衝動的アサシネイト(4)

 気が気ではなかった。


「手続きは以上になります。我々北支部はレッド隊の参入を歓迎いたします」


「はい」


「では部下の皆さん方も集まり次第、当支部の設備についてオリエンテーションを行いますね。それまでの間に他の隊長方と顔あわせだけ済ませてしまいましょう」


 目の前の女性はソフィア=リキエルという。肩書は参謀長代理。スレイヤーズ北支部における最高権力者だ。


 5年前の外縁壁崩壊事件にて壁内防衛の指揮を担ったという英傑。少女然とした外観に反した気骨溢れるオペレーターだ。


 憲兵の真似事や兵器開発、外部調査に力を注ぐ本部と異なり、防衛や調査における指揮をこなすのがこの北支部。


 一般的には、なにをやっているのかよくわからない本部とよくお世話になる北支部というイメージが定着しているそうだ。


「あの…その前に一ついいですか?」


「はい、なんなりとどうぞ!」


 こちらを見つめるヘーゼルの瞳から視線をそらし、その奥に向ける。


「アレなんですか?」


 視線の先には謎の生命体が鎮座していた。白色と緑のまんじゅうめいた身体。体長は40センチほどだろうか。訳のわからない生き物が部屋をうろついている。ぽにょぽにょと。


 あれが気になって話が入ってこない。え、なにあれ。こんなのがオペレータールームにいていいのか?


「あの子ですか。気にしないでください、無害ですから」


「いや、ですが、あれ超獣では?」


 どう見ても普通の生き物ではない。昔見た動物図鑑にはあんなのなかった。この珍生物は物理法則に則ってない感じの雰囲気がある。


 なんだろう。解剖学についての漫画に載っていたデフォルメされた免疫細胞って感じの外見だ。まっとうな生き物ではない。


 つまり超獣だ。


「事前に提供した資料にある生物です。コードネームMacrophageですね。人を襲うことはない益獣ですよ」


「これが、例の手出し無用の珍生物ですか」


 コードネームマクロファージとやらが体から触腕を伸ばす。なにやら紙束を掴むと職員に渡した。


「ほら無害でしょう?」


「えぇ…」


 なんだそれは。そこの職員も「ありがとう」じゃないだろう。その生き物はどう見ても危険だ。


 ユウヒ自身の直感に従うならどう見積もってもカテゴリーⅣの超獣を上回る脅威度だ。ここにいる人間の目はみんな節穴なのか?


