03:ジャズパーティ結成

 私はとりあえず、志音しおんが進めたところより少し先まで進め、風呂ふろに入っていた。ジャンケンには負けたものの、クエストの進み具合は勝っているので、優越ゆうえつ感にひたっている。


 オルビス・ナイトのスタート画面で流れる曲を鼻歌で歌い、水面を指ではじいて打楽器代わりにする。


 ドンドンドン


「音葉ー」


 浴室のドアが『コンコン』よりはいかつい音を立ててれた。


「なにー」

「お母さんが、『今日はソフト買ったばっかだから、もう一時間スイッチやっていいよ』だって」

「マジで!?」


 すりガラス風の窓の向こうからも、志音がわくわくしている様子が伝わってくる。


「飯食った後、一緒いっしょにやらねぇか?」

「そうだね、シェアプレイもやってみたかったし」

「じゃああと十分くらいで飯できるらしいから、早く上がってこいよ」


 去り際に志音が言った後、そのシルエットは移動して姿を消した。

 今の時点ではどっちの方がうまいのかな。やっぱり何回もやってそうな志音? それとも私? さっき見てた感じだと――

 そんなことを考えていたらのぼせかけてしまった。


 結局、命中率が高いが不慣れな私と、操作に慣れているがよくミスをする志音とでは、実力はあまり変わらなかったのだった。






 四日後の水曜日、今日はサックスのレッスン日である。

 私はアルトサックス、志音はテナーサックスのケースを背負って車に乗りこんだ。


「志音、どこまでできるようになった?」

「どこまで……まぁ最初から最後まではけるけど」

「じゃあ同じくらいかぁ」


 志音はテナーだからもうちょっと てこずるって思ってたけど、そんなことないか。


 教室に着き中に入ると、自分たちと同じ時間にレッスンを受ける人たちが、いつもよりたくさんいたのだ。

 毎週会う見慣れた顔もいるが、全く知らない人が半分くらいいる。


「あれ、レッスンの曜日変えた人こんなにいるの?」

「そんなわけねぇだろ」


 そんなことを話していると、私の耳にとある声が入りこんできた。


「水曜日の人ってこんなにいるの?」

「いや、うちらとおんなじで、今日だけ水曜日なんじゃない?」

「たぶんそうだよね」


 やっぱりちがう曜日の人なんだ。しかも今日だけだって。

 今聞いたばかりのことを志音に伝えようとしたその時。


「六年生のみんな〜先生の周りに集まって〜」


 いつも教わっているサックスの先生が部屋から出てきて、生徒のみんなを集合させた。さすが管楽器の先生というだけあって、お腹から出された声がハキハキと聞こえてくる。


「今日は用事で来られなかった子以外、他の曜日の子もふくめた六年生全員に集まってもらいました」


 ということは……ここにいる人たちのほぼ全員、この教室で習っている六年生のみんなってことか。


「どうして集まってもらったかというと、今年の発表会から六年生には『他の人と合奏に挑戦ちょうせん』してもらうことになったからです」


 えっ、合奏? 合奏ってことは何人かでやるってこと?


 お母さんが元々吹奏楽すいそうがく部だったのもあって、『合奏』という言葉には聞きなじみがあった。

 でも他の人、特にピアノを習っている人にとっては、普段ふだんは使わない言葉だろうね。先生と一緒にくやつは連弾れんだんって言うらしいし。


「あらかじめ、先生たちでグループ分けをしておきました。それでは、呼ばれた人から向こうの……あっ、今手をってる先生のところに行ってください」


 そっか、そういうことだったのか。


 二週間前にアンケートが配られて、中学生になっても習い続けるつもりか、辞めるかについて聞かれていた。私も志音も中学生になったら吹奏楽部に入るつもりなので、辞めようと思っていた。

 他にも『好きなアーティストはいますか』など、何個かの質問があった。


 ちなみに私は、とあるジャズバンドの名前を書いたのだが。


「二グループ目を言います。ことねちゃん、音葉ちゃん、志音くん、りっかちゃん、げんとくんの五人です」


 やった! こっちゃんが一緒!

 となりにいた志音とともに、さっき手を振っていた先生のところに行く。

 こっちゃんこと琴音ことねは、学校で一番ピアノがうまい人なのだ。昨年は私と同じクラスで、今年は志音と同じクラスである。


「おと、志音、よろしくね」

「よろしく」


 しかしもう二人のことは知らない。


「ねぇ、何小? この三人は北小なんだけど」

「あぁ、うちら二人は西小。同じクラスだよ」


 そう答えるショートヘアの女の子。


「うちは律歌りっか。で、こいつが弦斗げんと。うちのことは『ちゃん』づけしなくていいから」


 この二人は仲がよさそうに見える。サバサバしていそうな律歌に対し、ねこっ毛の弦斗はおどおどしている。


「分かった。私は音葉で、『おと』って呼んでもらえれば」

おれは志音。こう見えて音葉の弟」

「で、私は琴音。みんなから『こっちゃん』って言ってもらってるよ」

「オッケー、みんなよろしく」


 サムズアップをした律歌は、「てゆーかさ」と言葉を続ける。


「おとと志音って双子ふたごなんだ! 二人は何の楽器やってんの?」

「私はアルトサックスで」

「俺はテナーサックス」

「二人ともサックスか……かっこいい!」

「ちなみに律歌は何の楽器なの?」


 聞き返すと、律歌は親指を自分の方に向けた。


「うちはドラム」

「弦斗くんは?」

「……コントラバスとベース」


 ベースか! ……あれ、ということは。

 あることに気づいた私は、たちまち興奮とともに困惑こんわくに包まれる。


「こっちゃんはピアノやってるんだけどさ、これ……私たちジャズバンドで組まれてる気がするんだけど」

「ジャズ……か」

「うちらジャズやるってことか」


 四人はああと納得している様子である。琴音だけが首をかしげている。


「ジャズってどういうの?」

「例えば……あれとかそうじゃない?」


 律歌がとっさにスマホを取り出して、曲を聞かせてあげようとするが……。


「はーい、みんな静かに〜」


 おしゃべりタイムが終わってしまった。何とも中途ちゅうと半端はんぱなところでさえぎられる。


「さっき呼ばれた順に、おくから練習室に入ってください。あっ、ちゃんと荷物持っていってね」


 レッスンが始まるので、琴音へのジャズの解説は保留となった。


「あっ、だからぼく、ドラムの部屋に楽器置かされたのか」


 荷物を持って移動し始めた直後、弦斗がやっと理解したようにボソッとつぶやいた。

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