04:クエスト1 ファーストセッション

「先生、どうしてこの組み合わせにしたんですか」


 入った練習室にいたのは、いつも志音にサックスを教えている先生だった。

 志音しおんは単純な疑問を先生にぶつける。


「この前、アンケート書いてもらったでしょ? それでこの五人に共通してたのが『将来はソロじゃなくて、他の人と演奏したい』だったんだ」


 へぇーっとうなずく志音と私。


「私と志音は来年吹奏楽すいそうがく部に入りたいんだけど、みんなは何て書いた?」

「実は私も、吹奏楽部気になってるんだ」


 と、ピアノきの琴音ことね


「うちはドラムだから、高校生でバンド組んだりはしたいって思ってる。軽音部とか」

弦斗げんとくんは?」

ぼくは……オーケストラか吹奏楽かな」


 確かにみんな、このままソロでやりたいとは思っていないようだ。


「みんなはそれぞれ自己紹介しょうかいした?」

「「「した!」」」


 各々の共通点が分かったところで、先生への返事もきっちりそろってきている。


「それじゃあ早速なんだけど、このグループの名前を決めたくて。何がいいと思う?」

「えっと、じゃあ……オルビス!」


 志音が真っ先に思いついたことを口に出す。


「ゲームの名前はダメ、却下きゃっか


 すぐに双子の姉わたしが、案をバッサリ切り捨てた。

 先生は改まって忠告を入れる。


「さっきも言ってたように、発表会で演奏する時に、絶対グループ名で呼ばれるからね。呼ばれても大丈夫だいじょうぶな名前にしてね」

「はぁーい」

「そりゃそうだよ。『オルビス・ナイト』のパクリじゃん! って思われたらいやでしょ」


 私は苦笑いをしてため息をついた。かと言って、私にいい案があるわけじゃないけど。


「何だろ……全然思いつかん」

「うーん……」


 練習室の中は沈黙ちんもくに包まれる。気まずい。


「……思いつかないみたいだから、僕から言っていい?」


 今日出会って初めて、弦斗が自ら発言したのだ。


「みんなの名前の頭文字を並びかえるのはどうかな」

「やるじゃん弦斗! それだそれ!」


 となりに座る律歌に背中をたたかれ、痛そうな音が立つ。弦斗は慣れているのか、気にしていなさそうだ。


 あっ、いいこと思いついた!


 弦斗の案に付け加えるように、「じゃあさ」と言って手を挙げる。


「その頭文字さ、アルファベットの方がいいんじゃない? カタカナの名前だとかっこよくなりそうだし」

「おと、いいね、それ!」


 私にも弦斗と同じようなノリで接してくる律歌。うなずいた琴音は、バッグからサッとメモ帳とシャーペンを取り出す。


「私は『Kotone』だからKだね」

「『Otoha』だから……Oか」

「俺はSか」

「うちと弦斗はRとG!」


 KOSRG……この五つで作るのムズくない?

