16:クエスト4 ラチオの本心

 ちょっとちょっと!! こんなの聞いてないって!


 予告状をトランプのように投げて虎帝こていりついたら、ラチオっていう『欲望のかたまり』である怪物かいぶつになるって言ってたけど……。


「ウルセェ、オレノスキニサセロォォォォッ!!」


 地響じひびきと建物がくずれ落ちる音で、遠くの方から悲鳴が聞こえた。


「何っ立ってるん、メロディー! 後ろに下がるよ!」


 律歌りっか――リズムにうでを引かれ、我に返った。直後、私がいたところには、ラチオによって大穴が空いていた。

 目が覚めた。


「ハーモニーは私かリズムを守って! リズムは高いところに!」

「「オッケー」」


 指示を出してから、片耳にかけたトランシーバーのようなもので、ビートにたずねる。ビートなら虎帝のことはよく分かっていそうだからだ。


「ラチオの弱点は?」

「……そうだな……背中から」


 そう言いつつ、ビートはラチオを正面からめている。


 これは……私が後ろに行けと?


 ビートからの音声を聞いていた志音しおん――オブリガートが「メロディー!」と私の注意を向けさせる。


おれがラチオを引きつけておとりになるから、メロディーは後ろに行け!」

「ありがと!」


 オブリガートと目線でタイミングをつかみ、私はラチオの方向に走り出す。やはりすぐに見つかり、こちらにこぶしり下ろされた。しかし、


 バァンッ!


「グォォッ」

「相手は俺だよ」


 二つのハンドガンを連結させて威力いりょくを高めたものをラチオの拳に放ち、止めてくれた。そのすきに私はラチオの背後に回りこむ。

 オブリガートはじゅうの連結を解き、近距離きょりでラチオの顔に乱射し始めた。ちょうど目くらませになってくれている。


 背後についたと同時に私は背中の銃を構え、「いけっ」と背中の中心めがけて何発もたまちこむ。


「グ、グワァァァァッ」


 ドスン


 ひざをつくようにくずおれるラチオ。


「よし」

「やったな、メロディー!」


 リズムとハイタッチしたその時、横からハーモニーが前に立ち、光る鍵盤けんばんに囲まれながら張りつめた声でさけんだ。


「ハーモニー! ブライト・シールド!」


 防がれても伝わった衝撃しょうげき波。頭の上にはラチオの手の平が目の前にせまっていた。


「あ、ありがとう!」

「間に合った……気をつけて!」


 三人でハーモニーのたてに力をこめてラチオの手をし返すと、再びコートの指示がとんだ。


「みんな、どうやらラチオには特大の一発をおみまいしてやらないとダメみたいだ」

「一人の攻撃こうげきじゃ足りないってこと?」

「ああ」


 まだだと言わんばかりに、うなりながら立ち上がるラチオ。


「オレハ……プレイヤーサマノ ヨッキュウヲ ミタスダケダ……。ホカノヤツハ オレノイウコトヲ キケバイイッッ!!」


 ラチオがさっきからり返すこの言葉。私はそれが心に引っかかっていた。


 コートの話からでは、私たちのような現実世界からプレイする人『プレイヤー』と、プレイヤーと同じ自我を持ちゲーム世界で暮らす『アバター』は、記憶きおくの共有はしていないらしい。アバターが一方的にプレイヤーの記憶を持つこともないらしい。


 それならなぜ、虎帝は『自分はプレイヤーの欲求を満たすためにある』ことが分かっているのだろうか。


 起き上がったラチオからまた距離を取りながら、みんなから意見を集めてみる。


「ねぇ、ラチオって何でああいうこと言ってるのかな」


 うーん……と数秒間が空く。その間に、轟音ごうおんを立てて小さな店舗てんぽのようなものが一つつぶれてしまった。


「……ぼくの記憶ちがいかもしれないけど」


 ラチオの手を攻撃しつつ、ビートがぽつぽつと言っていく。


「……今はなくなったんだけど、一年半くらい前はプロフィールのところに自己紹介しょうかいが書けるところがあったんだ。そこに確か……『クソ上司から受けたストレス発散のためにやってるだけ』とか書いてあった気がするんだよね」


