第10話

少女、もとい花坂は『曰く付き』だった。『固有能力』はあの翼とみて間違いないだろう。それにしても翼とは……また現実味のない能力だなぁ。



「曰く付きってのは本来失われる筈だった『~になるかもしれない』という可能性の集合体だ」


「は、はぁ……」



落ち着きを取り戻した花坂に、『曰く付き』の説明をする。



「俺たちの身体を鉢だとすれば、『曰く付き』は種だ。種は鉢が生まれた瞬間から既に埋まっているんだ」


「は、はぁ……」


「『曰く付き』は、宿主の感情を糧にして鉢に根を伸ばしていく。植物が太陽や水を浴びて成長していくように、『曰く付き』は宿主の感情で成長していく」


「は、はぁ……」


「そうして成長した『曰く付き』は、宿主の感情の隆起が激しい思春期辺りに開花し、宿主に人間を超えた力を与える。与えてしまう」


「……それが、私の翼ということですか?」


「まあ、そういうことになるな」


「でも、貴方は出ないんでしょう?翼」


「ああ、『曰く付き』には『曰く付きなら誰でも持っている共通能力』と『曰く付きだけど自分しか持っていない固有能力』がある。お前の翼は後者の『固有能力』ってわけ。だから俺にはなくて、お前にしかない」


「じ、じゃあ、貴方にも……その、『固有能力』っていうのがあるんですか?」



俺は頷いた。



「俺の固有能力は左目にある『千里眼』だ」


「……ああ、だから私の姿が分かったんですね」



少女が苦い表情で言う。俺は頷いた。



「俺の『千里眼』は、夜にしか使えない上に、太陽が出ている間は一切の視力を失う。ちなみに本当に千里先まで見えるわけじゃないからな」


「じゃあ夜まで右目だけで過ごしてるんですか?」


「ああ、だけど夜にさえなれば左目は化ける。こっから秋鳴り山山頂の上空を飛ぶお前を見ることなんて、もう楽勝楽勝!」



そう言って俺は笑い、自身の能力を誇った。少女の表情に苦みが増した。俺はしょんぼりした。



「……ところで美羽さん」



花坂に名前を呼ばれたので顔をあげる。おお、美少女に下の名前を呼ばれた。なんだかドキドキする。だがそれを表に出すのは恥ずかしいので努めて冷静に答える。



「なにさ?」


「その、『固有能力』というのは、消すことって出来ないのですか?」



俺は首を横に振った。『曰く付き』は一度開花したら消すことは出来ない。というかそれが出来たらとっくの昔にやっている。消すことは出来ないので一生上手に付き合っていくしかないのだ。



「それは無理だ。でも、翼は自分の意思で出したり消したり出来るんだろう?」


「ま、まあ……」


「だったら別に問題ないと思うんだが……」


「確かにこの翼、自由に出したり消したり出来ますけど……この翼、必ず毎日出さないといけないんです」



花坂の声が暗く沈んだものとなった。



「と、いうと?」


「そのまんまの意味です。毎日数十分、翼を出して飛ばないといけないんです」


「……出さないとどうなる?」


「背中が物凄く痛くなって、それでも我慢し続けると勝手に出てきてしまいます……」


「それは困るな……」



なるほど、俺の『千里眼』に夜にしか使えないという制限があるように、花坂の『翼』には毎日翼を出して飛ばないといけないという制限があるようだ。これは面倒だな。きっと俺が考えている以上に大変なことなのだろう。



「はい……」


「その体質のことを知っている人は?」


「誰もいません。だって言えるわけないじゃないですか。言ったらきっと、仲間外れにされます。迫害されて、居場所を失うことになる筈です。バレて人々の奇異な目に晒されるのはまっぴらです。変な研究機関に連れていかれて人体実験とか絶対に嫌です。だから夜遅くに雲の上を飛んでいたんですけど、まさかこんな形でバレてしまうとは……」



花坂がため息を吐いた。今日までバレないように人目を盗んで毎晩の『日課』をこなしてきたというのに、こんな何処の馬の骨とも知れない男にあっさりバレてしまったのだから、落胆するのも無理ない。



「安心しろよ、お前の翼のことを言うつもりはこれっぽっちもない。そもそも俺だって『曰く付き』のことはバレたくないんだ。俺は生まれた時から『曰く付き』だったけど、実の両親にさえ言っていない。受け入れられなかった時が恐い臆病者なんだ、俺は。だからこの秘密を知っているのはお前ともう1人の『曰く付き』だけ」


「えっ、もう1人いるんですか!?」


「ああ。そいつの『固有能力』は『不老』で、俺を救ってくれた命の恩人だ。……こんなこと言うもんじゃないけどさ、実は死のうと思ってた時があったんだ。原因は『曰く付き』。力が制御出来なくて、でもバレたくなくて、だから感情を殺して、こんなのが生きている限り続くんだったら、いっそのこと……って時にそいつは現れた。俺の正体と力の制御の方法、他の『曰く付き』について、楽しい生き方について、他人との付き合い方について、とにかく色々教えてくれたわけよ」


「羨ましいです。私にはそういった同じ仲間はいませんから……」


「今はもうそいつには会えないけど、俺でよかったら色々と話を聞くぜ。訊きたいことがあったら何でも訊いてくれ。答えられる範囲でなら答えるから。こういうと変に聞こえるだろうけど、俺とお前は似てるんだ。だから助けたいし、力になりたい」


「似てるって……貴方おっぱい無いじゃないですか」


「そういう外見的なものじゃなくて……」


「髪の毛短いじゃないですか。身長ちょっぴり大きいじゃないですか。男じゃないですか。翼はえないじゃないですか。全然似てないですよ!」


「だから外見的なものじゃないって言ってるだろーが!なんだよ『おっぱい無い』って……。初対面の野郎にそんなこと言うんじゃありません!」


「だって本当なんですもん……」



そう言うと花坂は口を尖らせた。でもそれはすぐに柔らかい表情へ変わった。



「でも、その気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。ここだけの話、私は今とても安堵しているんですよ。翼が出るようになってから、それがバレるのが恐くて、毎晩独りで空を飛んで、ずっと心が重たくて、その心の中のズッシリしたものが今はなくて……いいものですね、秘密を共有するというものは」


「ああ、そうだな。ほんと、そのとおりだ」



俺は大きく頷いた。

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