 母音が一つしかないので、何個か名前を出せるようなものではなさそうだ。

 並び替えてはみるが、発音が難しく音がまった単語が量産されてしまう。


「どうする? やっぱ他のにする?」


 私がため息をついたその時、


「グロスク、はどうかな」


 その言葉を聞いた五人は、何かに刺激しげきを受けたかのように、一生懸命けんめい考えても分からなかった問題の答えが分かったかのように、ハッとして顔を明るくした。


「すげー! さすが先生!」

「めっちゃいい!」

「よかった、少しは役に立ったみたい」


 照れをかくせずほほ笑む先生。だが私たちは小学生なのでつづりが分からない。


「『グロスク』ってどうやって書くんですか?」

「G-R-O-S-K」


 先生は、手のひらに指で書いてスペルを確認しながら言う。

 三年生で学校でローマ字を習っているため、アルファベットは書ける。シャーペンを持つ琴音が書きとっていく。


「G-R-O-S-K……ホントだ!」

「……いいね」


 グロスクという名前が出ても、ただ一人表情を変えただけで静かだった弦斗。口の中でその名前を反すうし、やっとうなずいた。


「じゃあ名前は『GROSK』でいいかな」

「「オッケー!」」

「いいんじゃね」

「はーい」

「……」


 律歌と私は同じ返事をし、志音はうでを組んでうなずき、琴音はシャーペンを持つ方の手を挙げ、弦斗はただうなずいた。

 全会一致いっちである。


 今ここに、アンサンブル集団・GROSKが誕生した。

 この五人は知る由もない。GROSKが音楽のみならず、まさかのゲームの世界にまで影響えいきょうしてくることに。





 時計を見た先生が「じゃあ」と手を叩いて、五人の注意を向けさせる。


「試しに五人で合奏してみようか。先週わたして練習してる曲あるでしょ?」

「あの曲で合奏するんですか!」

「やったぁ!」


 みんなは分かりやすくワクワクした様子を見せる。三人は楽器のケースやカバーに手をかけ、一人は楽譜がくふを持ってグランドピアノへ歩いていき、もう一人はスティックを持ってドラムいすに座った。


 どうやらこの五人、楽器の演奏を心から楽しんでいることが共通点らしい。


 私はバッグの中から、折りたたまれた譜面台を取り出し立たせて、その曲の楽譜を立てかける。

 本体を取り出すだけの弦斗は、私たちをきょろきょろとうかがっては挙動不審ふしんになっている。


「あっ」


 ……私と志音が準備してるから待ってくれてるのかな?


「先生、音出していいですかー」


 同じくスティックを出すだけの律歌が、片腕を上げて声を張った。


「いいよー」


 そう先生が返したとたん、爆音ばくおんのドラムの音が心臓をらした。

 その中に、ドラムとは相反するようなピアノの音が、半音階で上がったり下がったりをくり返す。

 そしてひかえめに、低いげんがこすれる音が混じっている。


 よくく吹奏楽とはまたちがひびきを楽しみながら、音出しを始めた。


「こんな感じなんだ」


 志音もそのテナーサックスをき始め、五つの音がそろった。


「はーい、みんなそろそろいいかな」


 手を何回か叩く音が聞こえると、吹くのをやめてひざの上にサックスを乗せる。

 拍手はくしゅの音すらかき消すドラムの音で、律歌は気づかない。律歌以外の四人が完全に吹かなくなって、ようやく叩く手を止めた。


「律歌ちゃん、もうインテンポで叩ける?」


 そうたずねる先生の口からさっそく音楽用語が飛び出す。インテンポとは、その曲で指定されている速度のことである。


「できますよ」

「じゃあみんな、律歌ちゃんに合わせてやってね」

「はーい」


 志音以外の人と演奏することにわくわくするも、自分がメロディーを務めることから緊張きんちょうもしていた。

 律歌がスティックを四回叩き合わせてカウントをし、他の四人が一斉いっせいに始められるようにする。しかし、


「さすがに……無茶すぎたか」


 先生は苦笑いをした。

 今日、つい一時間前くらいに出会ったばかりの子供たちである。始めこそ合わせられたものの、どんどん私と琴音が先走ってズレてしまった。


一旦いったんストップ」

「ごめん、テンポが全然分かんなくなっちゃった」


 素直にそう白状すると、先生は少し考える素振りを見せる。


「どうしたらいいかな……とりあえず律歌ちゃん、最初の四小節間を叩いてみて」

「えっ、あっ、はーい」


 首をかしげ、納得しない様子で叩き始める。それに合わせて先生が手拍子てびょうしを始めたのだ。


「みんな、これに合わせて」


 手拍子がメトロノームの代わりになってくれたようだ。私は先生をまねて手拍子をし、テンポをつかむ。


「音葉ちゃんだと、最初はこういう感じかな。律歌ちゃん、もう一回叩いて」


 律歌のドラムに合わせて、私のパートのメロディーを歌う先生。そっか、そういうことか。


「じゃあもう一回みんなで」


 この時、私の意識が変わった。

 いつも何か曲を聴く時はメロディーしか聴いていなかった。ベースやドラムにそこまで意識を向けていなかった。

 ちゃんと全部を聴かなくちゃいけないんだ。


 私はマウスピースを口元に持ってきた。

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