第11話

「……思っていたよりいい人で安心しました」



頭の中で情報を整理していたのか、しばらく難しい顔で黙り込んでいた花坂が、やっと喋った台詞がこれだった。どういう意味だろうかと思って俺は訊いてみた。



「どういうこと?」


「そのまんまの意味です。深夜、空を飛ぶ乙女の足を引っ張る人だから、結構警戒していたんですよ」


「……まぁ、そりゃそうだよな」



夜遅くに初対面の男の家に連れてこられて、フィクションめいた話や自分語りを聞かされたんだ、ごもっともな発言だ。しかしそう言う割にはあっさりと我が家に入ってくれたし、話も聞いてくれた。警戒するならもっとしても良かったくらいだと思う。もしも俺が花坂だったら足を掴まれた時点で持てる全ての力を使って相手を叩き落としていただろう。



「もしも美羽さんが私に変なことをしようという言動を僅かでもみせたら、その時は翼の全パワーを放出して逃亡するつもりでした」



花坂がそう言うと彼女の背中から音もなく翼が現れた。形状は天使のそれを彷彿とさせるが、色や構造が違う。青白く輝く一対の巨大な翼には羽毛がなく、『青白いエネルギーの塊が天使の翼のような形で実体化している』といった感じに見える。彼女の発言から察するに、翼を羽ばたかせて空を飛ぶのではなく、翼からエネルギーを放出することで飛行しているのだろう。



「……背中の内部に溜まったエネルギーを翼という形にして実体化させ、それを飛行という方法で放出させている。で、また溜まってきたら翼を出して飛ぶ、といったところか?」


「私の話を無視して勝手な憶測でもの言わないでくださいっ!……まあ、大方その通りですけど」


「で、警戒の件だが……」


「急に話を戻さないでくださいっ!……安心してください、もう解きましたから」


「そいつは助かる」



花坂の翼が音もなく消える。こうして翼がない状態だと普通の人間だよなぁ、と思ったが、全然普通じゃない。花坂は美少女だ。きっと学校ではモテモテなのだろう。



「……ん?そういやお前って学校行ってるのか?」


「また話が変わりました!……行ってますよ、そりゃあ。美羽さんはどうなんですか?」


「行ってる行ってる。四季高ってとこ」


「四季高!?四季高って四季ノ音高校のことですよね!?」



花坂が興奮気味に顔を寄せる。



「あ、ああ……」



彼女から顔を遠ざけながら頷く。もしかして花坂も四季高生なのか?いや、だとしたら俺が知らないわけがない。花坂は美少女だ。そんなのが校内を歩いていたら気付いて然るべきだ。



「美羽さんは今日、四季高に転校生が来たことはご存知ですかっ?」


「あー、2年6組に来たってな。すっかり忘れていた……。で、それが?」


「その転校生というのは、何を隠そう、この私のことなのですよっ!」



誇らしげに胸を張る花坂。巨大な胸が大きく揺れて目のやり場に困る。こいつはもう少し自分が美少女で巨乳であるということを自覚した方が良いと思う。確かに警戒を解いたと言ってくれたが、ちと解きすぎではないか?そんなことを考えていると、思ったような反応が返ってこなかったことに腹を立てたのか、花坂はムッとした表情になった。



「ちょっと!反応薄すぎですっ!目の前に転校生がいて、しかも同じ『曰く付き』だったんですよ!運命的じゃないですか!もっと驚いてくださいよっ!」


「わ、悪い悪い……。それで、初めての四季高はどうだったよ」


「たくさんの人に話しかけられて疲れました。私は人と関わることとコミュニケーションが苦手なものですから、超疲れました。げんなりです」


「え、嘘だろ。めっちゃ喋るじゃんお前」


「それは美羽さんが人じゃないからです」


「うわ、なんか傷付く言い方だな」


「あ、でも、学級委員の人は凄くよくしてくれましたよ。キリッとした美人さんで、将来はキャリアウーマン間違いなしな感じの……えーと、名前は……」


「山宮 湯江だろ」


「あ、そうですそうです!クールアンドビューティーという言葉はあの方のためにあるのでしょうね。見た目だけではなく中身もいい人でしたよ」


「知ってる。クラスは違うけど、出来た人間だよ」



何せあの伊藤の彼女なのだから。だがそのことについては当人たちから他言無用とお願いされているのでお口チャックだ。



「美羽さんは何組なんですか?」


「5組。ちょうど6組の上にある。もしかしたら合同授業とかで同じになるかもだけど、基本的に遭遇することはないだろうな。まあ、もし会っても他人のフリをしておいてくれ」


「え、どうして?」


「そりゃあお前、転校ホカホカの女子生徒が他クラスの男子生徒と親しげにしていたら噂になるだろう。根も葉もないこと言われて面倒なことになるのは嫌だろう?」


「なるほど、確かにそれは嫌ですね」



俺たちはお互いに頷いた。こういう時、異性というのは面倒臭い。ただ性別が違うというだけなのに、妙な隔たりがある。同じ人間なのだから普通に仲良くすればいいのにと思うのだが、そうもいかないのが思春期というやつなのだろう。かくいう俺も女子と積極的に関わろうとしたことはない。それ以前に人と関わろうとすることにまだ抵抗がある。でも独りぼっちは寂しいので、伊藤には本当に感謝している。



「でも、知らない学校でぼっちというのは心細いです」


「そこは山宮がなんとかしてくれるだろう」



伊藤が俺と仲良くしてくれているように、伊藤の彼女だったら花坂と仲良くしてくれることだろう。根拠はないが、自信はある。なんだったら今度頼んでみようかと思ったが、どうして俺が花坂のことを知っているのかを訊かれたらマズいので言葉を呑んだ。ああ、煩わしい!



「そうだといいんですけど……」


「友達になってくださいって頼めばいいじゃないか」


「コミュニケーション能力が極端に低い私がそんなこと言えるわけないじゃないですかっ!銭湯の番台さんに話しかけるだけでヘロヘロになる私なんですから!」


「いやいやバッチリ俺と会話出来てんじゃん……」


「ですから、美羽さんは特別なんですってば。正直私も驚いています。同じ『曰く付き』だという理由だけでこんなにも楽に話せるとは思ってなかったので……」


「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃん」



へへっ、心がポカポカして顔がニヤニヤしちまうぜ。それを表に出すまいと堪えているものの、表情筋に力が入らないので結果、俺は今もの凄く気持ちの悪い顔をしているぜ。なので顔を両手で隠す。すると返ってきたのは言葉ではなく欠伸だった。なんとも可愛らしい欠伸だ。美少女は欠伸も可愛いときたか。すげぇな。

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