韜晦的アムネジア(4)

 理解不能であった。


 異常な弾道のまま突き立ち氷の柱を形成する魔弾。残像を残してかき消えるように戦場を駆け巡る大鎌の犯罪者。彼女ら二人は、なるほどナンバーズの中でも屈指の戦闘力を誇る強者らしい戦いぶりである。


 ただ、あれはなんだ。


 無骨な片手剣ブレードを振るうたびに超獣の腕や足が飛び、余波だけで幾体もの眷属を屠る者がいる。無造作に大地を砕き、甲殻を粉砕し、カテゴリーⅣの災害を解体する様はもはや人間業ではない。


 ニコの言っていたとおりであった。あの破壊規模を誇るレッド隊隊長と同じ戦場で戦うとしたら、超長距離から火力投射を行える狙撃手か、瞬く間のうちに戦場を横断しユウヒの攻撃半径から逃れられる狂人でもなければ務まらない。


 それはアカサカには、そしてブラックエンジェルズ隊の誰しもが不可能な御業だ。


 なるほど。あれが第九位。あれが本物。あれこそが5年前の惨劇が生んだ最強の英雄か。


 ──あまりにも強すぎる。


「第九位の勇姿を見るのは──」


 アカサカの隣でスコープ越しに戦況を確認する女性、支部長ソフィアが言う。こちらに視線をやるでもなく前を見たままだった。


「──初めてですか?」


「は、いえ、はい」


「驚くのも無理はありません。単独の戦闘能力においては彼女の上を行くものはないとされますからね」


 レッド隊の隊長以外は戦闘を続行している。彼女らはたしかに強いのだろう。アカサカとて手合わせを願い出たところで十戦に一勝を拾えるかどうか。


 そんな彼女らも戦闘においては命を懸けている。位置を悟られないよう移動を繰り返す狙撃手と、振るわれる剪定めいたハサミを紙一重で回避し続ける犯罪者。油断なく、慢心なく命のやり取りをする隊員に対して、ユウヒだけが浮いている。


 ユウヒだけが戦っていない。単純作業をこなすように、無造作かつ乱暴に超獣を解体していく。ユウヒにとってこの程度の超獣の撃滅など、事務作業と同一の地平でしかないというわけか。


 既にカテゴリーⅣの超獣は二体が屠られている。一体目は不意打ちの狙撃で。二体目はユウヒが問答無用に叩き潰した。守りの姿勢に入った残りの二体を隊長とそれ以外が分担して削っている。


「その、なんと言いますか、我々の出番は来ないまま終わりそうですね」


 率直な感想だった。レッド隊さえいればこの戦い勝てる。更に言葉を重ねれば、第九位さえいれば勝てるだろう。あまりに圧倒的だ。


 アカサカが、つい楽観的な展望を口にするのも致し方ない話だった。


「───まだです」


 鋭い断定。ソフィアの表情は晴れない。周囲を見回せばサラマンダー隊、スターゲイザー隊も警戒を解いていない。彼らは確か5年前にカテゴリーⅣと相対した経験があるのだったか。


 アカサカにとっては彼らの隊は格下であるとはいえ、死地を潜った英傑達の経験は侮れない。慌てて気を引き締める。


「私がレッド隊に出した指令はあくまで強行偵察です。いくら彼女たちが強くとも、カテゴリーⅣである超獣も理不尽な存在であることに変わりありません。警戒を怠らないように」


「…了解しました。以降改めます」


 アカサカは肉眼で目視できる戦況を、ソフィアはスコープ越しにしか確認できない。動体視力にも差がある。きっとユウヒやティアの弾丸めいた軌道を目で追えているわけではない。


 しかし支部長もまたその稀代のオペレーターの資質と、人望だけでその座に上り詰めた人物だ。


 彼女が言う以上警戒は怠れない。


「なにか感じませんか? 戦士ではない私では理解し難くとも、貴方達であれば気付けることがあるやもしれません。なにか異常を感じたことがあればすぐ教えて下さい」


「はい、了解しました」


 とは言われましてもとは内心思いつつ、続けなかった。とても上官にきく口ではない。


 戦況を見やる。ユウヒは一対一で周囲の眷属を巻き込みつつ超獣を圧倒している。対してティアは関節部を丁寧に削ぎながら徐々に追い詰め、時折飛来する氷の弾丸が動きを阻害していく。


 違和感の類は、感じない。


 ───いや、ちょっと待て。なにかおかしい。


 縮尺の狂った巨大な沢蟹のような超獣。倒されたものもまだ奮闘しているものも同じように泡を吹いている。


 カニが泡を吹くのは呼吸が苦しくなったときだったとうろ覚えの知識が告げる中で、強烈な違和感。


 アカサカは思った通りのことを、そのまま口にした。


「───あの泡、なんか大きすぎないですか?」



◇◆◇



 やけに手応えが軽い。


 ティアが愛用の鎌、即ちD13グリムリーパーを振るい超獣の関節を破壊していく最中に感じた違和感がそれだ。


 切り裂いた対象が死に近付いていく感触がない。どれほど削いで動きを鈍らせても一向に命の終わりが見えてこない。そもそも甲殻と甲殻の接合部、そこに刃を通して得られる手触りが、どうにも筋を断ち切るそれではない。


 殺戮をこよなく愛する殺人鬼の嗅覚が、現状の違和感を嗅ぎつけている。


 とはいえティアに取れる選択肢は多くない。


「ほらそこです!!!」


 超獣の8本ある脚、その中で最も発達し体重を支える一番下の脚を破壊した。カテゴリーⅣの災害が、もんどり打って倒れ込み泡を吹く。


 いや、待て。


 おかしい。


 カニの泡は大気中の酸素を水泡を介して体内に取り込むためのものだ。酸欠に苦しみ泡を吹いているということだろうか。


 しかし、そもそもその巨体が要求する酸素をその程度の泡で賄えるはずがない。ならばこの超獣はエラ呼吸という宿命から解き放たれているものとして考えるべきだ。


 ならば、この泡はなんだ?


 そもそもただの泡が直径30cm以上の大きさを維持していられるものなのか?


 無理だ。自重によって破裂するに決まっている。


 本能が警鐘を鳴らす。あの泡は、きっと危険だ。


「ニコさん! 泡です、あれを狙ってください!」


 無線越しに後方で潜伏する隊員に吠える。あれをといった時点で弾丸が泡を貫き、とてつもない大きさの氷柱が形成される。遅れて到達する銃声。


 ニコの凄まじい反応速度、精度に惚れ惚れする暇もなくティアは警戒の度合いを引き上げる。


 着弾地点で凍結するニコの弾丸は、着弾点の熱量を過去の時点で簒奪することによって成立する因果逆転の魔弾だ。たかだか泡を撃ち抜いただけでとてつもない大きさの氷柱が発生したということは、あの泡の保有する熱量がそれだけ高かったことを示す。


「ヤバいですね、これ多分可燃性ガスです」


 無線のチャンネルを開き垂れ流す。手札を暴かれたと気付いたらしき超獣らが、眷属含めて大量の泡を生成し始めた。


 まずい。


 真実あれが可燃性ガスであり、この超獣らがそれを操ることができるのであれば危険極まりない状況だ。


 なぜなら、ニコや他の隊が待機している地点。


 そこはだ。


 思わず頬が吊り上がる。

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