 マクロファージはその柔らかそうな身体を跳ねさせてこちらへ向かってきた。そのまま参謀長代理の足元で丸くなる。


 珍生物はいつの間にか頭(?)にお盆を乗せていた。饅頭と飲み物が鎮座している。


 お茶出しだった。


「ほら有益でしょう?」


「えぇ…」


◇◆◇


「私はレッド隊長ユウヒ。ランクは9です。どうぞよろしくおねがいします」


 自己紹介は苦手だ。他人に自分を知られることがあまり好きではない。そしてそれと同じくらいには、自分で自分を知ることが嫌いだ。


 当然紹介できることなんてほとんどない。強いて言うなら肩書だけ。それで十分であるというのは少し楽だ。


「サラマンダー隊隊長、ネ=ジウ=サラマンダ。396位。好きに呼んでくれ」


「ブラックエンジェルズ隊隊長、アカサカアイトです。ランクは46位です。よろしくおねがいします」


「今現在駐屯している隊の隊長は彼ら二人だけです。他の方々はまた後日機会を設けますので、その際に顔を合わせてくださいね」


 ソフィアの声を適当に聞き流す。

 人の顔や名前を覚えるのも苦手だ。


 二人ともどこかで見たようなことがある気がするしない気もする。記憶に定かではないということは、ただの有象無象だろう。


 サラマンダ氏からはある種の敬意のようなものを感じる。ユウヒが好きになれない感情。


 自分はそのようなものを向けられるに値しない人間だ。ただ生まれつき強かっただけの、どうしょうもない人間。それがユウヒだ。


 アカサカなる少年からはなんとも言えない奇妙な視線が向けられている。嫉妬、崇拝、克己。入り混じった感情が睨むという行為で出力されている。


 ここに部下がいなくてよかった。


 殺人をこよなく愛する異常者は無論だめだ。あの女は放って置くと大惨事を起こしかねない。


 そしてもうひとりの部下も私に挑発的な人間に対しては露骨に嫌悪をみせる。今いなくてよかった。そうなった彼女を宥めるのは大変だからだ。


 ともかく顔合わせは終わった。さっさとオリエンテーションの方に移りたい。


 ソフィアに目を向け、次の予定の進行を要求していたところ後ろから声がかかった。


「あ、あの。私ユウヒさんと会えて光栄です。少しお話させていただけませんか?」


「はあ、別に構いませんが…?」


 なんだったか。アカサカなにがしだったっけ。

 ダークフェニックス隊だかの隊長が少し焦ったように話しかけてきた。


 丁寧な言葉遣いだが、かすかな敵意のようなものを感じる。


「えっと、その、強くなる秘訣とかってありますか? あと有名になるコツとか」


「そういうのはよくわかりませんね。有名、というのも自分はよく分かりません。気にしてないので」 


「そ、そうですか…ちなみにブラックエンジェルズについてはなにかご存知だったりしませんか?」


 ああそうだ。ダークフェニックスじゃないブラックエンジェルズだ。危うく隊の名前を間違って覚えるところだった。興味がないものはなかなか覚えられない。


 それはともかく彼の隊か。あいにく聞いたことがない。というより他の隊のことなんてまるで知らない。弱すぎるから覚える価値を感じなかった。


「いえ知りませんね。他人の部隊についてはあまり興味がないので」


「あ、いえ、はい、ソウデスカ…ありがとうございます」


 アカサカなにがしはショックを受けた様子。なにか悪いことしてしまったようだ。


 これも後に聞いた話だが、市井の間ではブラックエンジェルズが大人気なのだとか。全員が男性で結成された隊で実力も確かなのだそう。ただでさえ男女比が極端に女性に偏っているこのご時世に男しかいない隊なんて話題性に事欠かないのだろう。人気が出るのも分かる。


 隊長はその人気とやらを大層気にする性格らしかった。そして腐っても第九位である私に認知されていなかったことがプライドを大いに傷つけたらしい。


 知ったことではないのだが。


 あと彼から感じた僅かな敵意は嫉妬ではないかとのことだ。


 …それも知ったことではないのだが。




◇◆◇

 



 閑古鳥が鳴くカフェ店内。マオはテーブルに出されたコーヒーを軽く睨んでいた。

 鼻を突く苦い匂い。

 コーヒー本来の芳醇な香りを感じない。

 いつまでもにらめっこしているわけにもいかないので口をつける。


「…大豆か? 私は純正のを注文したはずだけど」


 間違いなく代用コーヒーだ。不味いとは言わないが期待したものとは違う。このご時世コーヒー豆は非常に高価なため、こんな詐欺紛いなことも横行しているのだろう。


 ここは高層ビルの一階を広々と使ったカフェテリア。不慣れな外出をしてまでマオがこんなところまで来たのは会合のため。


 この店は出される品物は少々問題があるものの、防諜には力を入れた施設になっている。予め調べておいた甲斐あって、ここに来る人物の情報がスレイヤーズ本部に漏れる可能性は極めて低いと言える。


 カラカラと入店を報せるベルが鳴る。

 ちらと見ればフードで顔を隠した少女の姿。どことなく剣呑な雰囲気の彼女は、店員の案内でマオのテーブルの向かいに座った。


「やあ待ってたよ。君なら必ず来てくれると思った」


「…馴れ合うつもりはありません、さっさと情報を吐いてください」


「つれないね。ところでアルミナちゃん苦手なものはあるかい?」


「おい」


 勝手に食べ物の好き嫌いはないだろうと判断して注文する。何も注文せず席につくことに思うところがあったらしいアルミナは、文句こそ言ったものの止めようとはしなかった。


 そして出されたものを残したくはない様子でちびちびとコーヒーを啜りだした。苦いものがだめだったらしく顔をしかめている。それでも完飲しようとしているあたり義理堅いというか。真面目というか。


