山の上空を花坂が飛んでいるのが見えた。おお、今夜も見れた。などと心の中で感動を噛み締めていると、花坂が銭湯にではなく我が家に向かって飛来してくることに気づいた。



今夜は銭湯に用はないのだろうか。花坂家の風呂はもう直ったのだろうか。というかうちに来るのは全然構わないが、せめて連絡くらい寄越せよ。……あ、連絡先交換してなかったわ。しかしまあこうして俺がベランダに出ていたから良かったものの、もし俺が部屋の中で爆睡かましていたら彼女はどうするつもりだったのだろうか。



花坂との距離が縮まり、彼女は俺と目が合うと嬉しそうに微笑み、ベランダに立つ俺の隣りに降り立った。背中には大きな翼が輝いている。その美しく非現実的な様に見惚れていると翼が消え、夜の闇が濃くなった。



「こんばんは、美羽さん」


「お、おう、こんばんは」



彼女の長い髪が冷風になびく。今日は黒のワンピースだ。相変わらず寒そうな装いなので部屋の中に入るよう勧めると、花坂は素直に従った。

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