「それに書いてあったのを、この虎帝とやらは見たっていうことか」


 オブリガートがなるほど、とうなずく。


 自分がこのゲームの世界に生まれてきたのは、ただのストレス発散目的だった。

 しかも、プレイヤーが自分を操っている時に、記憶がない時に、他人といくつもトラブルを起こしている。


普通ふつうなら知らないうちに他のアバターやプレイヤーともめるのはやめてほしいって思うけどね。プレイヤーと同じ心がある虎帝は、そう思わないってこと?」


「むしろ、それを楽しんでるように見えるね……」


 これが本当ならば、本当にかわいそうである。気の毒としかいいようがない。

 私はかたに乗せて構えていた銃を下ろして背負い、ラチオのゆがんだひとみを見つめながら歩み寄っていく。


「アホ、メロディー危ないって!」


 リズムの忠告も無視して一歩一歩と近づく。


「虎帝!」


 しっかりと自分の目を見て名を呼ばれたラチオは、振り回す腕をピタッと止める。


「私の話を聞いてくれる?」


 怪物と聞いて、私は先入観で戦ってしまった。ただ自分が叫びたいことを叫び続けて、欲望のままにやりたいことをやり続ける存在だと。こちらの話は通じないと。


「グゥ」


 どうやら、そんなことはなさそうだ。私の言葉は届いている。


「ねぇ、虎帝は確かにプレイヤーに作られたものだよね。プレイヤーの欲求を満たすために生まれてきたんだって。虎帝が言っていたとおり」


 話は聞いてくれているが、その拳は私になぐりかかろうと準備をしている。


「普通は自分が何のために作られたのかまでは、アバターは知らないよね」


 口から黒いけむりくラチオ。


「プレイヤーと同じ心だからといって、必ずしもプレイヤーの欲求に従わなくてもいいんじゃない?」

「…………」

「生まれてきた理由がどうであれ、プレイヤーはプレイヤーで、虎帝は虎帝だよ」


 ラチオはより拳を強くにぎりしめている。


「オレガ シラナイアイダニ、ナゼカ テキヲ ツクッテイルカラ ムリダ……キエタクナイ」


 そうだった。


「虎帝!」


 コート――いや、ほぼ案内ねこ・ラックスの顔つきで、私のとなりけてきて同じ方を見上げた。


「キミはどうしたい? プレイヤーに操られるのがいやなら、ログインできないようにすればいいんだろう?」

「ラックス……オレハ ケサレルノカ」


 黒いフードでかくしても、虎帝はそれがラックスだと分かっていたらしい。


「いつもなら消されるだろうけど、虎帝は消さないよ。ボクの名にかけて約束する。ただ、今後事件を起こしたら消されるかもしれないけれど」

「ソウカ……」


 ラチオの目に光が宿った。


「オレヲ、モトニ モドシテクレ……」


 この言葉を受け取った私は、二十メートルほど後ろで見守ってくれた四人に「いくよ!」と号令をかけた。


「……まず低音から。ビート、コア・フラッシュ」


 ビートは銃から楽器の形に変えると、スラップという弾き方で小さな光の玉を量産する。シメに四本全てのげんを一度に弾いて光の玉を集合させた。


「次はうちや! リズム! エフェクト……グラント!」


 体の周りにある大小様々な光る太鼓たいこを、ドラムソロのようにたたいていく。シャーン! とシンバルの音が気持ちよくひびくと、叩いて出てきたオーラのようなものが、ビートの光の玉にまとわりついた。


「よし。オブリガート! アド・フォスター!」


 連結したハンドガンを縦に構え、指で銃口じゅうこうれると、ガシャっと音を立ててそこのパーツが変わった。オブリガートはそのパーツをくわえて音を奏でる。

 サックスのような音で、大きめの光の玉をいくつも作り、ビートの『かく』に加えていく。


「じゃあこれに。ハーモニー! インスピート・ワイヤー!」


 ハーモニーは体を囲む鍵盤で、指がからまってしまいそうな旋律せんりつをつむいでいく。光るくさりのようなものが飛び出すと、『核』をしばりつける。


 四人の合作が、私の方へと向かってくる。

 オブリガートと同じように銃口のパーツを変え、サックスの音色を放つ。


「メロディー! ノート・バースト!」


『核』へ攻撃の力をあたえたと同時に、私たちGROSKの必殺技が完成した。

 ビートによって土台が作られ、私が攻撃力をつけ、私のものをオブリガートが強化し、リズムは全ての力を倍増させ、ハーモニーの鎖でそれらが一体となっている。


 まるで一つのアンサンブルを作るように。


「いけぇぇぇぇっ!」

「グガァ……!」


 ラチオは仰向あおむけにたおれた。口から空気がけるように、黒い煙をまとったつむじ風が吐き出されると、元の虎帝の姿にもどったのだ。

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