「ああそうだ。君の協力者、レジスタンスの頭領は元気にしてるかい?」


「…答える意味を感じません」


「いつも文面の上でしか交流がないんだ、たまには直接会ってる人の感想を聞きたい」


 アルミナは何も答えない。

 発言に注意しているのだ。肯定も否定も危険な問だったから。


「まあいいや、一応彼に伝えておいて。『ダブルクロスからの出資はいつもの手段で』って」


「…貴様」


「なんとなく察してくれてると思うけど、君たちに資金や情報を提供していたのは私だ。いわゆる内通者ってやつだ」


「…信じると思いますか?」


「信じる必要はないよ。ただこれから話す内容は、内通者を自称する人間の話だってことだけ理解してほしい」


 テロリストもといスレイヤーズへの抵抗勢力レジスタンスと内通していたのは他でもないマオ。彼らを利用して要人を暗殺していたことになる。


 腐った上層部をまるごと切除するべくこれまで奮闘してきた。きっとこれからも努力することになる。


「だけど今はそんなことどうでもいいよね」


「…そうですね。私がこの場に来たのは『妹』の情報のためですから」


 フードの少女の声は震えていた。それは殺されたと思っていたはずの家族が生きているかもしれないという希望によるものだろうか。


 …きっとそうではないのだろう。


 ああ損な役回りだ。マオはいつも誰かを傷付ける行動しか取れない。


「…人はね、受け入れがたい現実に直面した時さまざまな反応を見せるらしいんだ。逃避、転換、合理化とそれはそれは多様な手段でストレスをやり過ごすことができるんだ」


「何の話ですか?」


「ストレスの話だよ。劣悪な環境に置かれた人は一体どうなってしまうのかって話」


 これはただの世間話にすぎない。そしてアルミナにとってはなにより重要な話でもある。


「それでね、人間はどうにかしてストレスをやり過ごすことができる存在なんだよ。でもどうしても耐えきれない圧倒的なストレスや心的外傷を受けてしまうと人格の統合に影響が出てしまう。特に幼少の頃にはね」


 アルミナは返答をしなかった。いいからさっさと本題に入れと視線で促している。


 もう少し雑談を続けたかったのだが仕方ない。


「わかったわかった。話すよ。その妹さんとやら、間違いなく生きてる」


「あの子はどこで、何をしていますか…?」


 思わず苦笑してしまう。きっと引きつった笑顔になっていた。苦い。苦々しい感情が胃をせり上がってくる。


 …吐きそうだ。


 なんでもないことのように意識して言葉を選ぶ。


「まあそうだね、コーヒーでも飲んでると思うよ。きっと苦いものが苦手で猫舌なんだろうね。さっきからちびちびすすってる」


「…何を言ってるんですか」


 アルミナはコーヒーのカップを握っていた。再び口をつけようとしたところで硬直していた。


「きっとまじめ性格をしてるんだろう。たとえ憎い相手だったとしても義理は通そうとする子だと思うよ」


「…黙れ、黙ってください」


 黙るわけには行かない。教えろといったのは彼女だ。


 アルミナは、家族の仇であるマオが注文したコーヒーをわざわざ飲んでいる。貸し借りを気にする性質なのだろう。人に貰ったものを突き返したりしない義理堅い子だ。


「いるよ。君の妹さん」


「………どこに?」


 フードの少女を指差す。

 彼女はかすかに震えている。


 彼女の言う妹なる存在は、今目の前にいる。


「君だよ、その妹ってやつ」


 あらゆる記録・記録の上にアルミナという少女の妹は存在しない。仮にいるとするならば、それは彼女の主観の中にだけ。


実験動物モルモットにされたのは妹なんかじゃない。君自身だからね」


 幼少期に過度なストレスに晒された子供は、知覚、記憶、感情を隔離する段階を経ることがある。残酷な環境から自己を引き離しストレスを回避しようとするのだ。


 そして自己の人格そのものをバラバラに引き裂くような行為が健全であるはずもない。


 それは多様かつ複雑な情報や経験をまとまりのある1つの人格に統合する能力に異常をきたす、心の病。


 解離性同一症、または多重人格症という。


「アルミナ、君に妹なんて存在しないんだ」


 

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