第2話

俺の名前は海野 美羽。男らしくない名前だが、れっきとした男だ。4月5日生まれのA型。高校2年生という青春真っ只中に身を置いている。趣味は読書。部活は帰宅部。運動は出来るがやらない。やったら大変なことになる。外見は中肉中背のTHE・凡人といった感じだが、体の中に人には言えない爆弾を抱えている。



俺は『曰く付き』なのだ。



人は、生まれながらにして数えきれない程の可能性をその身に宿す。なりたい自分を探す力。願いを自分で叶える力。失敗を回避し成功を手繰り寄せる力。そういったものが、俺は可能性だと思っている。可能性は環境に合わせて時間と共に少しずつ数を減らしていく。自分の目標が分からなくなる。夢を挫折しなくてはならなくなる。困難にぶち当たることになる。人間に適応能力がある以上、これは仕方のないことだ。



しかし、極稀に、その身に宿す可能性を保ち続け、周囲の環境や本人の意思といったものを無視して独自の進化を遂げるといった事態が発生する。そうして出来た可能性の集合体は、宿主の喜怒哀楽とった感情を糧に、さらに進化をし続ける。で、宿主の感情がある一定値に達した時、成熟しきった可能性の集合体は開花を遂げ、宿主に人智を超えた力を強制的に与える。



俺はこのような可能性の集合体、それを宿す人間を総称して『曰く付き』と呼んでいる。



物心ついた時から自分が周りと違うということに気付いていた。他者とは比べ物にならない怪力は人や物を意図せず傷つけた。反対に自分の傷は目に見える速度で治っていった。日中は視力のない左目は、日没後になると望遠鏡じみた視力を宿した。周りの言う『昨日見た夢』というのがなんのことだかさっぱり分からなかった。



医者は体に異常はないと断言した。左目は弱視だと言われた。目の前でその大層な機材を握りつぶしてやろうかと思ったが、実行しなかった。怖かったのだ。自分の異常性を晒して、それが受け入れられなかった時のことを思うと、怖くて出来なかった。だから隠した。誰にも明かさなかった。両親にさえ嘘を吐いた。



怪力は感情が昂ると発動するので心を殺して周囲から距離を置いた。何か思ってもそれを言動に出すことはしなかった。だから、幼稚園にも小学校にも中学校にも友達と呼べる存在はいなかった。学校へ行って勉強をして家に帰って本を読む。そんな生活を繰り返していた。本当は人と遊びたかった。追いかけたり、ボールを蹴ったり、一緒にゲーム機に夢中になったり、笑って、怒って、泣いて、そんな当たり前のことが俺には出来なかった。



中学3年生の夏休みの朝。唐突に俺は死のうと思った。このまま生きていても良いことなんて何もない。自分が望んでも手に入らないものを見続けて、欲しいと声に出すことさえも出来ないのなら、地獄じゃないか。そんなのが死ぬまで続くのならいっそ死んでしまった方が楽だ。だが、この頃になると自分の体に傷をつけるのも難しくなっていた。幼い頃は刃物で指を切ったら血が出た。すぐに治ってしまったが、今では刃が通らない。



さて、どうやったら死ねるだろうか。そんな暗い考えを提げて真夏の歩道を宛てもなく歩いていると、後方から声を掛けられた。振り返ると若い男が立っていた。人の好さそうな男だった。話があると言われたが、初対面だし、何より他人と関わることが怖かったので無視して逃げた。早朝で周りに人がいなかったので全力で逃げた。だが男は難なく俺についてきた。車道を走る車より速い俺に、息を乱さずについてきたのだ。只者ではないと思った俺は足を止め、近くの公園で男の話を聞くことにした。



ベンチで、俺の真横に座る男はこう言った。



「君は『曰く付き』だ」



男の言っている意味がわからず、首を傾げると詳細を説明してくれた。



まず、『曰く付き』は夢を見ない。次に、『曰く付き』は人と同じ姿をしているが驚異的な身体能力を有している。そして、『曰く付き』には身体能力以外にも超常的な能力がある。



「驚異的な身体能力、治癒力、動体視力、反射神経、それらは『曰く付き』なら誰でも持っている、謂わば『共通能力』だ。普通の人は車より早く走れないよ」



そう言うと男は朗らかに笑った。人間の良い所だけを集めて形にしたような笑顔だった。俺は納得すると同時に驚いた。どうやら自分は『曰く付き』という存在らしい。でも、なんで男は俺がそうだと分かったんだろう?



「それはね、何を隠そう僕もそうだからだよ。僕も君と同じなんだ」



心の中身を言い当てられて、しかもそれに対する返答までもらった俺は少し怖くなった。



「ああ、ごめんよ。長いこと生きてると表情を見るだけでその人が何を考えているのかが分かってしまうんだ。僕はね、こう見えて1100年は生きているんだ。体は16歳のままだけどね」



『曰く付き』がもつ超常的能力は『曰く付き』ごとに違う。男の『固有能力』は『不老』だった。今より約1100年も前、普通の人間だった男は『曰く付き』へと変貌した。今まで見ていた夢を見られなくなった代わりに、拳で大岩を砕けるようになった。ついでに歳を取らなくなった。



男が言うには『曰く付き』はそう簡単に見つかる存在ではないらしい。大体100年に1人、会えるか会えないかだそうだ。ちなみに俺は9人目だとか。



「『曰く付き』ってのは宿主の身の安全を優先しようとするからさ、寿命が尽きるまで死ぬに死ねないんだ。おまけに僕の『固有能力』は『不老』ときた。何度か自殺を試みたけど、ぜーんぶ失敗に終わったよ」



そう言うと男はまるで他人事のように笑った。



「死ねないんだったら生きる努力をしようってことで、色々と頑張っていたら1000歳超えちゃっててさぁ、いやー、思えば遠くに来たもんだ」



男は再び笑うと俺の肩を叩いた。バシバシと、遠慮もなく。常人なら骨が砕けていただろう。だが俺は違う。右肩に走る強い衝撃が、痛いと感じるよりも嬉しいと思えた。俺は人間じゃなかった。でも、独りでもなかったんだ。



気がつけば俺は笑っていた。それを見た男はさらに笑った。早朝の公園に男2人の笑い声が響き渡った。

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