Outer gods
韜晦的アムネジア(1)
頭部を横に貫く異常な感触で目を覚ました。鈍く思い頭痛だった。
生まれてこの方痛みと窮屈さだけが人生の友。そして理解不能の崇拝が私を生かしている。
鈍痛。頭が痛い。
暗闇の中でゆるゆると目を開ける。灯り一つない環境に順応した眼球が、石畳の牢獄をありのままに捉えていく。
「…あれ?」
鼻につく鉄の匂いがあった。遠くで響く正体不明の絶叫もあった。
そんなもの今に始まったものではないことである。私の意識が明瞭であった時間において、流血と悲鳴は至極ありふれたものに過ぎない。
しかし、いつもと毛色が違う。そんな気がしてならない。
頭痛を振り払い身を乗り出した。手足に絡みつく桎梏はこの際無視。
見張りがいない。意味もなく大仰な衣装の神官、巫女も席を外している。間違いない、異常事態だ。
ズゥンと天井を震わす地響きめいた轟音がした。距離、振動から破壊の規模を推察。これほどの暴力を可能にするのは同胞の中でも一握りの――
「――ッあ、いたた…」
頭痛。脳内をしっちゃかめっちゃかにかきまわす異常な鈍痛が思考を断ち切った。
轟音は断続的に響き、やがて近づいてくる。
なにかがこの場にやって来ようとしている。
「――よっと」
ベコンといっそ間抜けにすら思える爆音とともに壁が粉砕された。巻き上がる噴煙の奥に二つの人影。
片方は教祖様だ。正確にはもともとそう呼ばれていたよく知らない誰かであり、今では原型を留めない挽肉となった赤い前衛芸術。
もう一つの人影は、元教祖様をゴミでも捨てるように脇に放り投げていた。アレは白髪の少女だ。
ひと目見た瞬間、理解した。
その正体を看破する。
記憶の彼方、即ち根源より翻訳される知識群が告げるに、彼女とは母なる祖。裁定者にして紀なる単一種。然るに原初の――
――頭痛、痛みが全ての思考を台無しにする。
「ん、なんだお前。面白い体してるな」
頭部からケモノの耳を生やす正体不明の少女。それが自分に語りかけているのだと気付くのに少し時間が必要だった。
後にジャージなる名があると知るラフな服には、べっとりと血液や肉片が付着している。彼女のものではない。ここに来るまでに轢き殺した信者達のものだ。
「宗教拗らせた害虫が蔓延ってるからって来てみれば、まさかこんなモノ飼ってたとは」
ベチャベチャと返り血を滴らせながら少女が迫ってくる。縦に裂けた瞳孔の金の瞳が、私を上から下まで無遠慮に眺める。
こちらを見ているようでいて何も見ていないような目。あるいは私そのものではなく、取り巻くなにかを観察しているよう。なんとなく木の洞のようだと思った。
そして私を取り囲む籠に手をかけると飴細工のように捻じ曲げた。手足の桎梏は消しゴムをかけたみたいにいつの間にやら消失している。
少女は思わず尻餅をついた私をやはり四方八方から観察している。
えっと…?
「新品なのだ。着ておくといいのだ」
「…あ、えっと、その、ありがとうございます?」
なんというか、態度が豹変したように見えた。超越的な雰囲気が霧散し、人の良い気さくなオーラを身に纏っている。
そして放り投げられたのは正体不明の黒い服。虚空から取り出したようにしか見えなかった。
厚意、なのだろうか。よくわからない。厚意には従うべきだろう。人間とはきっとそういうものだ。オンボロの貫頭衣を脱ぎ去って着替える。
「えっと、その、あなたは?」
「え? ああユキさんはユキさんなのだ」
少女の名前はユキというらしい。自分より少し小柄。なんだってこの少女がこんなところに来ているのだろう。
ふと少女の身に付けていた服から汚れが消失しているのに気付いた。人間はこんな芸当が可能だったろうか。頭痛。考えるのを辞める。
頭に響く痛みを噛み殺す。
少女は私の着付けが気になるらしく、またまじまじと観察している。
「うんうん似合ってるのだ。あ、それで君の名前はなんなのだ?」
名前、そうか。私がユキさんに名前を聞いた以上名乗り返すのが礼儀というものだった。なにごとも形から入ることが重要だと聞く。あれ、それってどこで聞いたんだっけ。思い出せない。
まあいいや。
とにかく名前を言わないと。
「えっと、私の名前は―――」
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