第3話

通常、『曰く付き』というのは普通の人間が抱く様々な感情を糧に成長する。そして成熟すると開花するのだが、どうやら俺は生まれながらにして『曰く付き』だったらしい。男曰く、前例がないとのことだ。大半の『曰く付き』は思春期に開花するらしいが、俺は最初から開花していた。他にも違う点がある。



『曰く付き』が有する『共通能力』は感情がトリガーとなって発動する。喜怒哀楽といった感情をコントロールすることで、慣れれば任意で『共通能力』を発動することが出来るらしいのだが、俺のトリガーは緩々で、ちょっとした感情を抱くだけでも発動してしまう。



「『共通能力』っていうのはね、そうだなぁ、感情という水が、心というコップから漏れ出た時に発動するんだ。話を聞いた感じだと、君のはコップが凄く小さいんだろうね。だからちょっとしたことで発動しちゃうのさ。暴発に近いね。でも大丈夫。そうと分かれば対策は可能だ」



男は俺にその方法を教えてくれた。夏休みの間、俺は毎日彼に会って、色々なことを教えてもらった。短かったけど、今までの中で一番充実していた。毎日が楽しかった。1秒1秒が輝いていた。目に見えるもの全てが、肌に感じる全てが、心に思う全てが新鮮で、鮮烈で、あの夏休みのおかげで俺は一気に人間に近づけた。



夏休みが終わると男はいなくなった。不思議と悲しいと思わなかった。そして、自分の行動や感情を脳内で文章に変換するという方法で『共通能力』の暴発を防ぐ術を身につけた俺は、2学期になって、初めて同級生に声を掛けることが出来た。



秋になると我が家に手紙が届いた。男からだった。



『高校生になったら秋鳴りという所に行くといいよ。知り合いが大家をやっているアパートに空き部屋があるから、そこで気ままに過ごしてごらん。きっと素敵なことが起きるから』



手紙にはそう書いてあった。両親に相談すると、すんなりと許可が出た。初めて俺から出た我が儘がよほど嬉しかったらしい。話はとんとん拍子に進み、俺は中学を卒業すると同時に実家を離れた。そして、男の知り合いである金成さんという若い女性が大家を務める秋鳴り荘で独り暮らしを始めた。



秋鳴りは田舎の中の田舎だ。都会人がここに住めば3日も経たずに逃亡を図ろうとする、そんな所だ。コンビニも自販機もないが、銭湯はある。エンターテイメントも一切ないが、春は桜が舞い踊り、夏は向日葵が咲き誇り、秋は紅葉が山を朱色に染め、冬は全てが白になる。そんな大自然に満ち溢れた秋鳴りが、俺は大好きだ。



だが秋鳴りに学校はない。そこで平日は凡そ2時間かけて大都会の私立高校に通っている。恥ずかしながら自転車は乗れないので徒歩で行き来している。学校がある日は例えどのような天候だろうと徒歩で登下校した。体力には自信があるので全然苦ではなかった。



高校生になった俺は人並みの青春を謳歌していた。感情はなるべく抑えるようにしているが、友達は出来たし、学校行事には参加できたし、帰りにゲームセンターに寄ったり、商店街で買い食いなんかもした。



だからあっという間に1年が経って、気が付けば俺は高校2年生になっていた。そして、昨晩、空を飛ぶ少女を見た。ちなみに今更だが、俺の『固有能力』は『千里眼』だ。見ることに特化したこの能力がなかったら少女を発見することは出来なかっただろう。



『千里眼』の発動条件は夜になることだ。左目に宿るこの能力、日中は視力皆無だが、陽が沈みきるととんでもない視力を発揮する。1kmくらい離れたものでもはっきり見えるし、明かりのない暗黒の中でもくっきり見えるし、その気になれば透視すら可能だ。



使いようによっては非常に便利な能力だが、如何せん日中は使えないので宝の持ち腐れ感がある。まぁ、よしんば使えたとしてもそれをひけらかすような真似はしない。超能力や超常現象はフィクションで、現実にはあり得ないからだ。そんな世の中で透視能力を使ってみろ。鉄パイプを素手で曲げてみろ。ビルから飛び降りて着地してみろ。人々はどんな反応をするだろうか。



「僕の経験から言わせて貰えば、一部の人は受け入れてくれるだろうけど、大半は恐れる。人間は自分たちと違う存在を恐れ、遠ざけようとするからね。悲しいことだけど。だから美羽もこれまで通り正体を隠し続けた方がいいよ。でもいつか、もしも他の『曰く付き』に出会うことが出来たら、その人とは仲良くした方がいいよ。仲間なんだから、大切にしないと」



夏休みが終わる前日の男の言葉を思い出した俺はハッとした。もしかしたら昨晩見た少女は『曰く付き』なのかもしれない。あの光り輝いていた翼は少女の『固有能力』なのかもしれない。ああ、知りたい。彼女に会って訊いてみたい。しかし少女が今どこにいるのか、何故昨晩秋鳴りの空を飛んでいたのか、どうやったら会えるのか、全てが分からない。ヒントがなさすぎる。



「……とりあえず、学校行くか」



時刻は午前5時30分。結局一睡も出来ずにベランダで朝を迎えた俺は、涼しい朝風を浴びながら呟いた。俺は『曰く付き』だが学生でもある。学生である以上、学校に行かなくてはならない。せめて昨晩が土曜日だったら今日は休みだったのになぁ、と心の中でぼやいてもしょうがない。昨日の晴天とは打って変わって現在の空は曇り模様。傘、持っていった方がいいな。

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