韜晦的アムネジア(3)

 味のしない糧食を齧る。粘ついた油分の割にパサついたビスケットのような代物。高カロリー高タンパクを謳う市民栄養食6号はまともな味をしていない。木でもかじった方が美味いとの評判は恐らくそこまで的を外した話でもないのだろう。


 いずれにせよニコにはどうでもいい話だ。彼女にとっての美味の基準は須く甘味に尽きる。糧食が美味かろうが不味かろうが味なんてしない。


 そしてこの場に甘味の類はない。


「さて、そろそろ仕掛けますか?」


「了解しました。いつでもいけます」


「右に同じです。さっさと解体バラしましょう!」


 包装紙をポイと捨て水筒の中身を呷る。現地点は外縁癖から18キロメートル程度。数値の高さを持って危険度を示す指標に沿っていうのであればゾーン2と称されるエリア。


 彼我の距離は2000メートルといったところ。即ちニコの間合いにほかならない。


 ずちゃと重厚な金属音とともに構えたるは長大極まりない銃。四十四式対超獣骨鏃狙撃銃こつぞくそげきじゅう改改ふたつあらためという。


 一般的に超獣への通常火器は効果が薄いとされる。超獣の生体組織の物理強度に対して弾丸が脆すぎるという訳ではない。しかし原理不明の仕掛けによって火器による被害が大きく軽減されることが知られている。これはニューで言うところとモッドに近しい超能力の影響によるものだ。


 そのため超獣の撃滅には効力が薄いことを念頭に置いた上で飽和火力を用意するか、いわゆる近接武器による直接的な破壊のどちらかが選択肢として挙げられる。


 ニコはそのどちらでもない。彼女は狙撃手。超長距離から一方的に銃殺する者。


 それを為しうるものこそが彼女のモッドであり、その能力を効率的に伝播させる弾丸12.7×99mm再編骨鏃弾に他ならない。


 装填完了。然らば撃つのみ。


 腰を下ろし足首の上に座る。立てた左膝の上に左肘を乗せ銃に手を添える。ニコに光学照準器は不要だ。目視にて捉えたカテゴリーⅣの超常、その甲殻の中央。唯一の急所付近にレティクルを幻視する。


「ニコさん、いつでもやってください」


 隊長の言葉さえ今は彼方。

 ただ無心で引き金を引いた。


 パウッと耳あて越しに音を聞き、肩への衝撃。大地を這うかのような不自然な弾道は緩やかに高度を上げて、狙い過たず超獣の甲殻の中央を裏から撃ち抜いた。


 それがただの弾丸であったのならば、命を奪うには到底至らなかったのであろう。


 しかしニコの狙撃たる必中の魔弾とは、必ず当てる超常の弾丸に非ず。当てて殺す必殺の魔弾である。


 ピシリと着弾地点から霜が降りる。弾丸を起点とし膨大な熱量が簒奪されていく。体組織を食い破り中枢神経系を犯しながら氷の柱が整形されているのだ。斯くしてカテゴリーⅣの超常、沢蟹めいた様相の災害が一体、一方的に屠られた。


 ニコはその成果ではなく、弾丸とともに駆け抜けていった二人をこそ見る。予備動作なしからの全力疾走を見舞ったユウヒ隊長とティアは、よほど弾丸めいた機動で超獣の群れのただ中へと突撃していた。


 かつてのティアがニコの狙撃を揶揄して言ったセリフを思い出す。


『なんですかその弾、どうかしてますよ』


「本当に、私なんかよりよっぽどお二人のほうがどうかしてると思うんですけどね」


 ニコの狙撃は須らく必中だ。それは精密極まりない姿勢制御、弾道計算の賜物ではない。


 必中の弾丸の本質とはつまり撃った以上必ず当たる魔弾。必要な熱量を未来の時点から逆行して確保している以上、当たらない未来は存在しない。着弾による凍結は、過去の時点で熱量を奪われているが故の副次作用だ。

 

 因果関係の破綻した魔なる弾丸。


 それこそがニコの二つ目の名、《魔弾の射手フライシュッツ》の正体。


 彼女は狙撃手。超長距離から一方的に銃殺する者。とはいえ、次の狙撃は一撃必殺とはいかないだろう。カテゴリーⅣの超獣とは死の運命にすら抗う災害だ。なんらかの対策を取られるに違いない。


 とはいえそれは問題にはならないだろう。なぜなら既にユウヒ隊長が暴れている。あの狂人も狂ったように鎌を振り回している。


 程なく決着だろうという予感を持ちながらも。


 次弾を装填する。


 

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