01:お試しプレイ

『友だちの家に行った時用のお菓子かし』から、何となくクッキーを引っぱり出して持っていき、私は友だちの家のインターホンをした。

 むかえられてリビングに入ったとたん、私の目にはテレビに映るあの文字が飛びこんできた。


『オルビス・ナイト』


 直線の流動的なフォルムの建物が立ち並び、それをふち取るような青い光。建物はコンクリートのようなものでできているが、赤や黄の電飾でんしょくで冷たさの中に温かさも感じる。

 空を飛ぶ車のような乗り物が画面を横切り、この世界観に唯一ゆいいつ合わないのは、歩いている『人間』たちだろう。


 近未来風なボディスーツをきた人もいれば、現代人が着ているような服の人もいれば、和服のようなものを着た人もいれば、ドレスやスーツの人もいる。

 顔も身長も体型も髪型かみがたはだの色も、みんなバラバラである。


「わっ、この人のスキンいいな〜! めっちゃかわいい!」


 友だちがテレビの画面に近づいて、水色のドレスのようなワンピースの人を指さす。


「もしかして、そこにいる人たちって他のプレイヤー?」

「そうだよ、たぶん私のもどっかにいると思う」


 そうなんだ! みんな実在している人なんだね!


「じゃあまずチュートリアルから……」


 そう言って、友だちの慣れた手つきでスタート画面の『チュートリアル』が選択せんたくされた。

 まずは基本的な移動のしかた、STAGE 1から。


「他のゲームとあまり変わらないかも」


 コントローラーのスティックで全方向に移動、Aボタンで攻撃こうげき、Bボタンでジャンプ、Xボタンで荷物を開き、Yボタンでドアや宝箱を開け、Lボタンで照準を合わせ、Rボタンで防御ぼうぎょ――などなど。


「こうして……こう、こうか!」


 テレビから射撃音が鳴るのと同時に、コントローラーが振動しんどうする。光るターゲットがヒュンという音とともに消え、その場所に『Excellent!』という文字がかび上がってきた。

 昨日ネットで調べるついでに見た、プレイ動画そのままである。

 ……すごい!


「おぉっ、音葉うまいね! 前にもやったことあるの?」


 友だちが手をたたきながらたずねてくる。


「ううん、今日が初めて。実況じっきょうの動画は見たことあるけど」

「初めてにしてはすごいんじゃ……あっ、次のステージに進んでる」


 視線をテレビにもどすと、浮かび上がっていたであろう『STAGE 2』の文字が消えかかっていた。

 次は連続でターゲットを射抜いぬく練習。最初は数秒おきくらいで出てくるが、だんだん速くなっていくらしい。


 バンッ、バンッ


 現れるターゲットを追いかけるようにして移動し、照準を合わせ、撃ち抜く。『Excellent!』や『Cool!』、『Good』の三つの言葉で、一発一発を評価してくれるらしい。


 STAGE 3は防御の練習だった。


たてもかっこいい!」


 Rボタンを押すと、プレイヤーの前に青い光でできたかべのようなものが現れる。ただ使い切りらしく、何発か受けるうちにヒビが入り、ガシャンと割れてしまう。


「それ、クエストが進むともっと強い盾が出てくるよ〜」

「それってお金かかるやつ?」

「まぁ課金もあるけど……、クエストを進めるとポイントが貯まって、それで武器が買える。今も頑張がんばって集めてるんだ」


 そういって苦笑いする友だち。

 課金か……そりゃあそうだよね。これ大人もプレイしてるんだもんね。


「めちゃくちゃ色んな種類あるから、課金しないとコンプはムズいかも」

「ふぅん」


 意識の半分を操作に向け、もう半分で友だちに返事をしていると、無事にチュートリアルが終わった。

 思ったよりも難しくないからよかった!


