鬼母神
「聞けば聞くほど素晴らしいご令嬢ね。さすがはヴィトン家と言わざるを得ないわね」
アンナルチアを巻き込んだ事象を事細かく説明すれば、マリエッタ・ドイル公爵夫人は感心した様に何度も頷き、メモに書き取っていた。ソルが見たらきっと目を輝かせて、こんな広報部員がいたら、と言うことだろう。
それはともかく、公爵夫人はメモをバッグに仕舞い込み、ルークを改めて見据えた。
「それでは、ルーク・エドモントン。あなたは今のところまだこの名前を使い続けなければなりません。もちろん伯爵家にも伝えてありますから、あなたはまだ伯爵家の嫡男です。それ相応の態度をとっていただくことになりますが、いいですね?公爵家との絡みについてはいうまでもなく、秘匿としていただきます」
「それ以外、僕にはできることがありませんからね」
不本意なのだろう、少しばかり愚痴っぽくなってしまったが不承不承返事をする。
「あなた、もしもヴィトン家のご令嬢と添い遂げたいのだとしたら、騎士爵だけでは無理よ。もっと上を狙わなければ、きっと承認してもらえないわ」
「えっ…」
「ヴィトン家について詳しく調べなさいな。『コナン・オコーナーと緋色の至宝』を知らずにして彼女を得ることはできないわよ」
ルークは真顔になって、マリエッタ夫人を見た。
「伯爵は元騎士団長だと、アニーは言っていました。第一騎士団についてはいくつかの話も残っていたので調べてみましたが…」
「歴史の話をしているんじゃないのよ。女性の観点から見てごらんなさい、きっと見つかるから」
キラキラと少女の様に微笑むマリエッタに、ルークとアレックスは顔を見合わせた。
「私は
「騎士科の連中にも聞いてみるよ」
余談だがアンナルチアの両親コナンとルイーダは、恋愛結婚である。それはそれは劇的な大恋愛で一世を風靡し、物語にもなっているのだった。当時まだ10代だったマリエッタも熱狂した一人である。
ルークにはもっと上を狙えと言ったものの、爵位はおそらく関係ない。あの熱血コナンを落とすには、情熱と溺愛と、恋愛のスパイスが必要なのだ。あのドキドキワクワク、スリリングな感動は、マリエッタが生涯喉から手が出るほど欲しいと望んで、決して得られなかった物でもあるからだ。
マリエッタは強く頷いた。この恋が成就しますように、と。そしてあの感動をもう一度、と。できることならば、後ろ盾にでもなんにでもなろうと心に決めた瞬間である。
「さあ!そのためにも、あなたを巻き込まなければなりませんの、第二王子殿下。優秀な側近のために一肌脱いでいただけるかしら?」
「そこにやっぱり私も入るんですね……」
諦めたようにアレックスが苦笑した。
マリエッタ公爵夫人は法律改正案を立案しようとしていると告げた。主には、女性の政治的介入や一夫一妻制度の提案、女性の職業生活における活躍の推進に関する立案。それに付随して、現ドイル公爵の不義不貞、背徳没倫を理由に辞任要請の立証などが次々挙げられた。
「この国の男尊女卑思考はもはや過去の汚物です。第二王子殿下はまだお若く、国外に対しても興味を示していらっしゃる。もちろん王太子殿下もそうですが、今彼の地位を揺るがすことは得策ではなく、この立案は近々王太子殿下が国王になられた暁に、申告したいのです。それまでに私は協力者をまとめ、一気に潰し…いえ、立ち上げたいと思いますの。王太子殿下にはすでに意見は通してありますが、その案を確固とするためには、第二王子殿下のお力添えも必要なのですわ」
今確かに「一気に潰す」と不穏な言葉が聞こえたが、まさか王家乗っ取りを考えているわけじゃないよな、とアレックスは笑顔を凍らせた。
「あー……夫人の意思はよく分かりましたが、その、私はまだ学生の身ですし、政治に関わるのは侯爵家との折り合いもあり…」
「まあ、王族ともあろうものがそのように弱気でどうなさるのです!国を作るのはこれからの若い力でございましょう?先のアンナルチア嬢のような才能ある女性を、くだらない男性の矜持の餌食になっても仕方がないとでも言いますの?リンダ・エトワール嬢だって実は彼女がエトワール商会を立ち上げたとわかった地点で叩かれるのは目に見えていますわ。殿下のいう同志というのは学園という箱庭の中だけのものでしたの?」
「う……いや、そういう訳ではないが」
あの言葉巧みで、常に飄々としたアレックスが押されて言葉に詰まっているところを見て、ルークはぽかんとして目を瞬いた。さすがは年の功……いや、公爵夫人と言ったところか。
何を考えているのか見透かしたかのように、マリエッタがルークをギロリとにらんだので、慌てて思考を打ち切った。
「でしたら!今から王太子殿下の後押しをしてみてはいかがです!兄弟が力を合わせ国の要となり、これからの国を織りなしていくのですよ!老害に屈してはなりません。これからはどんどん輸出入も増えますし、外交も頻繁になっていくことでしょう。その時に他国にバカにされないためにも、常に最先端を考え、向上心を持つべきですわ」
「ソ、ソウデスネ……」
「……もちろん、殿下が望むのであれば、私は一旦引きましょう。他の協力者をあたる事も視野に入れますわ。その時になって、やはり…と言っても名声は彼方どなたかの物になっているかもしれませんが」
公爵夫人がふと背もたれに体を任せ力を抜き、俯き加減にそういうとアレックスは途端に狼狽えた。まるで自分が失態させられるような気持ちになったせいだ。まるで王宮内の派閥も力関係も周知しているというのような言い草に舌を巻く。
「わ、わかった。協力しよう。別に夫人の案が嫌だとか悪いとか言っているわけではないのだ。どちらかと言えば賛同に値するが」
「ええ。分かりますわ。ぬるま湯は心地がいいものですからね。ですがぬるま湯はいつかは冷たくなってしまいますのよ。ほほ」
「ぐっ……。少しお手柔らかに頼みますよ、夫人」
「おほほ。ご理解いただけたようでよろしゅうございましたわ、アレクサンダー第二王子殿下。ルーク、あなたはもうしばらくの辛抱ね。恋愛熱で将来を燃やしてしまわないよう、しっかりね。公爵家はもちろんのこと、エドモントン伯爵家の名も汚さないことを祈るわ。それから、ヴィトン令嬢に被害が被るようなことがあれば、伯爵家は黙っていないわよ。気をつけて頂戴ね?」
傷ついた獅子どころの騒ぎじゃないからね、と笑顔で付け足すマリエッタを見て笑顔が引き攣った。
「じ、尽力します」
「そう。よかったわ。それでは、私からの話はこれだけですわ。追って準備していただきたいことを書面にてお送りいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。あ、もちろんこのことは機が熟すまで他言無用でよろしいですわね?」
「「はい」」
マリエッタ夫人はウフフと妖艶に笑い、「お若いって素直でいいわね」と言い残して去っていった。
「「疲れた……」」
ほとんど話を聞いていただけだったが、気圧され異常なほど神経を使ったのは、二人にとって初めてだった。
さすがは
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本文中の『コナン・オコーナーと緋色の至宝』は当時大ブームで劇になり、本も出たらしいです。決して『コナン・ザ・グレート』とか『コナン・ザ・バーバリアン』とかじゃありません。肉体的にはお父様、シュワちゃんをイメージしていますが……。
読んでいただきありがとうございました。
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