第12話

透視能力で時計を見ると、日付はとうに変わっており、良い子は夢の中といった時間になっていた。幸い土曜日は学校がないし、俺は全く眠たくないのでこちらとしては全然構わないのだが、花坂はそうとは限らない。覆っていた両手を膝に置いて彼女の方を見ると、気の強そうな顔が僅かにボンヤリしていた。



「眠たいならもう帰ったらどうだ?」


「いえ、せっかく同じ仲間に出会えたのです。喋りたいことや訊きたいことがまだまだあるのです!」



言いながら両手で両頬をパンパン叩く花坂。かなりの力で叩いているものだから頬が赤くなっているが、それはすぐに元の色に戻った。あっという間に色白フェイスに戻るあたり、流石は『曰く付き』だ。



「気持ちは分かるけど、今日はもう帰れよ。もしも親御さんにバレたらとんでもない大騒ぎになるだろーが」


「心配ご無用です。なぜなら私、念願の独り暮らしをしていますので」



そう言った直後に欠伸をする花坂。右手で大きく開いた口を隠しているのがとても素敵だ。



「念願?」


「そうれす……親の、仕事の都合、で、春鳴りに、引っ越し、する、ことが決まった、時に、直談判…………」


「おいおい寝るな寝るな寝るな!!」



目を閉じてコクリコクリしだした花坂の両肩を揺すり必死に呼びかける。変な気を起こすつもりは毛頭ない俺だが、独り暮らしをしている野郎の部屋でうつらうつらするとは無防備もいいとこだ。乙女を自称するならもっと警戒心を持て!



「……失礼。どうやら転校初日ということで張り詰めていた緊張の糸が途切れたのでしょう。恥ずかしながら物凄く眠たくなってきました……」


「分かったからもう帰れ。ここで寝られると俺が困るんだよ」



目のやり場と俺が寝る場所がなくなるのだ。この発言が効いたのか、花坂はのっそりと立ち上がり、フラフラとした足取りで玄関まで向かった。てっきりそのまま玄関から帰るものだと思っていたのだが、花坂は自分のスニーカーを手に取ると、引き返し、ベランダへと続く引き戸を開けた。



冷たい夜風が六畳間に流れ込んでくる。その冷気に当てられた花坂の目が大きく見開かれる。そして肩がぶるりと震えた。やはり寒いのだろうか。まあ、寒いよなぁ……。



「寒いならもっと厚着すればいいじゃないか」


「背中から翼を出す以上、そういうわけにはいかないのです」



眠気を遠ざけた花坂は面倒くさそうにそう言うと翼を出した。よく見ると彼女が着ている紺色のワンピースの背中の部分に袖口があり、翼はそこから出ていた。



「なるほど。『口』のある服でないと翼が出せないということか」


「そうです。袖口から腕を通すように、私には翼を出す謂わば『背口』が必要なのです。だから空を飛ぶ時はこの服で飛んでいます。色も空の溶け込むような黒や紺を選んでいます」


「常人には考えも及ばない苦労だな」


「ほんとですよ……。でも、今はこうした悩みや苦労を共有出来る仲間が目の前にいます。美羽さん、これからよろしくお願いますね」


「ああ。こちらこそよろしく頼むよ」



お互いにペコリと頭を下げる。数秒後、全く同じタイミングで顔をあげたものだから、なんだか可笑しくて笑えた。つられて花坂も笑った。柔らかくて優しい笑みだった。



「それでは、おやすみなさい」



花坂が地面を蹴ると彼女の体がふわりと浮く。そして俺の返事を聞くと花坂は飛翔した。俺は左目で彼女の姿を追う。で、花坂が秋鳴り山の上空を飛び過ぎた時、山頂にてすっかり置き忘れていたザックが目に写ったものだから、堪らずに叫んでしまった。



「ああ、なんてこったい!!」



こうして翌日も登山が決定した俺はその場で項垂れたのだった。

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