 私は友だちにコントローラーを返して言った。


「ねぇ、お手本見せて」

「いいよ! じゃあオンラインマッチやってみるね」


 受け取ると、待っていましたとばかりにコントローラーをにぎり、スタート画面から『オンラインマッチ』を選んだ。サバイバルモードとパーティモードがあるらしく、これからサバイバルモードをやるようだ。


「サバイバルモードって?」

「えっとね、サバイバルはフィールドにいる人たち全員が敵で、最後まで残った人が勝ちだよ」


 見ている感じでは、自分より強すぎたり弱すぎたりする人とは対戦しないようになっている。友だちはAランクなので、Aランクの人どうしで対戦をすることになった。


『Ready……Go!』


 カウントダウンの後、チュートリアルの時とは全くちがう見た目の、ふりふりワンピースのアバターが動き始めた。

 私とは比べ物にならないほどに素早い動きで、他のプレイヤーを撃ちたおしていく。


「すごい! おっ、あと四人、あと三人!」


 敵の後ろに回って隙をついているようだ。

 しかしあと一人となったところで、友だちは倒されてしまった。


『You Lose…』


 青い文字で言葉が浮かび出て、画面全体が暗転していく。


「あーーっ、もうちょっとなのに!」

「あとあの人だけだったのにね」

「とりあえず、私がやるとこんな感じだけど」

「さっき自分がチュートリアルやったからかな、すごくうまいなぁって。私もここまでできるようになるかな?」

「なるって。私あんまりこういうゲームやったことなかったんだけど、それでもここまでできるようになったから」


 そういうもんか。あんだけうまくても他の人に倒されちゃうし、たぶんAランクがあればSランクもあるよね。


「って音葉、そもそも買ってもらえるの?」

「あっ」


 完全に買ってもらう気満々で話していた。しかし、その言葉で私には、「絶対買ってもらいたい!」という強い意志が芽生えたのだった。






「ただいまー」

「音葉、おかえり」


 家に帰ると、お母さんが会社から帰ってきて急いで夕食の準備をしていた。


「今日は何してきたの?」

「『オルビス・ナイト』やってきた」

「あぁ、最近よく聞く名前ね」


 よし、話が出てきたところでお願いしてみようかな。


「それ、前からほしいって思ってたんだけど、今日友だちんでやってきたらすごく楽しくて。だから買ってくれないかな?」


 そう言ったものの、リビングにはキッチンから聞こえる、玉ねぎを切る音だけがひびいている。


「そうね…………」


 夕食を作りながらだが、しっかり話を聞いてくれているようには見える。

 こんな時にお願いしちゃ悪かったかな……。忙しいもんね。


「ただいまー」


 緊迫した空気には似合わないのんびりとした口調で、志音しおんが帰ってきた。


「ねぇ志音、『オルビス・ナイト』って知ってる?」


 志音はその言葉を聞いたとたんに、興奮気味になって言った。


「知ってるも何も、今日友だちに借りてやってきたばっかだし。何? 買ってくれんの?」


 おっ、志音が誘導してくれた?


「音葉がそれほしいって言ってきて。やっぱり志音も?」

「そりゃあほしいよ。みんな持ってるし」

「『みんな』ってどれくらいよ?」


 ちなみに私のお母さんは、「みんな持ってるから買ってほしい」が通用しない。


「……だいたいクラスの三分の二くらい?」

「そんなに?」

「スイッチ持ってる人はだいたい持ってるんじゃね?」


 うんうん、そんな感じする。


「ソフト一つ買えば、私も志音も遊べるらしいよ。うちみたいにスイッチ一台しか持ってなくてもできるんだって」


 志音に合わせるように、お母さんが一番気にするだろうお金の話を持ちこんだ。

 双子って何かと『同時に』お金が出ていくんだよね、って前にお母さんが言ってた気がするし。


「……それじゃあ二人とも、これから言うことを約束してくれるんだったらね」


 お母さんはみそ汁の鍋に切った玉ねぎを入れ、手を洗って私たちをじっと見た。


「宿題もやって、サックスの練習も終わってからだったらやっていいことにするから。それか、どっちかがサックスの練習をやってる時ならやってもよし」


 まぁ、条件は今と変わらない感じか。やることが終わらないとできないっていうやつ。

 お母さんは少し低めの声で「約束できる?」と念を押す。


 二人同時に首を縦に振った。


「それなら二人の誕生日プレゼントとして買ってあげる。三ヶ月くらい早いけど」

「やった!」

「よっしゃぁ!」


 志音の誘導にあやかって、私たちはついに『オルビス・ナイト』を手にすることになったのだった。

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